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3-3 言わない

 レリア達が仕事の話に夢中になっている間に、シトリは気を使って部屋から退出していたらしい。レリアは、庭で洗濯物を干していたシトリに、夜に帰るとだけ伝えて、街へと繰り出した。


 レリア達は東地区へ向かって歩く。その間、会話は無かった。無言に耐えかね、何か話題を振ったほうが良いかと思案していると、ロベルが声をかけてきた。


「レリアさんってずっと一人旅をしているんですか?」

「そうだね。ずっと一人」


 そう言った瞬間、ロベルの口から素っ頓狂な声が漏れた。

 何か、馬鹿にされたような気配を鋭敏に察知したレリアは、小さく頬を膨らませながらジトッとロベルを睨む。


「その声はなに? 私が一人旅をしていたらマズイの?」

「え、あ……ほ、ほらレリアさんって生活力ないですよね。だからどうやって今まで生きてきたんだろうって、ずっと疑問だったんですよ──話を聞いた結果、疑問が増えました」


 はっきりと、遠慮なく言われてレリアは肩を落とした。

 自分でも分かってはいる。レリアには生活能力が全くなく、放っておけば二週間後には毒キノコでも食べて倒れていそうな姿が容易に想像できる人間だ。

 その点は自覚していた。

 しかし、ここまではっきり言われるとは思ってもみなかった。だから、レリアは反射的にロベルを睨みつけた。


「言っておくけど、生活力ゼロでも旅はできるんだよ? 徒歩で二、三日の距離なら干し肉とか常備しとけばどうにでもなるし、それ以上なら馬車を使う。まぁ……バッグの中は収拾が付かなくなるけどね」

「じゃあダメじゃないですか?」

「別にいいんだよ。バッグはぐちゃぐちゃでも死なないし、食料だって無くても死なないから」

「後者の方には無理があるのでは?」

「ありません。余裕です~」


 レリアはプイと顔を背け、ハッキリと事実を突きつけられた仕返しと言わんばかりに、早足で歩き、ロベルとの距離を引き離す。


「ちょっと。待ってくださいよ」

 そう言いながらロベルは小走りでレリアに追いつき、不機嫌そうにしているレリアのご機嫌取りを始めた。

 そんなロベルの様子が面白くて、レリアの口元が緩む。その瞬間、レリアは自分がロベルとの会話を楽しんでしまっている事に気づいた。


 これは良くない。良くない事だ。そう心の内でレリアは何度も反芻する。

 レリアは現在に至るまでに数多の魔女を殺し、その裏で多くの人を悲しませた。

 家族や知り合いが魔女になってしまうと、多くの人はその人をなんとか魔女から人に戻そうと努力する。苦労を重ね、どうにもならないと分かっても、諦めきれずに対処しようとするのだ。


 しかし、レリアはそんな彼らの努力を、苦労を、葛藤をレリアは横から掻っ攫う。

 何度泣かれ、何度恨まれたか、数えてもキリがない。その結果、摩耗し消耗して、いつしか擦り切れてしまった。

 昨日の友は明日の敵。


 これは、レリアが生きてきた人生で学んだ一つの教訓だ。昨日、仲良く話していた人物も明日には恨み言を向けてくる世界にレリアは住んでいる。

 だから楽しいわけがない。人との会話に楽しさなんて感じてはいけない。


 全ては単調な記号の羅列で自分はそれを口にしているだけ。相手が口にしているのもただの記号だ。そこに意味はないし、意味を考えてはいけない。

 自分を律するようにそう考えながら、レリアはその場で立ち止まり、両手で顔を覆った。


 冷たい何かが頭に流れ込み、冷静な思考が戻ってくる。

 同時に足を止めたレリアを見てロベルが首を傾げた。

「どうしたんですか?」

「……なんでもない。行こう」


 レリアはロベルの心配そうな顔を無視して歩き始めた。

 サンティマン・ヴォレは東西南北に地区が分かれている。

 現在レリア達が向かっている東地区は商店街、レリアが間借りしている支部長の別宅がある西地区は高級住宅街、南地区は一般住宅街、北地区では農地や畜産などが主に行われている。

 ちなみにハンター協会や教会は四つの地区の丁度中心に位置する場所に建っている。


 そのため、情報を収拾するなら人が多い東地区が最も効率的に情報を集められるはずだ。

 そんな判断のもと、レリアは東地区へと来たのだが、アーチの下をくぐってしばらく歩いたところで、レリアは光り輝く──賭博場の看板を見てしまった。

 もちろん実際に看板が輝いている訳ではなく、隣を歩いているロベルから見ればただの風化した木製看板だ。

 だが、レリアには砂漠に広がるオアシス、もしくは宝石のように光り輝いて見えた。


 しかし、隣にロベルがいる以上、軽率に中に入ることはできない。

 いや、偵察と言い張れば可能性はあるのでは? と考えそんな邪な思考を振り払うようにレリアは首をぶんぶんと横に振った。

 同時に、ロベルが口を開く。


「一つ質問良いですか?」

「ひゃっ‼」

 突然の質問に本気で驚いたレリアは飛び上がるように背筋を正した。そして、すぐに可愛らしい反応をしてしまった自分を恥じて顔を赤らめた。

 それを見たロベルは一瞬、レリアの変な反応に眉をひそめたが、それには触れない事にしたらしく、続けて口を開いた。


「朝に話をしていた捕まえた魔女の件ですけど、やっぱり魔女って化け物みたいな姿をしているんですか?」

「いや、前にも言ったけど、魔女は特殊な才能や観察眼がないと見抜けない。もちろん理性を失っている魔女は明らかに異常行動を取るからそんな目はいらないけどね」

「レリアさんはその観察眼をどうやって身につけたんですか?」


「何度も私の観察眼については説明したけど、実際のところ私の目は修行で身につく類の物じゃない。どちらかと言えば、ロベルの能力に近い。だから認識改変魔術を使用されない限り私は確実に魔女を見抜ける」

「認識改変魔術?」


 ロベルが説明をして欲しそうな目でこちらを見てくる。仕方がないのでレリアは説明をすることにした。

「まぁ、文字通りの意味で、特別な説明が必要なわけじゃないけど、簡単に言うなら、この魔術は対象物を『始めからそうだった』と認識させて違和感を覚えさせない力。これが使われると、石ころですらダイヤモンドだと認識してしまったり、魔物を神様と認識させる事もできる。そして、この魔術は使用者以外に見破る事はできない」


「絶対ですか?」

「絶対じゃない。認識改変魔術を持っている人の集中力を途絶えさせれば、魔術が途切れる可能性はある。でもそれは偶発的に発生した事象に依存するしね……」

「じゃあ今までどうやって同じ魔術を持った魔女を発見してたんです?」

「私にだって奥の手はあるんだよ? あんまり使いたくないけど、それを使えばどうにか判別はできる」


「奥の手って──」

「言わない」

 ロベルが質問を終える前にレリアはピシャリと言い切った。


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