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2-9 レリアVS魔女

 急ぎ足で教会へと向かったレリアは、つい先程まで魔女狩りで盛り上がっていた広場にたどり着いた。周辺一帯は現在、進入禁止となっているため人一人見当たらない。

 人が避難を終え、閑散としている教会前の広場を改めて見ると、ここは酷い有り様だった。

 直接的な被害を受けたのは、アメリによって切断されたレリアの魔法の半分が直撃した一棟の建物だけだ。だが、放った魔法の威力が強かった影響で、飛散した破片が石畳や周辺の建物の壁を粉々に砕いている。


 また、魔法が直撃した建物は完全に燃焼してしまっていた。

 フーレが魔女狩りによる大怪我を負った者はいないと言っていたことから、爆破した建物に住んでいた住人は魔女狩りの現場を見るためにこぞって建物から出ていたのだろう。


 大怪我を負った者がいないのは奇跡だ。

 とはいえこの被害の修繕費は大金貨三〇枚をゆうに超えるだろう。魔女狩りの賠償と合わせると騎士団はしばらく資金めぐりに窮するのは確定的だ。

 騎士団と取引を交わさなければ、これらは全てレリアが支払うことになっていたはずなので、この光景を見てレリアは内心ほっとしていた。


「酷い有り様ですね」

 レリアの隣でフーレが呟いた。レリアは何も答えず──というよりもこの惨事を引き起こした主犯のようなものなので、黙って教会の木製扉の前まで向かう。

 扉の前に辿り着いたレリアは、ぴっちりと閉まった教会の扉に手を当てて、隣に立ったフーレの方を見る。


「ねぇ。強引なのと穏便なのどっちがいい?」

「どちらが安全でしょうか?」

「強引な方。ちなみに強引な方なら教会は半壊になる」

「……では穏便な方でお願いします」


 レリアは小さく頷き、慎重に扉を押す。木製の扉はギギギと軋みながら開き、やがて教会の内装が視界に入る。

 礼拝堂にずらりと並ぶ長細いチャーチチェアによって形作られた通路。

 その奥には、ステンドグラスの窓があり、ステンドグラスの下の祭壇前では一人のシスターが、礼服を着た男性を横たわらせて彼の前で膝を付いて、何かをしていた。


「動くなっ!」

 レリアは普段よりも低い声でシスターへ向かって叫ぶ。同時に右手の上に火球作り、一瞬でも怪しい動きをされれば即時に攻撃を行なう準備を整えた。

 左手はフーレが前に出過ぎないように横に広げ彼を牽制しつつ、シスターまで約五メートルの距離まで接近する。


 その間、シスターはこちらを一切振り向かず、石のように動かない。シスターの顔はウィンプルによって隠れており、後ろ姿からでは表情も伺えない。

 一方でシスターに何かをされていた男性は焦った様子で立ち上がり、必死な形相で後ずさる。


「ち、違う! 俺は魔女じゃない!」

 レリアは無言で、右手の上で燃え盛る火球に力を込める。その直後、火球の一部がレリアの手元から分離して、男性の足元に着弾した。

 バンッ、と激しい炸裂音が響き、赤いカーペットは焦げて、焦げ臭い匂いが室内に充満する。

「動くなと言っている。次に動けばお前を燃やす」

 表情一つ動かさずにレリアは冷淡とも思えるような声をあげた。

「ちょ、一般市民になんてことするんですか! それに彼は男性です。魔女じゃありません!」


 フーレが焦りと困惑の入りじまった様子でレリアを止めようとするが、レリアはシスターと男性から視線を逸らさずに口を開く。

「魔女によっては変身魔術を持った奴もいる。男だから警戒を解くという理由にはならない──そこのシスター。死にたくなければゆっくり立ち上がってこっちに顔を向けなさい」

