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5-7 戦闘開始

 仕事を完遂したレリアは、何食わぬ顔をして部屋から出た。

 ドアの横に緊張した面持ちでロベルが立っているのを視界に収めると、レリアは足を止める。

「あの……シトリさんは?」

「適切に対処したよ」


 そう言いながら、女帝のタロットカードをひらひらとロベルの前で振る。

 ロベルの視線は一瞬タロットカードへ向いていたが、すぐに閉まりかけのドアの隙間へ移る。


「中を見ても何も無いよ?」

「そう、ですか……」

「ごめん。嫌な思いをさせて……この後のアメリ討伐、参加したくなければしなくていいよ」


「……いえ、そこは約束をしたので、最後まで手伝います」

「ありが……」

 不意に言葉を切ったレリアは視線だけを左奥の廊下の先へ向けた。

 そして──

「しゃがんで!」


 レリアは叫びながらロベルに飛びつくようにして、彼を地面に押し倒した。

 その瞬間、轟音と共に頭上の景色が吹き飛んで空が見えた。

 建物の中にいたはずなのに、空が見える。

「は?」

 レリアに押し倒されたロベルから困惑した声が漏れる。

 それが、レリアに押し倒されたことに対する困惑なのか、それとも建物が吹き飛んだ事に対する困惑なのか、レリアには分からない。

 だが、それを聞いている暇などない。


 強烈な危機感を察知したレリアは咄嗟に使用できる六種の魔法を駆使し、ロベルと自分を囲んだドーム状の六層ある魔法の障壁を作り出す。

 その瞬間、強烈な爆発音と共に激しい振動が二人を襲う。

 その直後、レリアは、今しがた張ったばかりの魔法の障壁が四枚ほど砕けたのを理解した。


「な、何なんですか! これっ!」

 何とか言葉を探しながら困惑した表情で頬を掻くレリアは、ロベルの方へ視線を向ける。

「アメリにシトリの事がバレたみたい」

「ど、どうして?」

「多分何かしらの手段で監視していたんだと思う」


 レリアは再び、残った魔法の障壁の上から更に魔法の障壁を上掛けする。

 フーレを処断しようとした際、レリアが放った魔法をアメリは斬撃一つでしのいだ。つまり、アメリの斬撃には最低限、レリアの魔法に匹敵する力があるということになる。


「ロベル。思ったよりやばいかも。危険を感じたら逃げてもいいよ」

「いえ、俺も戦います。このまま何もせずに終わるとか勘弁です」

「それじゃあロベルには揺動とチャンスがあれば、直接攻撃もお願いしてもいい?」

 レリアがそう言った瞬間、足元が奪われるような衝撃が襲い、思わずレリアは手を滑らせた。


 気が付いた瞬間には、ロベルの顔が眼の前にあってレリアの思考は一瞬吹き飛ぶ。

「ご、ごめん……」

 レリアはロベルの上から飛び退くように立ち上がると、ロベルの方へ視線を戻した。


「魔法、使えるよね? 前に教えたやつ」

「は、はい。でも魔法は防御と、武器への付与しかできないですよ?」

「それで十分。極力攻撃に当たらないように守りに集中して」

「はい。分かりました」


 ロベルが頷くのを見た後、レリアは目を閉じ、魔法で張った障壁の外側の音を聞く。

 レリア・サージュアアアアアアアアアアアア!

 と、怒声のような狂った声が魔法による守りの外からうっすらと聞こえてくる。声の聞こえる方角は北側。レリアは反対側の南方向の障壁に人一人が通れるくらいの穴を開ける。


「私は貧血であまり激しく動けない。だから基本的にこの場から動かずに真正面から戦う」

「だ、大丈夫なんですか?」

「やるしかない。たぶんアメリは私しか見てない。だからロベルが後ろに回ればチャンスはある。抵抗される前に致命傷を負わせて。でも絶対に殺しちゃ駄目」

「……分かりました」


 小さく頷いたロベルは素早く魔法の壁に空いた穴から抜け出すと、走り出す。

 同時にレリアは魔法の壁を解除して、攻撃元の方へ視線を向けた。

 そこには、やはり──アメリが立っていた。


 顔は憤怒で紅潮し、眉は悲しみによって深く八の字に折れ曲がり、口は絶望で緊張した線を描いていた。そして、瞳にはギラギラとしたレリアに対する憎悪を宿している。


「よくも! やってくれたな! レリア・サージュ‼」

 叫ぶのと同時に爆風のような強い突風がレリアを襲う。

 それを両手で庇いながら凌いだレリアは不敵に笑った。

 視界の奥では、ロベルが大きく旋回しながらアメリの元へ向かって走っているのが見える。


 ここは、アメリの注意がロベルに移らないようにしたほうが良い。

「もう騎士団長のフリは辞めたの? 魔女さん」

「うるさい‼」

 アメリは言葉の全てに濁点がつくかのような勢いで叫び、レリアに向かって剣を振り下ろした。その一振りだけで、十メートル以上の距離があるにも関わらず、衝撃波がレリアを襲う。


