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2-10 嘘か本当か

「酷いことをしますね。痛かったです」

 何事もなかったかのようにケロリとしたシスターの酷く冷静な声が教会内に響いた。

 しかし、彼女が数秒前まで原型も止めないほどの状態であった証左として、彼女は全裸だった。彼女はチャーチチェアにかけてあったローブに身を通してから再び片腕を失った男性の前に膝を付く。


「神よ。この者を癒やす力を与え給え《トワイライト・ヒーリング》」

 シスターの手から温かい緑の光が放たれる。

 それは男性の失われた片腕の断面に当てられ、まばゆい光と共に彼の失われた右手が生えてきた。時間を巻き戻すような不気味な再生の仕方にレリアは顔を顰める。

 一方フーレは立ち上がってレリアの隣に立つ。彼の視線は腕の欠損の痛みから開放され、気を失った男性に向けられていたが、すぐにその視線はシスターの方へ滑った。


「シスターミア……あなたは魔女なんですか?」

 フーレの言葉にミアは不気味な笑顔を浮かべる。

「魔女? いえ、私は聖女です。私は主から人を癒やす力を与えていただきました。私は魔女ではありません。だってそうでしょう? 私は魔女と違い人を襲いません。それに人を癒やす聖なる力が悪魔の物であるはずがない」


 フーレが確かにとミアの言葉に流されそうになっているが、レリアは騙されない。

 よくもまぁペラペラと口が回るものだと、感心しながらミアを睨む。

「残念ながら魔女でありながら人であった時の自我を保っている者はごく少数存在しているの。それに癒やしの力。そんなモノを神は人に与えない。だってその力は運命を書き換えているんだから。死ぬ定めにある者を生かす力──そんな力をあの傍観者が与える訳ないでしょ」


 レリアがそう言うと、ミアは余裕の笑みを僅かに崩した。

「それは、私の力が汚れた悪魔のモノだと言いたいのでしょうか?」

「そう言ってるんだけど理解できなかった? ……まぁ、あなたは話せるみたいだし、殺すのも面倒だから、いくつか条件を飲むなら見逃してあげてもいい」

 魔女ハンターの討伐対象は魔女であるが、理性を保っている魔女の討伐は任意である。ただし、該当の魔女が理性を継続的に保っていると判断できる場合に限る。


 今回の場合は、会話も成立するし、自身の身よりも男性の怪我の治療を優先するなど、彼女自身は善良であるように見える。こんな人物をむきになって討伐する必要はない。

 それに、あのミアの再生能力は、身体が残っていなくても体液から復活するほどだ。倒す側からすると面倒臭い。

 レリアはそんな判断を下し、ミアに見逃す提案をしたのだ。

 それを聞いてミアはニヤリと口角を上げ、不気味に微笑む。


「……私は悪魔と契約をした訳じゃありません。──ですが、一応条件については聞いておきます」

 レリアは握った拳を前へと突き出し、指を立てる。

「一つ、これ以上悪魔と契約をしないこと。二つ、得た力は人の利になることにしか使わない事。三つ、魔女帳簿への登録をすること」

「魔女帳簿?」


 聞き慣れない単語を聞いたミアは疑念の混じった瞳をレリアへと向ける。

「魔女帳簿は国が管理する理性の失っていない魔女を管理するための帳簿であり契約書。まぁ、一種の契約ね。ここにサインすると、自由を制限されるけれど命の保証はする。以降は国の管理下の元、国の為に仕事をすることになる──まぁ、聖女としての仕事はできなくなるね」

「それならお断りです。私は聖女として人を救う使命があるんです。それに──あなたに私は殺せない」


 最後の言葉にあわせて本性が伺えるような邪悪な笑みを浮かべるミア。

 しかし、レリアは底冷えするような冷たい目を彼女へと向ける。


「馬鹿にするのも大概にしておくことね。私はあなたを殺す手段を無数に持っている。回復の力を持っているということ事は契約している悪魔はストラスでしょ? 私はあなたと同様の悪魔と契約した魔女を一二一人駆除している。次は確実に殺す。あなたの選択肢は死ぬか管理されるかのどちらか」

 レリアの言葉にミアの表情は憎々しげに歪む。

 そして、憤った顔で口を開いた。


「いい加減にしてください! 私は主から与えられた力を行使しているに過ぎません! 魔女ハンターと言えど、これ以上教会に介入するならそれなりの対応を取りますよ⁉ フーレさんも何か言ってください!」

 感情を高ぶらせて訴えるその姿には、思わず彼女の発言を事実として認めてしまうような迫力があった。先程のミアの復活を見ていなければ、レリアですら魔女ではないと錯覚してしまいそうだ。


 これでは、話を振られたフーレはミアの味方をしてしまうかもしれないと、レリアはフーレがなにか言う前に会話に割り込む事にした。

「なら聞くけれどあなたの言う主ってどんな姿だったの? 力を授かったという事は実際にその姿を見たんでしょ? 聞かせて」

「頭に王冠を乗せた神々しいフクロウです。実体はありませんでしたが、私は確かに見ました」


 自信満々にそう言ったミアにレリアは思わず失笑する。

 そして背後で一連の流れを傍観していたフーレに向かって声を掛ける。

「フーレ。悪魔シトラスの特徴を言ってみて? あなたの立場なら悪魔についても聞かされているはず──無知な一般市民様は悪魔について知らないみたいだけどね」

「──フクロウ……です。王冠を被った……」


 ミアの発言とフーレ自身の知識が一致したらしい。フーレはミアが魔女であると心から納得したようで、気まずそうにミアから視線を逸らしながら言った。

 それを聞いて、呆然とした様子でミアはバランスを崩したかのように身体を後ろに倒し、大きく後ずさった。

「う、嘘……でしょ?」


「下らない演技はいらない。悪魔は召喚の儀式を行わないと呼び出せないんだから。契約をしているということはあなたが呼び出したの。……それでどうするの? 死ぬ? それとも管理される?」

「ま、待って……本当に知らないの! 私は何も知らないっ!」


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