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3-4 人柱

「言わない」

 ロベルが質問を終える前にレリアはピシャリと言い切った。

 旅の同行人ならともかく、ロベルはそうでない。この街で別れるだけのロベルにそれを言うことはできない。


 心の何処かでかなり冷たく突き放したな~と冷静な思考をしている自分がいたが、それを受けた実際のロベルは、含みどころのない軽やかな笑いをしたのだった。

「まぁ、そうですよね。すみません。気になっちゃって変な部分まで聞いちゃいました」

「別にいいよ。ごめんね。こういうのはあまり口にしないほうがいいから」

「はい。分かってます。でもその切り札にレリアさんの無敵に思えるような自信の根源があるんですね」


 そう言われたレリアは困惑して、困ったように眉を八の字に曲げながら頬をかいた。

「無敵って……そんな風に見える?」

「はい。たとえナイフで刺されても死ななそうです」

「いやいや。私だって人間だよ? 刺されたら……痛いよ?」

「そりゃ痛いですよ。刺されているんですから……」


 レリアの的の外れた回答を聞いて、ロベルは顔を引きつらせる。

 そんなロベルを横目に見ながら、レリアは周囲の住人たちの雑談も耳に入れていたのだが、魔女に繋がる情報は今のところ耳に入ってこない。

「そういえば……」


 不意に言葉を切ったロベルに、レリアは視線を向ける。言葉を切ったロベルはレリアを見てわずかに間を取った後、直ぐに口を開いた。

「どうしてレリアさんは賭博が好きなんですか?」

「へ?」


 一瞬前まで魔女探しのために高速で働いていたレリアの思考が停止した。

 レリアの口はパクパクと開閉を繰り返し、その間どうして、そんな事を聞いてくるんだと、疑問に思った。

 しかし、レリアの疑問はすぐに解消した。


 レリアの視線の先、約一二〇メートルくらい先に、先ほど目にした賭博場とは異なるもう一つの『賭博場』と書かれた大きな看板が掲げられた店があったのだ。

 現代、賭博場が一つの街に複数あることは珍しくない。

 魔女の出現に伴い、多くの人々が安全を求め壁に囲まれた街での生活を余儀なくされた。その結果、ロベルの暮らすような田舎村は例外とは言え、多くの人々が娯楽の数々を手放すことになったのだ。


 登山や野外での冒険、広大な湖での釣り、色とりどりの花が競うように咲き乱れる草原での花摘み、あるいは貴族が隠したという宝探し──これらはすべて、今や過去のものとなった。

 かくして、かつては大人も子ども楽しみに満ちていた時間が、安全を求めるあまりにポッカリとした空白に置き換わってしまった。


 その空いた空白に入り込んできたのが、狭い空間でも遊べる賭博という訳だ。

 丁度、その頃悪魔と契約を結んだ魔女が異界の知識を手に入れ、その知識を広めた。その結果、魔女を通じて流入したカードゲームが爆発的に流行し、結果として多くの賭博場が各所に建設されるようになった。


 ちなみにこの世界で使用されているメートル法は、魔女規制が始まる前の理性のある魔女たちによってもたらされた知識であり、現代では主流の単位系として受け入れられている。

 話を戻すと、今の時代、賭博はさして珍しい趣味という訳でもない。

 魔女の出現以前は、賭博を行うことは地獄への片道切符とされるほどの大罪と見なされていた。しかし、時代が流れるにつれ、教会さえも教義を見直し、現在では賭博が広く受け入れられるようになった。現在では多くの人々が賭博に興じ、かつてのようにそれを罪悪と見做すことや、恥じることはほとんどなくなった。


 しかし、レリアは懐古主義というか、昔ながらの思考が根強く、賭博を行うことに対して羞恥心を感じてしまうのだ。

 そのため、レリアの口から咄嗟に嘘が飛び出した。

「……前にも言ったけど、借金ができたのは国王に賭博場に誘われたからで、別に好きとかじゃないよ。借金ができたのは国王に誘われたからだよ。国王が悪い」


「前から聞きたかったんですけど、レリアさんって王様とどんな関係なんですか? 随分と仲が良さそうですけど……」

 レリアは、心の奥底で話が逸れたことに密かな微笑みを浮かべていた。

 しかし、実際にロベルへ向けた表情は厳しいものだった。


「仲良くなんて無いよ。私は国王が──この国が大嫌いだから。でもお互い大人だし、弱みを握り合っているから、喧嘩するより仲良くしよう──的な関係。だからかなり良好な関係を築けているし、大概の事ならやっても許される」

「嫌いって……どうしてですか?」

「まぁ、親の敵──みたいなものかな。私の母はこの国の発展のための人柱にされたから」


「なっ。……そう、なんですか。すみません……今のは聞かなかったことにします」

 気まずそうにレリアから視線を逸して言うロベルに、レリアは苦笑する。

「そんなに気にしなくてもいいよ。随分昔の話だし。ある程度は割り切って国王との関係を築いているつもり」

「随分昔って……レリアさんが一七の時に亡くなったんですよね? それって本当に最近じゃないですか。割り切るには早すぎますよ」


「それを言うならロベルの方が随分と割り切りが早いように見えるけど」

 心の隙を突かれたレリアは感情的になってしまい、言ってはいけない事を言ってしまった。

 ロベルの母を直接手にかけたレリアだけは言ってはならない発言だった。


 今の発言は、「私が君のお母さんを殺したけど、君はあまり気にしていないみたいだし、割り切りが早いね」と言ったようなものだ。そう言って無くても、そういう受け取り方をする人が確実に出てくるほどに酷い発言だった。

 レリアは、口にしてしまってからそれに気がついた。


「ご、ごめん。今のは言うべきじゃなかった……本当にごめんなさい」

 必死に頭を下げるレリアにロベルは屈託ない笑いを向ける。

「いえ、俺が悪いんです。俺が言い過ぎたんです。レリアさんは悪くないですよ」

 レリアの方が悪いのに、ロベルは優しくレリアをフォローするような発言をする。そのため、レリアは余計に罪悪感を覚えてしまった。


 気まずくなってロベルから視線を逸していると、ロベルは調子外れに明るい声を出す。

「でも、なんというか安心しました」

「え?」

「レリアさんも失敗することがあるんだなって。失礼かもしれないですけど、レリアさんは無敵でもなんでもない普通の女の子なんだって……そう思いました」

 ロベルの言葉に、レリアは思わず失笑してしまった。


「ふふっ。そうだね。私は無敵ではないよ。だから強い男の子が守ってくれないと」

 と、冗談めかしてレリアは言う。

 すると、ロベルは至って真面目な顔をレリアへと向けた。

「はい。大した力にはなれないかも知れないですけど、レリアさんが危険に陥ったなら俺が助けます。まだ、命を助けてもらった恩も返していないですしね」


「できれば、危機に陥る前に助けてほしいな」

「が、頑張ります」

 ロベルが苦笑いを浮かべながら言葉を紡いだその瞬間、レリアのすぐ横を甲冑に身を包んだ男性が通り過ぎた。その光景に、レリアは思わず「あっ」と声を漏らした。


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