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3-8 戦闘

 レリアは、咄嗟に生み出した矢をアメリに向けて投げ、大きくその場から飛び退く。

 その直後、投げた矢がアメリの振るった剣先に触れた。瞬時に矢を起点とした激しい爆発が生まれ、アメリは爆煙に飲み込まれた。立ち上がる黒煙によってアメリの姿が見えなくなる。


 それをレリアは少し離れた場所から見つめながら、肩を大きく上下させて息を切らせていた。


「……ただでさえ近距離戦は苦手なのに──血が足りない」

「へぇ。良いこと聞いちゃった。だったら接近戦は正解かぁ……。あんた、不老不死なんでしょ? だったらあんたを首だけにしてどこかに飾ろうかな。喋るオブジェとか最高」


 黒煙の中から剣を持ったアメリが歩いてくる。

 その口元はレリアの首だけとなった姿を想像しているのか、不気味に歪んでいた。

「趣味悪っ」

 思わずレリアは吐き捨てるように言うが、アメリはそれを褒め言葉と捉えたのか、口を横に裂いた。そのまま流れるような動作でアメリは剣を頭上に構えると、レリアを睨みつける。

「死ねっ!」


 アメリが空を切るように剣を縦に振るった。

 距離にして一五メートル。通常の斬撃ならレリアに剣は届かない。

 しかしアメリの斬撃は、警戒して立っていたレリアの元へ衝撃波となって届いた。

「くっ!」

 咄嗟に、レリアは矢がつがえられていない弓を高く掲げてから、力いっぱい地面へと叩きつけ息を吸う。

『我を守れ!』


 魔法は発動に手間をかけるほど、威力が上昇する。単語を叫ぶだけの簡易的な詠唱でも詠唱なしと比較すると、発動する効果には雲泥の差がある。

 結果として、レリアが叫んだのは正解だった。

 魔法の弓を作るのに練った魔力をすべて使用して作り出した障壁は、アメリの衝撃波に耐えきれず簡単に吹き飛んだ。


 突風がレリアを襲うが、土魔法で足を固定してなんとか踏みとどまる。

 身体を吹き飛ばす勢いの猛烈な突風に耐え、しばらくすると、突風が収まった。

 レリアが閉じていた目を開けば、先ほどまで存在した周囲の建物は粉々に吹き飛ばされ、数百メートル先のサンティマン・ヴォレの外壁まで、建物が一掃されている光景が目に映った。


