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2-12 シトリ

 それを目撃したレリアは慌てて彼の元へと駆け寄る。

「ロベル⁉ しっかりしてっ!」

 彼を焦って抱き起こすようなことはぜず、レリアはロベルの脈を計る。

 脈はある。

 次に呼吸を確認する──呼吸も問題ない。

 そこまで確認してレリアはホッと息を吐き出し、ロベルの師事を頼んだアメリの姿を探す。


 周囲にアメリの姿は無く、剣術の練習を行った痕跡としてロベルの側に剣が落ちていた。

 アメリに一発何かを言ってやろうと、勢いよくレリアは立ち上がる。

 その瞬間──

「あれ? レリア?」

 背後からアメリの声がした。


 レリアは睨むように勢いよく振り返る。勢いよく振り返り過ぎて、首を僅かに痛めつつアメリを視野に収めると、彼女は両手にぶどう酒の入ったグラスを手にしていた。

 アメリの背後にはこの家のメイド、シトリがちょこっと付いてきている。家族のような関係と言っていたのは本当のようで、シトリはアメリに引っ付くように行動しており、メイドの態度としては実に馴れ馴れしい態度だ。


 そんな事を考えていたレリアの思考を破るようにアメリが口を開く。

「ごめんね。修行きつくやりすぎちゃったみたいで気絶しちゃって、気付け薬貰ってきたの」

 どうやら剣術修行と称した暴行を受けた訳ではなさそうだ。

「そう……あまり無茶はさせ過ぎないでね」


「うん。とはいってももう基礎的な部分は叩き込んだからそれなりに戦えると思う」

 そう言いながらアメリは慣れた手つきでロベルの口元へブランデーを流し込む。

「かはっ!」

 気付け薬に使われるほど強い酒を流し込まれたロベルは、むせ返りながら意識を覚醒させる。


 何度かその場で何度もむせて涙目になりながら彼は顔を上げた。

「あれ? レリアさん」

「おはよう。修行はどう?」

「……キツかった記憶以外あんまり覚えてないです」

 そりゃあ気絶するほど鍛えられたのなら記憶もあやふやになるだろう。


 どんな修行をつけられたのだろうと内心興味を持ちながらレリアは、側に転がってきた金属製の剣を拾いロベルへと手渡した。

「成果を見せて?」

「はい!」


 ロベルは剣を受け取って元気よく声をあげる。

 流石に数時間程度では、大した成長もしていないだろう。

 そんな事を考えている内にロベルは剣を構え、

「はあああああああああっ!」

 空気が切れた。音が断絶された。


 そんな錯覚を抱く程に淀みのない一撃。剣筋は一切ブレず、獲物を切断するために鍛え上げられた熟練の戦士のような一撃。

 それは地面にぶつかる数センチのところでピタッと制止していた。

 明らかに数時間で習得できるような太刀筋ではない。

 戦々恐々としながらレリアは嬉しそうに頷いているアメリの方を向いた。


「何をしたの?」

「ん? 普通に剣術を教えただけだよ。でもすごいね~。ロベルくんやっぱり才能あるよ。剣術の」

「いや、才能云々の次元? 達人の域じゃない? 剣を振ってこなかった人が数時間で身につけられるの?」


「身に付いているんだから仕方がなくない? それに私が教えたのは振り下ろしだけだよ。まぁ一つの動作を極めれば必然的に他の動作も練度が上がる。だから総合評価としてはそこそこ戦えるって感じかな? 騎士団に入るならもう少し練度が欲しいかもってくらい」

「そうなんだ……剣術なんて勉強したことないから知らなかった」

 そうこう話している間にもロベルは横薙ぎ、振り下ろし、剣を逆手に持って人の腹部に叩き込むような動作を行い、そこから流れるように剣を斬り上げる。


 といった動作を披露してみせた。

 アメリの言う通り、他の動作に振り下ろし攻撃ほどの技術は見受けられない……気がする。

 とはいえ、魔女と戦うなら十二分な技術を習得したと言える。後は、彼自身が魔法で武器や身体を保護して戦う技術と、魔女と戦うそれなりの経験があれば今日にでも狩人としての仕事が可能だろう。しかも、技術的にはかなり上澄みの方だ。


 加えて、必要な資格などをレリアが手配すれば、魔女ハンターにもなることはできるだろう──もちろんそんな事をするつもりは毛頭ないが……。

 アメリの視線の先を見ると、ロベルの事を少し羨ましそうに見ていた。

「騎士団にあげるつもりはないよ──ともかく、ありがとう。後は魔法分野について叩き込むつもり」


「そっか~。残念。まぁいいやそれじゃあね。ロベル。もし騎士団に興味があったらいつでも門を全開に開いて待ってるからね」

 アメリは冗談めかしてロベルへ向かってパチっとウィンクをしてから、スキップをしながら門扉の方から出ていった。

 アメリを見送ってからレリアはロベルの方へ歩み寄る。


「頑張ったね。あとは魔法を付与して戦う技術を身につけるだけ。そしたらロベルはここで独り立ちして生きられる」

 レリアは背伸びをしながらロベルの頭に手を伸ばし、子供をあやすように頭を撫でながら微笑んだ。無言で頭を撫でられているロベルの顔は朱色に染まり、それを微笑ましく思ってレリアが何度も彼の頭を撫でていると、後方にいたシトリが一歩歩み寄ってきた気配を察知した。


 レリアは頭を撫でるのを止めシトリの方を向く。

「どうしたの?」

「お夕食の準備ができています。本日の夕食は鮭のムニエルです。ムニエルに合う白ワインも取り揃えております」

 そう言われて空を見上げると陽は傾き始め、景色もオレンジ色に染まっていくような時間だった。


「そう。それじゃあ今日はゆっくりしよう」

 家に入るとすぐに、レリアたちは夕食のためダイニングルームへと向かった。

 ダイニングルームには、四メートルを超える大きさのテーブルが設置されており、その上には整然と食器が並べられている。だが、巨大なテーブルには、二人分の食事しか置かれておらず、整然さよりも寂しさが際立っているように見える。


 そんな巨大なテーブルの方へ向かってレリアが歩くと、シトリはレリアが座るつもりの椅子をあらかじめ引き出し、レリアはその椅子に腰を下ろした。

 その後、ロベルの椅子も引き出したシトリはキビキビと動き、キッチンから鮭のムニエルを持ってきた。レモンの添えられた鮭は、適度に焼かれ外はカリッとしているように見える。


 ムニエルと一緒に冷えた白ワインのグラスがレリアのテーブルの前に出され、その爽やかな香りがレリアの食欲を誘う。

 どうやらこの屋敷には、シトリしか従業員がいないらしく、調理も含め全てシトリが準備を行ったという事実に、レリアは素直に関心をした。


「ところでシトリってどれくらいメイドとして働いているの?」

 レリアが唐突に話しかけてきたことに対し、シトリは作業を中断しレリアの方を向いて、軽く身体を前に傾けて頭を下げた。


「五ヶ月前からでございます。騎士団のアメリさんが、記憶障害を抱えている私をハンター協会のセロン様へ紹介をしてくださりました。現在はセロン様のご厚意によってここで働かせていただいております」


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