6-1 エピローグ
レリアがサンティマン・ヴォレから去ったのは、アメリ確保から四日後だった。
時間がかかった理由は大きく分けて二つある。
一つ。アメリの斬撃で街の一部が消し飛んだこと。
これによって生まれた被害をレリアはレポートにしなければならなかった。内心、被害を生み出したアメリがやればいいじゃんと思わなかった訳では無いが、これは魔女狩りを行った魔女ハンターの仕事なので渋々やりきった。
二つ。レリアに貸し出した別宅が跡形もなく消し飛んだ事により、ハンター協会支部長、セロンが大泣きして、職務放棄したこと。
ちなみに彼の機嫌を取り戻す為に、レリアはこの街で獲得した白金貨三〇枚の内二〇枚を使用して家を立て直す事を約束した結果、彼はようやく自らの職務へと戻った。そして残りの一〇枚も街の復興のためにセロンへと預けた。
その際、別宅のメイドをしていたシトリの事を報告しなければならなかったが、レリアはセロンに嘘をついた。
シトリは、別宅が吹き飛んだ際の衝撃で記憶を取り戻して、元居るべき場所へ帰ったと。
彼は素直なのか、あっさりとそれを信じて良かったと涙していた。
ともかく、そんなこんなでさっさと街から去るつもりだったレリアは街に四日ほど滞在した。
寝食はハンター協会で行っていた為、その四日間にレリアが会ったのは、セロン、受付嬢、それから転移の魔女アウラくらいだった。
あらかたの処理を終えたレリアは四日振りに外に出る。
建物の外には、陽光が燦々と降り注いでおり、レリアは秋の訪れを感じながら街を出る。
外壁から出るとレリアは大きく背伸びをする。
「国王もしばらく用事がないみたいだし、しばらくは適当に旅をしようかな~」
そう独りごちて、レリアは南へ向かって歩く。
一時間ほど南に歩き、周りの景色が変わり始めた頃にレリアは足を止め、道から少し外れた原っぱへ移動した。
そして、おもむろに腰のベルトに装着されたタロットケースに手を伸ばそうとした瞬間、後方からレリアの方へ近づいてくる足音が聞こえた。
「レリアさん!」
聞き覚えのある声に心が跳ねると、レリアはタロットケースへと伸ばしていた手をいったん止め、その声がした方向に顔を向けた。
そこには、レリアが最後に見た時よりも洗練された都会的な装いを纏い、明らかに急いできた様子で息を切らしているロベルが立っていた。
「ろ、ロベル? ……どうしてここに?」
「レリアさんを追ってきたんです。お願いしたいことがあって……」
「レリアは目を細め、訝しげな視線でロベルをじっと見つめた。
「…………なに?」
レリアのやや冷たいとも取れる返事にも、ロベルは一切の動揺を見せずにレリアの瞳をじっと見つめたままでいた。その後、彼は強い真剣さと深い敬意をその身振りに込め、ゆっくりと頭を下げた。
そして──
「俺を弟子にしてください!」
そう言った。
しかし、レリアは少し迷って首を横に振る。
「ごめん……無理。ロベルと私では戦い方がまるで違う。だから、君に教えられることはないよ。もっといい人を探した方がロベルの為になる」
やんわりとレリアが断ってもロベルは退かずに一歩前に踏み出した。
「……俺、今回の一件で魔女ハンターになりたいって思いました。命を奪う魔女ハンターじゃありません。魔女になった人を助ける魔女ハンターです。理性の残った魔女に殺されない道を示したいんです。そのためには、知識がいる。経験も……最強の魔女ハンターの傍なら色んな経験ができそうだと俺は思っています」
「そう……私とは方針が真逆だね。私は魔女を躊躇なく殺すよ?」
「なら、レリアさんからも魔女たちを守って助けます」
「邪魔するってこと?」
「はい。邪魔します」
ロベルは決意の籠もった言葉ではっきりと言った。
そこまで断言されると、一周回って気持ちが良い。
レリアはロベルには分からない程度、小さく口角を上げる。
「言っておくけど、ロベルが突き進もうとしている道は険しいよ? かつて私が進もうとして諦めた道。それを私よりも力の無いロベルが実行できるの?」
「わかりません。でも……魔女でも話せば言葉は通じる。助けられる命は助けたいんです」
「仮に魔女が数千人の命を奪っていても? 救いようのない魔女はいるよ? 言語の壁とか関係無く言葉の通じない魔女だっている。等しく助けるなんて無理だよ」
「…………だったらどうしてレリアさんはアメリさんを助けることにしたんですか?」
「シトリとの契約を結んだから。それ以外に理由はない」
「ならどうして、シトリさんとの契約を結んだんですか? あの状況なら契約を交わさずともシトリさんを普通に殺せたはずです」
「契約を交わす事が私に有益だったからだよ。私は利益がなければ助けない」
レリアの言葉を聞いてロベルは口を閉ざし俯いた。
そして──
「それでも。俺は助けたいです。そして、レリアさんの旅の目的を見届けたいって思ってます。少なくとも魔女の数を減らし、魔女に襲われる人々を減らすという観点では、俺とレリアさんは利害が一致しているはずです」