 街の外壁には、巨大な剣で切りつけたような斬撃痕が残っており、咄嗟に張った障壁がなければ、今頃バラバラになっていたと、レリアは震え上がった。

「剣を振っただけで、どんな威力してるの? もしかしてそれも悪魔との契約?」

「大正解」

「一体何体と契約してるの?」

「言う訳ないでしょ? 馬鹿なの?」


 アメリの言葉にレリアは唸った。我ながら随分と馬鹿な質問をしてしまった。仮にレリアがアメリの立場にいたとしても手札を晒すようなことは絶対に言わない。

 そんな当たり前の事を聞いてしまった事が少し恥ずかしくなって、レリアは拳で頬に付いた汚れを拭き取った。

 それが、アメリに攻撃する隙を与えてしまった──一瞬で、アメリはレリアの懐に入り込む。

「なっ」


 レリアの表情が驚きに染まる。レリアが一歩後ずさるのと同時に、アメリは先程と同じ斬撃を回避できないレリアの眼前で放つため剣を振り下ろした。

 時が緩やかに流れる。

 次の瞬間、レリアはニヤリと微笑み、身体を後ろに傾けつつ人差し指をアメリへ向けて突き出した。

『爆ぜよ』


 その瞬間、レリアが指を指さしたアメリの胸元に花の紋様が刻まれた。同時にその花の紋様は真っ赤に染まり、花の紋様を中心にアメリが爆ぜた。

 アメリは攻撃態勢に入っていたため、レリアの攻撃を避けることはできない。一方で、レリアも貧血のために激しい動きはできず、アメリの攻撃を避けることも叶わない。


 痛み分けになるのであれば、不死者のレリアが有利だ。

 そう思っての瞬時の判断。

 すぐに突風が吹き荒れ、アメリの斬撃でレリアは吹き飛ぶ──はずだった。

 だが、地面に倒れたレリアには、傷一つない。

 おかしいと感じるよりも先にレリアは、目の前に人影があることに気が付いた。

「大丈夫ですか? レリアさん」


 レリアから遠く離れた場所で、騎士団の副団長フーレと戦闘をしているはずの青少年。

 圧倒的な剣術の技量差で、押されていたはずの青少年の声が、レリアの眼の前から聞こえた。

「へ? ろ、ロベル⁉ フーレは?」


「倒しましたよ。結構ギリギリでしたけど、魔法が使える分こっちが有利でした。それよりも怪我はありませんか?」

「う、うん。大丈夫。それより、剣の間合いに急に飛び出したら危ない。死んだらどうするの?」


「す、すみません。あの斬撃の威力は遠くからも見てましたけど、絶対魔術を使っていると思ったので、無効化できるかなって……」

 ロベルはそう言いながらレリアへ手を伸ばしてくる。レリアはその手に捕まって身体を起こし、黒煙の上がる場所を睨みつけながら黒煙から距離を取った。

「ロベル。あまり無理はしないで。不意を突かれてアメリの斬撃に当たれば、ロベルは一撃で死ぬ」


「はい。気をつけます」

 レリアはロベルと並んで立って、黒煙をじっと見つめる。ほどなくして、黒煙の中からはっきりとしない人影が見えた。うっすらだが、影は膝をついているように見える。


 それを確認した瞬間、レリアは攻撃姿勢に移る。

 この場が勝機と見て、レリアはタロットカードを取り出す。

『世界を覆う光の精霊よ。我の名のもとに悪しき魔女に崩壊を。禁忌に手を染めし魔女に終焉を。救済の時来たれり! 《ルミナス・エクリプス》』

 レリアは過去に一度、ミアに放った魔法をアメリへ向けて発動する。

 アメリを取り囲むように空間が歪み、歪みから長さ三メートルはある光の槍が無数に生えてくる。それらは全方位からアメリへ向かって射出された。

 そして──

「私はこっち」


 レリアの背後から背筋が凍るような冷たい声がした。

 反射的に振り返ると、レリアの目の前で二本の剣がぶつかり合い激しく火花を散らす。同時に剣から発生した強烈な衝撃波でレリアは吹っ飛んだ。

 勢い任せに地面を幾度となく転がり、泥だらけになりながらも、レリアは立ち上がる。


 そうして、先ほどまで立っていた場所を振り返ると、アメリとロベルが剣を鍔迫り合いさせながら必死に戦っているのが見えた。

 レリアは一瞬だけロベルから視線を外し、先程魔法を撃った場所を見る。

 魔法が直撃した結果、大きな窪みができた場所には、フーレの死体が横たわっていた。

 どうやらアメリは、レリアに魔法を無駄打ちさせ油断を引くために、騎士団の仲間を犠牲にしたらしい。


