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5-2 戦う理由

「死はある意味で救済なのだ。だが、レリア・サージュにはそれがない」

「…………」

 その状態を想像したのか、ロベルは顔を青くして恐怖に身体を震わせる。


「友や知り合いはみな死んでいく。こやつは永遠に一人ぼっち。一時的に友を作ってもそいつも死ぬ。何人作っても死んでいく。それに、経験もそうだ。初めて呼んだ本は面白いかも知れぬが、何度も読めばつまらないと感じる事もある。人生も同じだ。繰り返されれば日々の出来事にも飽きがくる。最近は賭博で暇を潰しているようだが、じきにそれも飽きる。『飽き』が無限に重なれば、思考を放棄した人形のごとき存在になるだろう。我々はそれが楽しみなのだ」


 ストラスは愉快そうに羽をバタバタと羽ばたかせる。ストラスの発言にロベルは怒りを覚えたようで拳を強く握る。

「永遠って七〇一年だろ。それは永遠とは程遠い。世の中には色々とやりたいことやりのこした事もある。前者はともかく、それくらいの期間なら人生に飽きは来ない」

「そうだな。七〇一年間ならな。だが、我々がルイーナ・サージュの死後、レリア・サージュに力を貸す際、最初に奪ったこいつの時間は五年だ」

「え?」


 困惑したロベルの顔にストラスは愉快そうに再び羽を広げる。

「こやつは自分の意思で、五年を七〇一年まで増やした。レリア・サージュは我らの力が無くては真なる願いを叶えられない。故にこれからも我らの力を借りる。その度にこいつは死ねなくなる。数字は無限に増え続ける。これは永遠に続くだろう」

「真なる願いって何なんだ。そんなリスクを負ってまで叶えるものなのか?」

 ストラスの説明を聞きながらロベルは不機嫌そうに問う。

「そうだな……レリア・サージュの真なる願いを話す前にまず、王家の嘘について教えよう」

「王家の嘘?」


「そうだ。王家の嘘は一二〇年前に死んだルイーナ・サージュに関係している。奴は当時、神の使いとされる精霊全てと契約を交わし、世界的な英雄として讃えられていた」

 ストラスは、遠い昔の話を始める前に、軽く咳払いをした。


 ****

 一三七年前、空から悪魔われらは襲来した。そして、半日で当時の世界の文明を壊滅させた。

 この時の半日という時間は、ルイーナ・サージュが我らを封印するための準備を整える為の時間でもあった。

 正直に言って、我らは人類を舐め腐り封印されるなど考えてもいなかった。その結果、我らはあっさりとルイーナ・サージュの身体に封印をされてしまったのだ。

 その後、ルイーナは以前にも増した人気を獲得するようになった。それこそ国の象徴とされる国王を凌ぐ勢いでな。


 しかし、それほどの人気を獲得したルイーナは以降、表の世界には出てこなかった。ルイーナが隠居の生活を選んだのは、新たな命、レリア・サージュを身ごもったからに他ならない。

 自由でのびのびとした生活を求め、ルイーナは辺境の田舎へと移り住む決意を固めた。


 そしてルイーナは、自らの胎内に宿したレリアとは別に、身体に封じ込めた我らの存在に危機感を覚えた。ルイーナが死ねば封印が解除され、我らは再び世に解き放たれるからだ。

 だから、ルイーナはレリアを出産した後、レリアが将来悪魔の脅威に脅かされないように、我ら七二柱の悪魔全てと契約を交わしたのだ。

 それから一七年──レリアは何不自由無く暮らしていた。


 母親の優秀な遺伝子を継いで、若くして世界で六柱の精霊全てと契約を果たし、近隣の村からは天才と持て囃されていた。周辺の村々との関係も良好で将来は良い魔法師になると噂され、その噂は遠い王都まで伝わるほどだった。

 だが、そんな順風満帆だったレリアの生活は突如──終わりを告げた。

 ルイーナ・サージュが病死したのだ。

 それから世界は変わった。


 ルイーナの死後、奴に封印されていた我らは、肉体を失った状態で開放された。それと同時に、自らの存在を維持するために、我々には人間と魂を対価とする契約を結ぶ必要が生じた。

 その結果、透明化、瞬間移動、洗脳、記憶や経験を奪う力、そのた様々な力を持つ、魔女が現れ、魔女達は人々に強く恐れられたのだ。

 そして、一七年間に渡り悪魔という存在を秘匿し続けた王家はこう発表した。


『我が国は、深刻な危機に直面している。最近、魔女なる存在の出没が確認されている。魔女の引き起こす災害は民衆の安全と平和を脅かすものであり、国家全体にとって重要な問題となっている。この状況の背後には『ルイーナ・サージュ』の存在がある。ルイーナは、世界で唯一、六柱の精霊と契約を結んでおり、彼女の力と行動が、今回の魔女の出現と深く関わっていることは否定できない。彼女によって生み出された魔女たちは、無辜の民を苦しめ、国土を荒廃させている』

 ****


 ストラスは、王家とレリアだけが知る、過去の秘密を全て暴露した後、満足げに羽を大きく広げた。


「ルイーナ・サージュを魔女の元凶とし、すべての責任をルイーナへと押し付ける。これこそが、王家の嘘だ。レリア・サージュはこの事実を決して口外しない事を条件に一定の蛮行は許されている。なぜなら過去百年の国家の方針が、『魔女とルイーナを許さない』という強硬な立場に基づいているからだ。この事実が明らかになれば、国家の支持基盤は根底から揺らぎ、崩壊の危機に直面する」


 ストラスはそう言った後、ずっと下を向いて話を聞き流そうとしていたレリアを見て、嬉しそうに目を細める。

 悪魔たちは、自分たちを封印し肉体を奪ったルイーナを恨んでいた。そして、その深い恨みは、彼女の娘であるレリアにも向けられている。

 だから、その嬉しそうな眼差しの奥底には、レリアに対する恨みの感情が込められていた。


「ここまでは話せば、レリア・サージュの真なる願いが分かるのではないか?」

 ストラスはそう言いながらレリアからロベルの方へ視線を戻す。話を振られたロベルは、口を一時に結んで怒りに満ちた表情で拳を震わせていた。

「分からねぇよ。ルイーナは国の英雄だったんだろ。どうしてそんな貶める真似をするんだ!」


「国の象徴たる王家を超えた人気を博し、我らを封印した後、十数年田舎に住んでいたルイーナは、魔女の元凶とするにはあまりにも都合がよかったからだ」

「それじゃあ真の願いって……」


「王家の嘘を撤回し、母の名誉を回復させること。そのためには、汚名の根源である魔女と悪魔をこの世界から根絶やしにしなければならない」


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