レリアはロベルに聞こえない程度の小さなため息を吐く。
「いいよ。それじゃあ行こうか」
「え?」
呆けたロベルの顔が妙におかしくてレリアは頬を緩める。
ロベルの発言を聞いていると、とうの昔に諦めていた魔女の救済が可能な気がしてくる。結果としてレリア同様に魔女を救うのが無理だという結論にロベルが辿り着いたとしても挑戦することに意味はあるだろう。
そう考えての発言だった。
「なんで驚いてるの?」
「いや、無理だと思ってお願いしていたので……」
恥ずかしそうにロベルは頬を掻く。
そんなロベルの瞳をレリアは見つめる。ロベルと旅をするにあたって懸念すべき点は他にもある。レリアはそれを問おうとして少し躊躇しながら口を開いた。
「……でも、いいの?」
「何がですか?」
「私が傍にいることがロベルを傷つけない?」
「……大丈夫です。現段階では理性を失った魔女を助ける方法が無いことはわかっています。それに、この数日間で大分心の整理はできました。心の整理した上でレリアさんに付いていきたいと思ったんです」
「そっか。ならよかった」
ほっとため息を吐いたレリアは、突然小さく声を漏らす。
「そうだ。忘れてた」
レリアはロベルが来る直前にやろうとしていた事を続けることにした。レリアはタロットケースを手にとって、ケースの中から女帝のカードを取り出す。
それをロベルは不思議そうに覗き込む。
「何をするんですか? このタイミングで悪魔を召喚するんですか?」
「まぁ、そうだね。悪魔……かな」
意味深な微笑みを浮かべながらレリアはタロットカードの上辺を両手で掴んだ。
そしてそのままカードを縦に引き裂く。
「なっ!」
「異界より来訪せし七二の悪魔の一つ。古の契約に基づき我が呼び声に応え現出せよ。我が求めるは契約の履行。交わした契約に基づき、我の従者としてここに現出せよ! シトリっ!』
「はぁああああ?」
レリアの召喚の儀をかき消すようにロベルが大きな声を上げる。同時に空が割れ、隙間から人一人が入れそうな暗黒の球体が降りてくる。
それは、レリアの眼の前に着地すると二つに割れ、黒い球体の中から見覚えのあるメイド服を着用した少女が出てきた。
レリアに殺されたはずの少女は、眼の前に立つレリアに顔を向けると、静かに頭を下げた。
「おまたせシトリ。それじゃあ契約通り今日から私の従者として働いてね」
「承知しました。レリア様。御恩に報いるためどこまでもご奉仕させていただきます」
「うん。それじゃあ行こう」
レリアは一歩を踏み出す。
同時にロベルがレリアの前に立ちふさがった。
「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか? シトリさんは殺したって……」
「私、シトリを殺したなんて言ってないよ? 処分したとは言ったけど」
「それって同じ意味じゃ……」
「シトリには契約で縛りを課した。悪魔としての記憶を取り戻したり、人間に危害を加えようとしたら消滅する。悪魔は適切に処分した。何も間違ってないでしょ? 大体、普通に考えて私がシトリというサンプルケースを殺すわけがない」
「と、言うと?」
ロベルが首を傾げる。
そこにシトリが口を挟んできた。
どうやらレリアにそこまで説明させてしまうのは申し訳ないと思ったらしい。
「レリア様の旅の最終目的は、王家の嘘を取り消し、お母様の汚名を晴らすこと。そのためには汚名の原因である魔女と悪魔をこの世界から消さなければならない、私のようなケースは悪魔の消失という点において一つのサンプルケースになる……ですよね。レリア様」
「そう。そういう事。だからアメリの命を奪わない事を条件にシトリが私の従者として働くように契約したって訳。シトリの事は正体が正体だから殺したように偽装しただけ。言ったでしょ? 利がないと助けないって。シトリは利があるから助けたの」
「そ、そんな……てっきり」
がっくりと肩を落とすロベルにシトリは首を傾げる。
「ロベル様は私が死んだ方が良かったのですか?」
「い、いやいや。そんな事は無いです。生きててホッとしているんですよ」
その場にしゃがみ込み、心底からの安堵を感じながら大きなため息を吐き出すロベルを横目に、レリアはシトリにそっと近づFき、耳打ちをする。
「しばらくしたら暇をあげるから、アメリに会いに行ってもいいよ。会いたいでしょ?」
「良いのですか?」
そう言ったシトリの目は期待で輝いていた。彼女の期待に微笑みを返したレリアは頷く。
「いいよ。契約でシトリのことは縛ったし、万一ってこともないしね」
「あ、ありがとうございます!」
シトリの満面の笑みは、ただの少女のような無邪気さと温かさを宿していた。その表情には、かつての悪魔の面影は欠片もなかった。
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