 レリアが魔法を放った瞬間、アメリは転移魔術でフーレを黒煙の中に移動させた。その後、黒煙の中に魔法を撃ったレリアの背後へ転移して、背後からの一撃を狙ったのだろう。

 ロベルの性格上、例え敵対している人物であっても、相手を殺すことはしない。

 ならば、フーレを殺したのはレリアだ。

「本当に……悪趣味」


 しかし……と、レリアは考える。

 フーレとアメリの体格には歴然の差がある。黒煙で隠れていたと言っても、フーレの体格なら別人と分かるだろう。

 それが分からなかったということは、転移以外の魔術も使用されている。

「……認識改変魔術か」


 戦闘中に認識を改変され、身代わりを作られていたのであれば、レリアに本体を見抜けない。

 信頼できるのは、魔術無効を持ったロベルの目だけだ。

 ロベルとアメリが激しく剣を振って戦い合っている姿を眺めながら、勝利を確実なものにする為にレリアは思考する。

 魔女狩りにおける勝利条件。


 魔女を殺すこと。もしくは、魔女帳簿にサインをさせること。

 魔女帳簿は一種の契約であり、サインをさせた時点で契約が締結される。そして、副次効果として、発動中の魔術を強制解除するという効果もある。

 通常、魔女ハンターは、魔女狩りの際、殺しかサインの二択を迫られる。だが、アメリのような危険性の高い存在なら、サインを諦め全力で殺すのが一般的な魔女ハンターの行動だ。


 しかし、今回のレリアには前者の殺しを選択できない理由があった。

「だったらっ!」

 レリアは地面に足を突き立て、右手を突き出す。その直後、レリアの右手の上に火と土の魔力で出来た鍵が生まれる。それを握りつぶして光の塊に変換したレリアは、アメリを睨んだ。


『地を覆う大地の精霊、灼熱の火を放つ炎の精霊よ。土の堅牢さと火の激情を持って敵を覆い、敵を無に帰せ!』

 レリアは最後の一節を叫ぶ前に詠唱を中断し、大きく息を吸う。

「来て!」

 アメリには一般的な魔女と違い理性と高い知性がある。ロベルへの明確な命令はアメリへのヒントとなる。そのため、言葉として理解できる最小限の命令をロベルに出した。


 普通の人ならレリアの言葉を理解できず、その場で首を傾げるだろう。

 しかし、一度の離反とレリアの素性を知ったロベルはレリアを強く信頼していた。

 レリアの声を聞いた瞬間、ロベルは鍔迫り合いをやめ、アメリの腹部を蹴り飛ばした上でレリアの元へ駆け寄る。

 その直後──

「《グランドドーム・ゼロ》」


 レリアは中断していた詠唱を再開した。

 轟音とともに空間が歪曲する。そして、アメリを中心に幅十メートルの土のドームが急速に形成され、彼女の身体を丸ごと飲み込んだ。

 土のドームが完成した瞬間、レリアは指を鳴らす。同時にドームが大きく膨らみ、轟音とともに地面が激しく震える。


「れ、レリアさん? 何をしたんですか?」

「ドーム内にアメリを閉じ込めて、内部を爆発させた。あとは──」

 レリアは指を振る。


 レリアの指の動きに合わせて、ドームの土は消えていった。

 ドーム内部の地面は高熱で溶け、深く響く音を立てている。

 しかし、ドームの中心部だけは、大地が溶けていない。その上でアメリは、土の塊に全身を拘束されて、イモムシのように蠢いていた。


「ど、どういうことですか? 内部を爆発させたんじゃ?」

「爆発の直前、アメリの立つドームの中央に熱を防ぐ魔法を施していたの。だから、アメリは爆発によって生じた強烈な衝撃波と爆発音だけを全身に浴びた。衝撃波によって、アメリの内蔵に強烈な打撃が加わり、爆音によって三半規管が損傷する。その結果、平衡感覚を喪失。アメリが立ち上がれなくなったところで、土魔法で拘束したってわけ」


 言葉にすると簡単だが、アメリの移動速度の速さ、転移魔術も込みで考えると、彼女をドーム内へ閉じ込める事は不可能に近い。この方法でのレリア単独のアメリ討伐は不可能だった。


 ロベルがアメリの気を引き、不意をついての急激な環境変化を起こさなければ、アメリは余裕でレリアの攻撃を回避しただろう。

 レリアはほっと、息を吐き出し、アメリの方へ向かって歩く。

 戦闘は終わった。あとは後始末のみだ。


 レリアはアメリに近づくため、高熱で溶けた大地に足先を伸ばす。レリアのつま先が溶岩に触れた瞬間に、大地が一瞬で凍結した。


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