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1-3 呪い

 レリアは見た目、一七、一八くらいの若い少女だ。旅暮らしは長く、久しく実家に戻っていない。日々魔女狩りに追われており、自分の時間もあまり取れず実家に戻る暇もない。


 しかし、長い旅暮らしに反比例するように家事はできない──それも絶望的に。

 もちろんレリアの面倒くさがりな性格も影響しているのだが、もう家事ができないならもういっその事他人に全て任せた方が良いのでは、と最近は考えている。

 趣味と言えるのか分からないが、最近とある時間つぶしを見つけた。それは数年前、国王に謁見した際に国王から面白い物があると勧められたもので、これがレリアの時間を逼迫させる原因となっている。


 本来の気質と新たに始めた時間つぶしにより、最近の食事に対する価値観は「お腹が膨れるなら何でも良い」というスタンスに変わっていた。酷い日には、たまたま見つけたきのこを食べてそのまま寝ることもしばしばある。

 もちろん、そのような食生活は、まともな食べ物がない場合だけで、基本的には美味しいものを食べたいと思っている。


 そのため、朝起きてまだ眠い目を擦りながら焚き火の方を見た際、昨日食べる予定だった干し肉が黒く焦げた塊になっているのを見て、レリアは寝起きの瞬間から気分が落ち込んだ。


 その後、ふてくされたレリアは、二度寝に耽る事となった。

 しかし、しばらくして再びレリアは目を覚ました。その原因は、干し肉とは異なる脂身の効いた肉の焼けた香りが、鼻腔に充満してきたからだ。


「……」

 肉の香りに引き寄せられるように、レリアはゆっくりと目を開けながら、上半身を起こし、火へと視線を移した。

 そこには、ウサギと思しき肉が焼かれており、レリアは目を輝かせる。


「お肉⁉」

 レリアは四つん這いで焚き火まで進む。

 同時に──

「おはようございます」


 と、レリアに向かってどこかから声がかかる。

 レリアはビクリと反射的に身体を震わせ、声の聞こえた焚き火から少し離れた丸太の近くに視線を向ける。

 そこには──ロベルが刃物を手にして立っていた。

 レリアは自分の顔が引きつっているのを自覚しつつ、口を開く。


「お、おはよう。その刃物は?」

「さっき、家から取ってきました」

「は……え?」


 家って魔女に滅ぼされたあの村の? なんで? 一人であの場所に入るなんて……それも未だに知人や家族の遺体が転がるあの村に⁉

 レリアの思考は、まるで誤作動を起こしたかのように飛び交う。

 しかし、やがて混乱も収まり、頭に疑問符を浮かべたレリアは、努めて冷静に問う。


「村に入って大丈夫だったの?」

「はい。特に問題は無かったです。魔物もいなかったですから」


 ロベルは平然と言うが、内心レリアは、「いや、問題しかないだろう」とツッコんだ。

 それにレリアが聞きたかったのは村の安全性ではない。ロベルの心そのものだ。

 そんな場所に向かうことが辛くなかったのか、という意味で聞いたのに、ロベルの回答はあまりに頓珍漢とんちんかんで、わざとやっているのかと思ってしまうほどだ。

 しかし、レリアは喉元まで上がっていた言葉を飲み込む。

 ロベルの住んでいた村は魔女によって崩壊してしまった。村の至る所に血溜まりが形成され、建物は軒並み焼き尽くされている。

 あの村に住んでいた者なら、近寄りたくないと感じるはずだ。

 しかし、ロベルはイニシウム村へと足を進めた。彼が何を思っているのか分からない。


 ロベルの精神が鋼のように固いのか、それとも深い悲しみによって感情が鈍感になっているのか、どちらにしても今は優しさをもって接するべきだろう。


「まぁ、問題がないなら良かった」

「心配してくれて、ありがとうございます。ところでレリアさんはこの後どうするんですか?」

「私? そうだね……私は本来の仕事に戻る予定。ここから南にあるサンティマン・ヴォレという街で魔女狩りの依頼があるの」


 ほー、と感心しているような声をあげるロベル。

 しかし、すぐに好奇心の入り混じった表情で首を傾げた。


「俺の村に来たのも依頼だったんですよね? 一度に複数の依頼を受けているんですか?」

「ううん。この街に来たのは偶然。魔女に出会ったのも偶然。だから、すぐにここを発たないといけないの。君はどうする? サンティマン・ヴォレまでなら連れていけるよ? その後の生活も君が一人で生きていけるように援助することはできるけど……」


