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2-14 目覚めたシトリ

「それじゃあ、次はシトリ」

「へ?」

 まだ、涙ぐんでいるシトリは、レリアの言葉を聞いて真っ赤にした瞳をレリアへと向けた。


「わ、私もですか?」

「うん、ロベルの為にも何かいい感じの話ない?」

「あ、ありませんよ~。さっきも言いましがけど、私には昔の記憶が無いんです」

「それじゃあ、目覚めた時の話とか」


 レリアがそう言うと、ロベルが不満そうにジトっとした目をレリアに向けてきた。

「完全に楽しんでますよね?」

「そ、そんなことないよ。たまにはこういう晩食もいいなって思っただけ。ほら、シトリ」

「……分かりました。ですが、あまり面白くないと思いますよ?」

「いいからいいから」


 レリアがそう言うと、シトリは目を閉じて過去を思い出すように口を開いた。


 **シトリの回想**

 私が、私の記憶する中で最初に目を覚ました場所は、光一つ入らない地下室の中でした。

 地下室の支柱に縛り付けられた状態で、私は目を覚ましたんです。

 どうしてここにいるんだろう。


 最初に考えたことは、そんなことでした。でも、次第に恐ろしいことに気が付き始めたんです……私には、過去がない。自分が誰か分からないんです。

 それは、想像を絶する恐怖でした。自分が何者でもなく、そして誰にも認識されていない。自分がこの世界に存在しているのか存在していないのかも、次第に疑うようになりました。


 それからはひたすらに叫びました。喉が切れて喀血(かっけつ)しても叫び続けました。

 しばらくそうしていると、誰かがランタンを持って地下室の中に入ってきたんです。ランタンの明かりが顔を照らした時には、本当に救われたと思いました。

 そして、地下室に入ってきた人物は、私に気がつくと慌てた様子で駆け寄ってきて、私を縛り付けていた縄を解いてくださいました。


 その人物こそが、サンティマン・ヴォレの騎士団に所属する騎士団長、アメリさんでした。

 アメリさんは、地下室に入る前に魔物と戦闘をしていたらしくて、全身が血まみれの真っ赤な姿でした。だけど、そんな姿でも私には救世主のように見えたんです。

 それからアメリさんに私の置かれた状況を伺いました。


 どうやら私は、犯罪集団に捕まって随分と酷いことをされていたようです。記憶が無いのもその時のショックが強すぎるからだと。そして、地上には犯罪集団が身を隠すに放った大量の魔物が闊歩していると、そんな話でした。

 それから二週間程度、地上の魔物が掃討されるまで私は地下室で暮らしました。

 その間、私はアメリさんから外の世界の常識、生きるのに大切な事、その他多くのことを教えていただきました。


 ですが、私はアメリさんのことを信じ切れませんでした。私に会いに来るアメリさんはいつも血だらけでしたし、記憶の治療薬と言って、光の球体が入った瓶を飲ませてきたからです。

 その瓶の中身を飲むことで私の体調は良くなっていました。それでも、怖かったんです。

 もしかしたら血だらけなのは、人を殺したからじゃ、とか光の瓶に入っているのは人間の魂なんじゃないかとか、ちょうどアメリさんから悪魔について聞かされたばかりだったので、そんな事を考えてしまって私は地下室から逃げました。

 正直、逃げ出した時には、アメリさんが言っていた「地上には魔物が蔓延っている」というのは嘘だと思っていました。


 でも……それは本当でした。地下室から出た途端、すぐに魔物に追われました。地上は既に日が落ちていて、真っ暗闇の中、どこまで逃げても魔物は追ってくる。

 それが怖くて、寂しかった。私は初めて自分の軽率な行いを悔いました。人生で初めての後悔で、そして──最後の学びだとその時は確信しました。

 でも、もうこれ以上逃げられないと言う場面で、アメリさんが助けに来てくれたんです。


 アメリさんはいつものように返り血で全身は真っ赤でしたけど、その時の私はアメリさんを怖いとは感じませんでした。私は感極まってアメリさんに抱きつこうとしました。

 ですが、私が目覚めてからずっと優しかったアメリさんは、私の肩を掴んで怒ったんです。

 怒りと心配の入り混じった言葉の後、アメリさんの方から私に抱きついてくれました。


 その後、私はアメリさんに手を引かれて地下室に戻りました。

 その時に、アメリさんが「家族が欲しいなら、私が家族になってあげる。もう寂しくなんてさせないから。一人にはさせないから安心して……私を信じて」と、微笑みながら言ってくれました。


