5-3 求め続けた答え
「王家の嘘を撤回し、母の名誉を回復させること。そのためには、汚名の根源である魔女と悪魔をこの世界から根絶やしにしなければならない」
全てを言い終えたストラスにレリアはおかしくなって失笑する。
「本当に全部話したね。ストラス」
「ふむ。まだ話し足りないが、ここらで辞めておくか。これ以上やって危害を加えたと判定されては堪らぬ。だが、今日は気分が良い。特別にお前の肉体の治癒は三年で済ませてやる。それから一つおまけだ。お前が忘れている記憶を取り戻してやる。お前が探している魔女を特定に役立つだろう」
「それは……ありがたいけど」
「ならば手を出せ」
レリアは渋々といった表情をしながらストラスに手を伸ばす。レリアの伸ばした手にストラスは羽を伸ばし、レリアの手に触れる。
その瞬間、レリアの肉体が一瞬光り、ミアによって刺された傷は完全に修復された。
それを見て、小さく頷いたストラスは大きく羽を広げた。
「ではさらばだ。レリア・サージュ」
そう言って、ストラスは消えた。
レリアとロベルだけが部屋に取り残された。傷が完治したレリアは無言でベッドの上に散らばったタロットカードをケースの中に収める。
同時に、ロベルがレリアへ頭を下げた。
「あ、あの! 色々誤解していたみたいで、すみませんでした。本当は、外壁の上にいた時から、俺が勘違いしているって薄々分かっていたんです。だけど、感情が抑えられなくて……」
「誤解……ね。あの時、私がロベルにしっかりと説明すれば良かっただけだよ。私はあの場で選択を誤った。最初にロベルの記憶を消そうと行動にでなければ、誤解を解くチャンスはいくらでもあった。それをふいにしてロベルを警戒させたのは私」
レリアがそう言うと、ロベルは神妙な面持ちでうなだれた。
「それは、でもそうしないといけなかったんですよね。多分……」
「そうだね。ロベルとはこの街で別れるつもりだから、余計な情報……特にさっきストラスが暴露した内容に繋がる情報を知られる訳にはいかなかった」
「なら、レリアさんは悪くないです。早とちりした俺が悪いんです。本当にすみませんでした」
ロベルは姿勢を正してレリアに頭を下げる。
「前に、レリアさんは記憶を消せるって言っていましたよね。不都合があるなら俺の記憶も消してください」
「……そうだね。この街を出る時に消させてもらうかも」
レリアはそう言って、いつもより重く感じる身体でベッドから這い出て立ち上がった。
同時に立ち眩みがレリアを襲う。
それも軽い立ち眩みではなく、意識を奪われそうになる程度の強い立ち眩みだ。
体のバランスを崩したレリアを見て、すぐにロベルがレリアの腕を掴み身体を支える。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ストラスの奴、失った血液は最低限しか回復してないみたい。ちょっとゆっくりする」
ベッドの縁にレリアは腰を下ろし、一息吐き出す。同時に、ロベルはあたふたとしながら、温かいものでも貰ってきますと言って部屋から出ていった。
レリアは、何度か大きく息を吸って、意識を安定させてから窓の方を見る。
空は快晴だった。
「そろそろ……魔女探しも終わりにしないと」
病み上がりにも関わらずレリアの頭は仕事モードに入り込む。
過去に四千人以上を襲い、悪魔の受肉への王手を掛けている魔女。その正体について、レリアはある程度の見当をつけていた。正確には、回復の魔女ミアに襲われたとき、真実の一端を掴んだ。確証はないが、問い詰めれば真実は分かるだろう。
そう思っていると、扉が勢いよく開く。開いた扉からロベルがティーセット一式を持って部屋に入ってくる。
「すみません。おまたせしました。温かい紅茶を入れてきました」
ロベルはベッド脇に置かれていたサイドテーブルにティーセットを置いて、ティーポッドからカップに液体を注ぐ。
「シトリは?」
「まだ呼ばないほうが良いと思って、紅茶の準備は俺がしました」
「あぁ。そういう……」
レリアはロベルにお礼を言ってからティーカップを受け取り、カップに口をつける。
「うん。おいしい」
重度の貧血が原因なのか、紅茶の味が全く感じない。まるでお湯を飲んでいるかのようだ。
だが、それを正直に言うと、ロベルに心配されるので、レリアは嘘をついた。
少し間を置いてロベルは、自分用のカップに紅茶をいれて、レリアと同じように紅茶を飲む。
その直後、ロベルは顔をしかめた。
「あ、茶葉入れるの、忘れてました」
「…………」
完全に自分の味覚がおかしくなっていると思っていたレリアは、恨めしそうにロベルを睨む。
それを見て、慌てたロベルは素早くカップをテーブルに置く。
「す、すぐに茶葉取ってきます!」
ロベルは部屋から飛び出さんばかりの勢いで踵を返した。同時にレリアは彼の袖を掴んだ。
「お湯でいいよ。それより、少し話があるんだけど」
レリアは、視線でベッドに座るように指示する。ロベルはレリアの視線の意味を理解し、レリアの隣に腰を下ろした。
ロベルがベッドに腰を下ろすのを確認した後、レリアは深呼吸をして口を開く。
「ロベル。申し訳ないとは思うんだけど、魔女狩りを手伝ってくれない?」
「は?」
困惑した表情のロベルにレリアは慌てて手を振る。
「もちろんトドメは私が刺す。ロベルが手を汚す必要はない。だけど、今の私の体力だと追い詰めるのには力が足りない。ロベルの剣術と魔術の無効化があれば、足りない力の不足を埋められる」
ロベルは顔を伏せ、考え込むように顎に手を当てた。
「そういう話をするって事は、レリアさんは魔女の正体が分かったんですか?」
「たぶんね」
「聞かせてもらっても?」
レリアは、ロベルの質問に小さく首を横に振る。
「その前にロベルは、自分が剣術を習得した時の記憶ってどれくらいある?」
「……ほとんどないです。最初にちょっと剣を振って、下手くそってアメリさんに怒られて、そこからおぼろげ……って感じです。多分記憶がぶっ飛ぶくらい訓練されたんじゃないかなって思うんですけど」
その話を聞いてレリアの推論は確信へと至る。
「ありがと。魔女の正体が分かった」
レリアは一度深呼吸する。
たどり着いた結論は、残酷だった。
「魔女の正体は──シトリ」




