2-3 罰
先ほどまで隣に立っていたはずのロベルの姿がなかった。
「あれ?」
熟考していた間に何処かへ行ってしまったのだろうか? 十字架に括り付けられている女性の処刑までまだ時間がありそうだし、ギリギリまでロベルのことを待ってみるか。
そんな悠長な事を考えている場合ではないと分かっていながら、レリアは深く思考にふけり、再び背伸びをして、十字架に縛られた女性の様子を確かめた。
そうしていると、人だかりをかき分けて広場の中心部へと突き進む赤髪の青年の姿が目に留まった。その人物を何やら見覚えがあるなぁ、と呑気に考えながらレリアは見つめる。
そして、赤髪の人物が体格の大きな見物客を押しのけた際に、ふとその顔が見えた。先程までレリアの隣に立っていたはずの青年の顔には、怒りの表情が浮かべられている。
「ロベル⁉」
わずか半日程度の交流ではあるが、レリアがロベルに対して抱いた印象は、冷たすぎるくらいに冷静沈着だというものだった。
家族や知人が亡くなっても動じることなく、まるで何事もなかったかのように平静に話していた部分からもレリアはそのように感じていた。
しかし、知人や家族が亡くなっても異常なほど冷静沈着だったロベルが、怒り心頭といった表情をしているのを目撃して、レリアは軽い衝撃を受ける。
「はっ。こうしている場合じゃない」
レリアは慌てて、人の隙間を縫うようにすり抜けながらロベルを追って走る。
しかし、ロベルの強引な力で人々をかき分けて進む速度には追いつくことができず、彼の方が先に広場の中央へと飛び出した。
「お前ら! 一体何をしているんだ‼ こんな事、許される訳が無いだろ!」
怒りに満ちたロベルの声が木霊する。
ロベルの怒りは正しい。だが、彼の行動は悪手だ。
先程まで罵声の飛び交っていた広場が、一瞬のうちに静寂に包まれた。
騎士も市民も、十字架に縛られた女性も誰もかもが口を閉ざす。
そして──
「さてはお前も魔女の手先なんだろ!」
どこからともなくそんな声が飛んできた。
続けてそうだそうだと、野次が飛ぶ。
幾人かはロベルも一緒に火炙りにしろ、などと過激なことを言っている者すらいる。
その声は次第に大きくなり、わずか数十秒で、この場はロベルの発言をきっかけにして、彼を批判する空気で満たされた。市民の声を聞いた騎士たちはこぞってロベルを取り押さえようと駆け寄る。
そこへロベルに対してゴミが次々に投げられ、この場における秩序は完全に崩壊した。
地獄は神が創るものではない。人が作るものだ。
そんな言葉が脳裏をよぎるほど、酷い状況だった。
正しいことを言った人物が、ここまで批判され罵倒される。さらには殺せとまで野次が飛ぶ惨状にレリアの怒りは限界を超えた。
レリアは片足を地面に突き立てる。
そして、強く、強く両手を合わせてパンッ──と、乾いた音を打ち鳴らす。
同時にレリアの怒りに呼応するかのように、快晴だった空が暗雲に覆われる。加えて殴りつけるように猛烈な横風が吹き荒れ始める。街に生えていたいくつかの木々は激しく揺れ、枝が折れた。風は容赦なく吹き抜け、人々は風に抗うように身体を傾ける。
風の唸り声は耳をつんざくほどで、まるで生き物が何かを求めて訴えるかのようだった。
さらに、しとしとと水が空から降ってくる。
人々がそれに気がついた瞬間には、雨は一転して豪雨へと変わる。暴風が加速させた大粒の雨粒は人々を襲い、周囲一帯から悲鳴が響き渡った。
人々は我先にとその場から逃走を始め、人垣が割れる。レリアは割れた人の隙間を抜けてロベルのいる広場中央へと進んだ。
周囲の人々が全身ずぶ濡れであるのに対して、レリアは地面から跳ねる水の一滴さえ身に付いていない。
そんなレリアに、騎士は警戒の色を瞳に浮かべた。
「貴様っ! 何者だ‼ そこから一歩でも動けば我々は貴様を殺す」
怯えの混じった騎士の言葉にレリアは、僅かな笑みを返す。
そして、サンティマン・ヴォレに入る際に兵士へ見せたアクセサリーを再び胸元から取り出し、見せつける。
「魔女ハンターのレリア・サージュ。知っているでしょ?」
そう言い終えると、レリアは右手で指をパチンと鳴らした。
パチンと乾いた音と共に、空を覆っていた雲が幻のように跡形もなく消失し、暴風雨は掻き消えた。
気持ちの良い日差しが差し込み、騎士たちの表情がよく見える。
絶望、と言った顔だった。
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