 衝撃波が到達する前に、レリアは反射的に障壁を張って身を守った。

 アメリはその光景を目の当たりにし、さらに怒りを募らせるかのように、口から後悔混じりの言葉を吐き出した。


「あの娘はなっ! お前なんかに殺されて良い存在じゃないんだよ! 私が助けるはずだった。私が救うはずだったんだ!」

 その言葉で、レリアは自分が立てた推論は事実だと確信した。


「シトリを魔女にしたことに責任を感じているの?」

「当たり前だっ! 私が大丈夫だって言ったんだ! だから、私が大丈夫にするはずだった!」


「そのためにどれだけの人を殺しても問題ないと?」

「構わない。構わなかった。私とあの娘の存在を隠蔽するために、当て馬のミアを突き出したのに。……それでこの街から去ればよかったのに……」

 アメリはレリアにこの世の憎悪をすべて包括したような瞳を向ける。


 もうあまり、時間稼ぎはできそうにない。

「へぇ~。ミアってやっぱりあんたの差し金だったんだ」

 会話を引き伸ばしながらレリアはロベルの方へ視線をやる。

 次の瞬間、レリアは衝撃の光景を目にして瞳孔を大きく開いた。

「なっ……」


 ロベルはなぜか副団長のフーレと戦闘をしていた。

 しかもロベルの方が押されている。剣術の腕はフーレの方が上。ロベルは魔法によって燃える剣を振ってなんとかフーレを牽制しているだけのようだ。

 アメリはレリアの視線を辿ってロベルを認識した後、鼻で笑う。


「くふっ。作戦失敗? 残念ながら騎士団は洗脳済み。あいつらは私の為に死んでも良いと思っているの。そう調教してきたから──あんたは私が殺す。他の誰にも邪魔はさせない」


 どうやらレリアの作戦は始めから読まれていたらしい。

 だったらロベルの力には頼らず独力でやり切るしかない。

「そう。なら仕方がないね。時間稼ぎはもうおしまい」

 レリアはそう言ってから静かに目を閉じる。


『異なる道を歩む六つの力よ。集いてひとつの力となり、我が前に立ちはだかる障害を打ち破る鍵となれ。我、異なる光を一つに合わせ、あらゆる障害を乗り越えん』

 その瞬間、レリアの眼の前に赤、緑、青、茶、黄、白の六本の鍵が出現した。

 レリアが鍵に手を伸ばすと、それらは光の塊へと変わり一つに融合していく。そして、六本の鍵は虹色に輝く巨大な一本の鍵へと姿を変えた。

「な、何よ……それ」


 アメリは恐怖の入り混じった表情でレリアを見る。その瞳はまるで化け物を見るような驚愕の眼差しだった。

 そんなアメリの視線を、レリアは微笑みで受け止めながら、魔力の球を前に突き出した。


「これは魔力の塊。知っていると思うけど、魔力の本質は、使用者の意思を精霊に伝える力。例えるなら人間の使う言語と同じようなもの。だから精霊ごとに必要とされる魔力の種類は異なる。だけど魔力を混ぜ合わせれば、使い分けの必要が無くなる。二種類以上の魔法を使える人間なら当たり前にできる芸当」


 そう言いながらレリアは巨大な鍵の柄を掴み、力を入れて握りつぶす。同時に鍵の形をした魔力の塊がレリアのイメージに合わせて、弓の形へと変化した。

「悪いけど、体調が悪くてあまり動けないの。だからこれで決めさせてもらう」

 貧血状態のレリアは青ざめた顔で力を振り絞って弓の弦を引く。レリアが矢の付いていない弦を引くと、いつの間にかそこには三色に輝く矢が装填されていた。

 レリアは矢の装填された弦を限界まで引き絞り、アメリに狙いを定め、手を離した。


 引き伸ばされた弦は瞬時に元の位置へ戻り、弦に固定されていた矢は勢いに任せて射出される。その瞬間、矢は光となって飛翔する。瞬きをする間にレリアの放った矢はアメリの眼前に矢はあった。

「くっ!」


 アメリは動物的な反射能力で高速飛来する矢を剣で弾く。

 打ち上がった魔法の矢は、後から立っていられないほどの強烈な突風を生み出し、激しい閃光と共に爆炎を生み出した。

 レリアの作り出した弓と矢は六種の魔力で構成されている。そのため矢の射出時に矢を構成する魔力を選択し、対象への直撃時に任意の魔法現象を引き起こすことができる。


 付与した魔力によって発動する魔法の効果が変わる為、戦術は幅広いのが特徴だ。

「普段、あまりこういう洒落た魔法は使わないんだけど、いいね。気に入った」

 レリアは口角を上げながら再び矢を射出する。

 アメリはそれを剣で切断してから、レリアへ向かって走り出す。

 しかし、それを予測していたレリアはもう一発即座に射出する。


「ちっ!」

 咄嗟に横へと跳ね退いたアメリは、レリアからの射撃を避けるため、直線的な動きから横の動きに切り替えた。レリアを中心に円を描くように旋回し、隙を伺う。

 一方、レリアは周りを素早く動くアメリに向けて何度も矢を放つ。


 アメリはレリアの隙をついて接近してこようとするので、一瞬のスキも与えないよう矢の軌道、地面に着弾後に発生する魔法現象の影響まで計算に入れてレリアは矢を放ち続ける。


 だが、アメリは凄まじい運動能力でレリアの攻撃を全て回避する。

 アメリは接近できず、レリアの攻撃も当たらない完全な拮抗状態が生まれた。

 しかし、それは一瞬で崩れ去る。


 繰り返し矢を射出していたレリアの手は、弦によって擦りむけ、皮膚が剥けてしまった。痛みで一瞬、手が止まったその隙に、アメリは横の動きから縦の動きへと、方向転換する。


 アメリは驚異的な速さで地を駆け、瞬く間にレリアの眼の前に現れた。

「近づけばこっちのもの!」

 恨みを込めた不敵な笑みを浮かべながら、アメリは剣を振るった。



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