 家族を知らない私からしてみれば、その言葉は私に居場所を与えてくれる言葉で……だからこれが私の目覚めてからの思い出で、大切な思い出です。

 **回想終わり**


 シトリの話が終わった瞬間、レリアは感嘆の息を漏らした。

「ふ~ん。アメリって結構優しいんだ~」

「はい。とてもお優しい方です」

「ちなみにその後、どうやってここで働くようになったの~?」


「目覚めてから一ヶ月ほどして、アメリさんに連れてきていただきました。その際に仕事がしたいと言った際に、こちらの仕事を斡旋していただきました」

「ふ~ん。本当に優しいね。私ならそこまでやらないかも……助けた後は放置しそう」

 レリアがそう言うと、シトリは首を傾げた。


「レリア様はロベル様に同じような事をやっているのでは?」

「……確かに?」

 レリアは虚ろな眼で、カクカクと首を左右に振りながら頷いた。

 そのまま真っ赤になった顔をロベルへ向ける。


「とにかく、話を戻してロベル~。どぉ? 感情は取り戻せそう?」

「……やっぱり無理です。というか、こんなことじゃ感情を取り戻すとか無理ですよ」

「そうかな~。まぁゆっくりやろ~。まだ一日くらいしか経ってないし、仕方がないよ~」


 レリアはそう言いながら、ゆっくりとワインが注がれたグラスを手に取り、静かに口元に運んだ。 

 それを見て、ロベルは今更ながらレリアが飲酒しているのに気づき、目を細めた。

「レリアさんって未成年ですよね? この国では一七歳未満は飲酒禁止なんですよ?」


「それ、守ってる人いるの? そもそも私は一七歳じゃないよ。まぁ、厳密に言ったら駄目かもだけど~」

 そう言いながら再び首をカクカクと振り、レリアはアハハと口にして笑う。

 それを見て、ロベルは眉をひそめた。

「ずっと違和感はありましたけど、もしかしてレリアさん……酔ってます?」

「酔ってないよ? 普通~」


「いや、酔ってますよね? 語尾がさっきから『~』って伸びてるし、ふにゃふにゃしてます」

 詰め寄るように言われて、レリアは頬を膨らませる。

「酔ってないってば。ね~シトリ?」

 レリアに声を掛けられたシトリは縦にビクンと震えた。

 そして、コクコクと何度も頷く。

「はい。酔ってないと思います」


「じゃあレリアさん。今の気持ちを答えてください」

「え? 気持ち? ふわふわしてる~」

「やっぱり酔ってるじゃないですか!」

 ロベルの轟くような大声に、レリアは思わず耳を塞いだ。

 そして、レリアは冷たい視線でロベルを睨みつける。


「しつこいなぁ。あんまりしつこいと魔法撃つよ、本気で~。タロットカードも使おっかな~」

 レリアはそう言いながら、さらにグラスに手を伸ばし、ワインを喉へと流し込んでから魔法の詠唱を始めた。同時にシトリがパタパタと両手を振り、慌てた様子でレリアに話しかける。


「ま、待ってください! 落ち着いてくださいませ。魔法を撃たれたら困ります!」

「うん。止める」

「あ、すごい素直」


 シトリの口からポロっと驚きの混じった声が出た。自分が失言をしたと気が付いたシトリは自分の口を塞ぎ、頭を下げる。

「す、すみません。変な口を利いてしまいました」

「い~よ」

 その辺りからレリアの記憶は消えた。


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