3-2 秘密
朝食も食べ終わりレリアが満腹感を覚えていたところで、ロベルがレリアに話しかけてきた。
「今日はレリアさんと一緒に行動してもいいでしょうか? ほら、俺も剣術がそこそこできるようになった自負がありますし、魔女ハンターの仕事を見ていたいなぁ……とか」
「そうだね……それじゃあ今日は一緒に行動しようか」
「ありがとうございます」
ロベルは嬉しそうに口角を緩めながらそう言ってから、視線をレリアの眼の前に置かれたタロットケースに視線を移し、興味深そうに口を開く。
「レリアさんってタロットカードに精霊を封印しているんですよね?」
「厳密にはちょっと違うけど、大体合ってる。それがなにか?」
「はい。タロットって全部で七八枚だと聞いたことがあるんですよ。神は世界に闇を作らなかった。だから精霊の数は六。だとすると残りの七二枚には何が封印されているんですか?」
レリアは目をすっと細めた。
「面白いこと言うね」
「え? そうですか?」
「どうして残りの七二枚に何かが封印されていると思うの?」
「いや、レリアさんが意味もなく効果も無いカードを持っているとは思えませんし……。持っているからには何かしらの意味があるのかなって」
レリアはテーブルの上に置いたタロットケースを手にとって、ケースの縁を撫でる。
「このタロットケースは、私のお母さんの形見の一つなんだよ。タロットカードは私のだけど、六枚だけ入れてスカスカって寂しいでしょ? だから七八枚入れているだけ」
レリアがそう言うと、ロベルはまだ納得いっていないような表情を見せる。
しかし、レリアはそれを無視して、タロットケースを隠すようにポケットに収めた。
そして、ロベルの方へ視線を戻し、会話の流れを変えることで話題をそらすことにした。
「そう言えば、昨日別行動した時に魔女を一体捕まえたよ」
「え⁉ ま、魔女を捕まえたって……じゃあこの街での仕事は終わった感じですか?」
ロベルが本気で驚いて立ち上がるのを横目に、レリアは食後に出されたコーヒーカップを口元に運び、顔をしかめた。
そのままカップを突き放すように机に置いて、ロベルの質問に対して首を横に振った。
「いや、多分別件。本命は狡猾に隠れていると思う……そうだ! 今のところ出揃っている情報をまとめた推論を聞いてくれる?」
ロベルが小さく頷いたのでレリアは、『ロベルの住んでいた村から発生していた謎の声が消えた時期』『この街に住んでいた三人の魔女ハンターの死亡』『ミアの魔女化の時期』という三つの情報を結びつけた推論を語ってみせた。
それらを聞き終えたロベルは、少し黙ってから口を開いた。
「なるほど。ありえない話じゃないと思います……ってことは、この街に潜んでいるのは、俺の村にいた魔女ってことですね」
「たぶんね。この推理になにか追加で思いついたことある?」
「一応……多分ですけど、その魔女が俺の村にいた魔女なら、俺の母はその魔女のことを感知していたんじゃないでしょうか?」
言われてみればその通りだと、思わずレリアは身体を少し前に傾けた。
レリアの推察通りなら、イニシウム村には長期間、魔女が捕らえられていた事になる。それをその土地に住む魔女が感知していないとは考えにくい。
しかし、そこまで考えた後、レリアはロベルがどうしてそのような考えに至ったのか知りたくて、あえて疑問を浮かべるように首を傾げた。
「ふむ。どうしてそう思うの?」
「例えば、母が魔女になった理由が、イニシウム村に封印された魔女の抑止力になる為だったとしたら、長年監視していた魔女が脱走して、手に負えなくなったために新たに悪魔と契約を重ねたと考えられるんです」
「なるほど……ロベルの母親が今回の一件に関係している可能性は高いかも」
そう言ったところで、ロベルの母の血のように赤い髪を思い出した。
それに関連して、何か記憶に引っかかる──この街に来た当初、誰かが赤髪の女について何かを言っていた気がする。
そう思ってしばらく目を閉じ、考えた末、レリアはようやくその記憶を掘り起こした。
「ロベルは、赤い髪の女が魔女だ、という噂がこの街で広まっているっていう話を覚えてる?」
「あぁ、この街に着いた時にフーレさんが言っていた市民の間で広まった噂話ですよね?」
「うん……それってもしかして事実なんじゃない? 赤髪の赤い瞳の魔女ってロベルの周りに居たでしょ?」
「母さんのことですか? 確かに母は赤い髪で、目も赤かったですけど……母はいつも家事が忙しくて家を離れる余裕なんて無かったですよ? 村の外は魔物で危険ですし……女性一人じゃ出られません」
「でも、君の母は魔女だよ。彼女が転移魔術を使用できる事も確認している。だから、数時間程度あれば、この街での用事も済ませられるはず」
レリアがそう言うと、ロベルは納得したように感心した表情を浮かべた。
そのままロベルは、顎に手を当ててうーむ、と唸ってから顔を上げる。
「たしかに……でも、どうして母はこの街に用事があったのでしょう?」
「ロベルの推察を取り入れるなら、イニシウム村に捕らえられていた魔女がこの街に移動させられた事を知っていたからじゃないかな? まぁ、目的まではもう特定のしようがないけれど、君の母がこの街に訪れて、魔女だとバレたのは確実だと思う」
バラバラだったパーツが組み上がっていく事にレリアの背筋にゾクゾクとした感覚が走り抜ける。
直近の魔女ハンターとしての仕事では、会話をすることも、思考を要するような場面も殆どなかった。ただ淡々と理性を失った魔女たちを一体また一体と駆除していく日々だった。そんな中、久しぶりに深く考える機会が訪れると、その新鮮さに興奮が隠せなくなる。
しかし、レリアは僅か数秒でいつもの冷静さを取り戻した。
限られた情報から真実を追求するのは楽しいが、魔女狩りをするにあたっては、このような妄想はさほど重要ではない。
レリアは静かに椅子を引いて立ち上がる。
「まぁ重要なのは過去に何が起きたか突き止めることじゃない。必要なのは、魔女の能力、人数、そして魔女の特定だよ。足りない情報は実地で集める。行くよ。ロベル」




