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5-5 過去

 レリアは自分の推理の正しさを確信しつつも、その重大性に思わず深いため息をついた。

 その後、視線を少し泳がせて、自室の中を見渡す。

 そして、レリアの視線は床に置かれた自身のバッグへ向けられた。


「ねぇ。魔女は不老だから時折、昔の伝承に彼女たちの話が書かれている事があるの。その中にアメリとシトリの話と思われる話があるの……聞きたい?」

「……聞かせてもらっても良いですか?」

 レリアはコクリと小さく頷く。

「私はここに来る前にこの地域一帯の魔女の話を集めていた。その中に約百年前、とある少女が魔女と出会って友達となり、その後、少女は謎の病に冒されて生死の境を彷徨った、という話があるの」


「少女が魔女に病気にされたってことですか?」

 レリアはロベルの質問に首を横に振ってから話の続きを口にする。

「その少女は、医者に余命を宣告されるほどの重い病だった。だけど、少女は生死の境を彷徨って数日したある日、急激に病状を回復させた」

「え……突然ですか? 一体なんで?」


「そこまでは、私の調べた話の中には書いてなかった。だけど、少女はその後、人が変わったかのように人々を襲い暴れ始めた。少女に話しかけても言葉が通じず、村人は困り果てた末に、暴れる彼女を地下倉庫に閉じ込めた」

「それって……理性を無くした魔女そのままじゃないですか。少女は魔女にされたということですか?」


 レリアはコクリと小さく頷く。

「私もこの話を読んでそういう解釈をした。そして、この話の発祥の地がちょうど今のイニシウム村辺りなの」

「え……」

 突然故郷の名が出てきてロベルは目を丸くした。


「魔女化すれば魔女は不老になる。その際の副次効果として、人間の時に負った傷や病気も一度だけ完全に治す事ができる。少女が出会った魔女には理性があって、だからこそ少女を魔女にすることで救えると思ったのかもしれないね」

「だけど……少女は理性を失ってしまった。そして、少女は地下倉庫に閉じ込められた……と」

 レリアは神妙な面持ちで頷いた。


「救おうとした少女が理性を失い、化け物のようになって、愛する家族や村人を傷つけ、最終的には、光一つ入らない地下に閉じ込められてしまったらロベルならどうする?」

「……俺ならきっと、少女を取り戻そうとします。どんな犠牲を伴っても……少女を元に戻したいって思うと思います」


 ロベルの発言を聞いて、レリアは身を仰け反らせて天井を見上げる。かつてロベルと同じような思考で苦しみ足掻いた、レリア自身の過去の記憶が頭の中で蘇っていた。

 しかし、レリアはすぐにその思考を頭の中から追い払って、再び姿勢を正した。

「ロベル。魔女が五千人の命を奪い、胎内で悪魔を受肉させると、魔女はどうなると思う?」


「え……分からないです。死ぬ、とか?」

「ううん。恐らく魔女は人間に戻るはず。魂の契約を交わした魔女は、魔術を手に入れる代わりに、悪魔に魂を捧げ、悪魔の受肉を手伝うという契約を交わすの。だから悪魔が受肉をすれば、契約はその場で終了する。それ以降、理性が失われた状態が継続すれば、お母さん──ルイーナの人に危害を加えないという契約に違反することになるから」


「なるほど?」

 なぜそのような話をしたのだろうといった顔でロベルは頷く。

「今の話から、アメリがシトリを救うために人を襲い、彼女に魂を与え続けた理由が分かるでしょ?」

「そう、ですね。そういう事ですか。アメリさんはシトリさんの元となった少女を取り戻すために魂を与え続けた……と」

「たぶんね」


 そう言って、レリアは話を仕切り直すために柏手を打つ。

「話は長くなっちゃったけど、今の話で、私が今回依頼を受けた討伐対象の魔女がシトリであるという理屈に納得してくれた?」

「そう……ですね。全体的にアメリさんが原因だという印象しか抱かなかったですけど、シトリさんが、悪魔の受肉直前の魔女であるという理屈には納得できました」

 ロベルが複雑そうな面持ちで言ったのを見て、レリアはほっと安堵の息を吐いた。

 しかし、レリアは緩めた表情を即座に引き締め、ロベルを見つめ直す。


「それじゃあ、魔女狩りを手伝ってくれる? シトリの方は私一人でどうにかする。私が倒れている間にそれなりの交流があったんでしょ?」

「……はい」

 俯いてそう言ったロベルは、ゆっくりと顔を上げ、真剣な面持ちでレリアの方を見据えた。


 その瞳には、決意と同時に僅かな迷いも宿っているようだった。

「あの。本当にシトリさんは殺すしかないんですか?」

「かつてこの世界は、現在よりも遥かに発展した文明を築いていたの。人は魔力を利用した魔導機によって空を飛び交い、大地には鉄の馬が疾駆し、夜であっても街は灯りで溢れていた。だけど、そういう世界を悪魔はたった半日で壊滅させたんだよ。記憶を失う前のシトリもその中の一体。ここでシトリを見逃すと、シトリが記憶を取り戻した時に、人類が皆殺しにされるかもしれない」


 捲し立てるようにレリアは言うと、ロベルから視線を外した。

「ロベルには残酷かもしれないけど、無条件で見逃す事はできない」

「でも! 悪魔にはレリアさんのお母さんの契約が掛かっているんでしょう? それなら危害を加える事はできないはずです」


「悪魔は常に契約の隙をついてくる。お母さんと悪魔の間に交わされた契約は穴だらけ。だから人に直接危害を加えずに、人類を滅亡させる方法ならいくらでもある」

 レリアがそう言うと、ロベルは悔しそうに歯ぎしりをする。

 それを見て、レリアは静かに立ち上がった。


「それじゃあ、シトリを呼んで来る。ロベルは部屋から出ていってくれる? 見たくないものを見せることになっちゃうから」

「……俺が呼んできます」

「え?」

「最後にシトリさんと話がしたいです。もちろんレリアさんの仕事の邪魔になるようなことは言いません。ただ、シトリさんに感謝を伝えたいんです」

「そっか……わかったよ。時間はあるからゆっくり話してきて」


 レリアは再びベッドに腰を下ろす。同時にロベルは部屋を飛び出していった。

 一瞬、ロベルがシトリを連れて逃げる可能性も考えたが、シトリを逃した際のリスクを語った今、彼がシトリを逃がすことはしないだろう。それに、仮に逃げられたとしても追うことは簡単にできる。


 だから、レリアはロベルが返ってくる前に一つ検証をしてみることにした。

 シトリが本当に悪魔のシトリであるならば、悪魔のシトリを召喚しても召喚には応じないだろう。


 なぜなら悪魔の魂は、現在人間の肉体に宿っているからだ。悪魔と言えど、二箇所に同時に存在することはできない。召喚されなければ、シトリは悪魔だと断定できる。


 レリアはタロットケースから、女帝のタロットカードを取り出した。

「異界より来訪せし七二の悪魔の一つ。古の契約に基づき我が呼び声に応え現出せよ。我が求めるは秘密の暴露。あらゆる秘密を開示する汝の力を示せ──シトリ」

 気合を込めた召喚の詠唱とは裏腹に、部屋には静けさが満ちる──シトリは出現しなかった。


 レリアは小さく息を吐き出す。

 心の内では、シトリが召喚されることを祈っていたレリアは、シトリが召喚されないという状況に落胆した。そして、一つの覚悟を決めた。

「やるしかない……か」


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