 と言うと、直後にロベルは前のめりになってレリアの話に食いついてきた。


「本当ですか? 是非お願いしたいです! ……でも生計って立つんですかね? 田舎者の俺じゃ仕事も見つからないだろうし……」

「君には火の魔法が使えるから危険は伴うけど、狩人になることも可能だよ。その道を進めば、あまりおすすめしないけど魔女ハンターにもなれるかもしれない……」

「魔女ハンターって儲かるって聞いたことありますけど、おすすめできないんですか?」


 純朴な眼差しで、ロベルはレリアの顔をじっと見つめてくる。

 無知とは幸せだな──と思いながら、レリアは諭すように優しく微笑んだ。


「魔女ハンターの一年後の生存率は一割ほど。死ぬ可能性の方が高い。それに魔女ハンターには国家機密情報が降りてくる──その情報を知ったら多分、今までのように純粋な眼で世界を見られなくなる」

「でもレリアさんはその国家機密級の情報を知っているんですよね?」

「まぁね」


 日常的な雑談に返すような軽やかな言葉を投げかけた後、レリアは空を見上げる。頭上に達しそうな太陽を確認して、レリアは立ち上がった。


 そして、座りっぱなしのロベルを見下ろす。

「それじゃあ行こうか。サンティマン・ヴォレへ」


 **************************


 王都からサンティマン・ヴォレを直線で結ぶと、その間にイニシウム村が挟まる。

 本来は、イニシウム村を経由する直線的な移動がサンティマン・ヴォレへの最も短い移動距離の道となる。だがイニシウム村は山の麓に位置しているため、山を迂回する道が開発された。

 結果として、イニシウム村からサンティマン・ヴォレへの道のりは一切開発がされていない。

 そのため、イニシウム村からの道中には魔物がそこかしこに蔓延っていた。


『燃え盛る火の精霊よ、我が呼び声に応じて猛り狂う槍となれ。敵を焼き尽くし、我が道を切り開け! 《フレイム・ランス》』

 ちょうど、木陰からレリアたちを狙って飛びかかってきた黒い毛並みの狼のような魔物に対し、レリアは右手を突き出しながら叫んだ。身体から噴出した火は突き出した右手へと集約され、それは槍となって勢いよく射出された。

 瞬間──宙を駆けていた魔物は、射出された火の槍に胴体を貫かれる。

 そして、魔物に突き刺さった槍はその場で爆発した。

 爆炎が天を貫き、黒煙が舞い上がる中、焦げた肉片がカラカラと音を立てながら落ちてきた。


 ロベルが肉片から顔を逸らすのを見て、レリアはロベルの方を向く。

「今の見てた?」

「は、はい。すごかったです」

「そう。じゃあ次はロベルがやってみて」

「はい?」


 突然無理難題を言われたかのようにロベルは、ポカンとした顔を披露する。

 それを見て、ロベルに何も説明していない事を思い出したレリアは、口元に手を当ててしばし考え込む。


「魔法を使用するには、精霊と心を通わす必要があるの。心さえ通っていれば、無詠唱でも問題なく魔法は使用できる。だけど、魔法発動に対する手間は増すほどに、その威力も増すの」

「あ、あの……急にどうして俺に魔法を教えてくるんですか?」

「へ?」


 昨夜、精霊との契約を結ばせたロベルに、魔法の使い方は明日教えると伝えていたはずだ。

 ロベルの思考の鈍さに呆れて、レリアは小さくため息を吐いた。

 その瞬間、昨夜は明日魔法を教えるという話を説明する前に、睡魔に負けてしまい、実際には何も説明していなかった事を思い出した。どうやら頭が抜けていたのはレリアの方らしい。

 レリアは自らの失態を恥じて頬を少し赤らめ、ロベルから視線を外す。


「そう言えば、何も説明してなかったね。ロベルがこの先どんな人生を送るのか私は知らないけれど、その一助となるように魔法を教えようと思ってる。……いらないおせっかいだった?」

「い、いえ! ぜひ教えて下さい!」


 ロベルは過剰なほど食い気味にレリアに迫る。

 魔法を習得するには精霊に好まれる必要がある。そして精霊に好かれるのは、代々同じ精霊に好まれた家系の人間だ。

 精霊の好みは、血筋に基づくため、本人の性格とは無関係である事が多い。

 そのため、魔法技術は一子相伝に近しい形で伝えられる事が一般的だ。他者から魔法を教わる機会など皆無に等しい。ロベルの興奮具合にも納得がいくというものだ。


「サンティマン・ヴォレに着いたら私は仕事に戻るからそこまでの間ね」


 レリアは、そう言いながら急勾配の坂を下り切ると、背後で慎重に坂を下るロベルの方を振り返った。


「それじゃあ、魔法を使ってみて? さっき言った通り魔法に必要なのは、精霊と心を通わす事。だから詠唱文は何でもいいよ」

「は、はい」


 坂を下りきったロベルは、レリアがやったように森の方へ向かって右手を突き出す。


『燃え盛る火の精霊よ、我が呼び声に応じて猛り狂う槍となれ。敵を焼き尽くし、我が道を切り開け! 《フレイム・ランス》』

 レリアの詠唱を覚えていたらしいロベルは、一文字も間違えずレリアの詠唱を模倣した。

 同時に、レリアが魔法を使用した時と同様にロベルの全身から火が噴出し、彼の右手に火が集約していく。

 魔法発動に失敗して事故が発生しないようにじっと見ていたレリアはその時点で、眉をひそめた。直後、ロベルの手の中に収束していた火球が、突如として制御を失い、彼の全身を包む大火へと膨れ上がった。


「わ、うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ロベルは地面に倒れる。

 その場で全身に付いた火を消そうと暴れまわる。

「あづいぃぃぃぃぃぃぃっあああああああああああああああああっ!」


 レリアはその様子を他人事のように眺めながら、自分の方へ転がってくるロベルを素手で受け止めた。ロベルの全身を包む炎がレリアの素肌に触れる。しかし、レリアの手には、魔法によって形成された水の膜が貼られていて、外見に反してレリアの手は全く焼けていない。


「落ち着いて、ロベル──熱さは感じてないはずだよ?」

「ああああああぁぁぁぁ──あれ?」

 先程までの暴れまわっていた姿が嘘のように、ロベルは動きを止めて、未だに燃えている自分の身体を右手でそっと確かめるように触った。


「熱くないっ⁉ なんで⁉」

「極端に精霊に好かれている人は、魔法を使っても魔法師が持つイメージに精霊の強い感情が介入して、イメージ通りに魔法が発動しない人がいる。ロベルはその典型みたいだね」

「そ、そんな……じゃあ俺はどうすれば」

「ロベルみたいな人は武器に魔法を付与して戦う事が多いよ。魔法剣士って呼ばれることもあるね。ロベルは完全近接型かな──ちょっと鎧をイメージして魔法を使ってみて?」


 レリアが言った途端、ロベルは素直に鎧をイメージしたらしく、彼の身体を包むように燃えていた炎は、鎧のような形へと変化していった。

 それを見てレリアは満足気に頷くと立ち上がった。


「ロベルは先に剣術を学んだほうがいいかも」

「剣術ですか……」


 少し落胆したような表情を見せるロベル。

 剣術を覚えて戦うなら普通の狩人と大差ないじゃないか、と言った顔だ。


「不満?」

「魔法が使えるようになったのに、剣術を覚えないといけないってなると、多少……」

「狩人になるなら、剣術は覚えておいて損はないよ。魔法と併用して戦うことで生存率が高まるし、私は良いと思う。魔法を使わないって訳じゃなくて、ロベルには剣術と魔法の同時使用が一番力を発揮できるってこと」

「なるほど……そういうことなら、ちょっと頑張ってみることにします」

「うん。サンティマン・ヴォレに着いたら剣術の特訓ができるように計らってあげる」

「ありがとうございます」


 背の低い木の枝を素手で払いながら、ロベルは言った。

 レリアはロベルの言葉に軽く頷きながらサンティマン・ヴォレへの道なき道を歩く。隣を歩くロベルは魔法が使える事が嬉しいのか、楽しそうに火を人差し指に灯して遊んでいる。

 三〇分ほどそうして歩いていると、レリアより少し前を歩いていたロベルが唐突に立ち止まり、後方にいるレリアの方を向いた。

 そして、レリアにとって衝撃の発言をする。


「レリアさん」

「なに?」

「俺、狩人じゃなくて、魔女ハンターになりたいです。だから、レリアさんの弟子にしてください」


 突拍子もない発言に頭痛がしてレリアは右手でこめかみを抑える。

 そして睨むようにロベルの方を向いた。


「急にどうしたの? さっき魔女ハンターの死亡率について話したよね? 私の話聞いてた? 死にたくないなら狩人のほうが安全だよ。せっかく助かった命、大切にしたほうがいいよ?」

「……だけど俺がやらないといけないと思うんです」

「どうして?」

「言葉にし辛いんですけど、運命的というか──俺がやらないといけないって気がするんです」


 酷く曖昧な事を言うロベル。

 あまりに酷い説明に思わずレリアは失笑する。

 そして、子供を宥めるように作った笑顔をロベルへと向けた。


「ダメ」

「で、でも! レリアさんに出会った事とか、母が魔女だったこととか、俺に魔法が使える事とか、全部──全部、運命に導かれているような気がするんです」

「その理由じゃ命を駆けるに値しないよ。運命論なんて他人任せな理屈で入る世界じゃない」


 はっきりとレリアはロベルの言葉を拒絶すると、ロベルを置き去りにするように歩を早める。


 しかし、レリアより歩幅も筋肉もあるロベルはすぐにレリアに追いつく。

「それじゃあレリアさんはどんな理由で魔女ハンターになったんですか?」

 ロベルの言葉がレリアの耳に入った途端、レリアは足を止めた。

 その場に立ち止まったレリアは、ロベルの方を向いて真顔で口を開く。


「呪い……かな」



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