 背を向けたシスターに聞こえるように声を張り上げると、シスターは両手をゆっくりと上にあげ、立ち上がってから身体を反転させた。

 シスターがこちらを向いたことで、ウィンプルによって隠されていた顔が見えるようになる。


 この世の者とは思えない人形じみた整った容姿。双眸からは紫の光が放たれている。

 それを見た瞬間──レリアは右手を突き出し、支えるように左手で抑える。同時に右手に持っていた火球が一メートル大まで巨大化した。

 そして──レリアは問答無用でそれを射出した。


 確実にシスターを滅ぼす一撃。それが高速でシスターへ向かって飛んでいく。シスターは反応できないのか身じろぎすらせず、レリアは確実に捕らえたと確信する。

 しかし──シスターにぶつかる直前、火球とシスターの間に礼服を着た男性が飛び出した。

 慌ててレリアは右手を握って射出された火球を引き戻すように右手を引く。その瞬間、火球の大きさが三分の一程度まで縮小し、速度が減衰する。

 だが、火球は止まること無く直進して男性の右手を吹き飛ばし、シスターの眼前で火球は消滅した。


「ぐあああああああああああっ‼」

 教会に絶叫が響き渡る。

 右手が吹き飛んだ男性は痛みに耐えられないようで、その場に倒れ込んでのたうち回っている。


「メノンさん!」

 シスターは慌てて男性に駆け寄り両手を男性の失った右手の方へ突き出した。心配して駆け寄った割に手当をするでもなく、両手を突き出したシスターを見てレリアは彼女が魔女であるという確信を更に強固に固める。

 魔女がレリアを見ずによそ見をしている。こんなチャンスは中々ない。

 この隙に魔女を完全に滅ぼさなければ──

 男性の事など眼中にないレリアは腰に装備していたタロットケースをパンとてのひらで叩く。


 同時に戦車のタロットが一枚飛び出しレリアの手に収まった。

 それをシスターへ向かって突き出す。

 魔法は、無詠唱、詠唱、儀式を交えた魔法発動と手順が複雑になるほど、威力が増す。

 レリアは精霊をタロットに宿すという契約を交わしている為、これが一種の儀式として機能し、タロットを使用した魔法発動はその他の魔法使いと比較しても桁違いの威力を発する。


 威力が高すぎて決して人間には使わないと決めている奥の手の一つ。

 フーレを処刑する時よりも更に数段階強い本気の一撃を放つ準備を整えたレリアは、精霊から一〇〇%の力を引き出すために祈りを込めた詠唱を行なう。

『世界を覆う光の精霊よ。我の名のもとに悪しき魔女に崩壊を。禁忌に手を染めし魔女に終焉を。救済の時来たれり! 《ルミナス・エクリプス》』


 レリアの手の中のタロットが強く発光してレリアの全身を淡く照らし出す。同時にフーレがレリアの手を掴んだ。

「待ってください! 彼女は──」


 フーレはレリアの突き出した手を掴み、制止の声をあげる。

 しかし、それはレリアの魔法発動の余波による轟音によってかき消えた。

 シスターを取り囲むように空間が歪む。

 歪みから長さ三メートルはある光の槍が無数に生えてきた。


 それらは全方位からシスターへ向かって射出され、シスターの身体が覆い隠されるほど一部の隙間もなくシスターを串刺しにする。

 それを見てフーレは絶句しながらレリアから手を離す。しかし、レリアの攻撃はまだ終わっていない。


 シスターを串刺しにした光の槍は淡く溶け始め、純粋な光の塊となる。光の塊となったそれはシスターの身体を巨大な光の球体の中に閉じ込めた。

 その後、光の球体は急速に大きく広がり教会を飲み込み始める。それが、レリアの眼前まで巨大化した所で、レリアは球体へ向かって左手を突き出して、ぎゅっと左手を握りしめる。


 同時に巨大化していた光の玉は一気に縮小し、内部にいるシスターに強烈な圧力を加えた。

 そして──パンッという乾いた音と共に赤い液体が地面にこぼれ落ちた。

 確実に殺った。レリアは確信を持って魔法を解除する。

 光の球体は幻のように跡形もなく消え去り、その場には赤い液体のみが残った。

「な、なんてことを……」


 隣でフーレが膝を付き、チャーチチェアの影に膝をついて嗚咽(おえつ)を繰り返す。

 この場に響くのはフーレの嘔吐しそうな嗚咽と、片腕を失った男性のうめき声だけ。

 地獄と言っても良い空気の中で、レリアだけは赤い液体をじっと凝視していた。

 何かおかしい。そんな違和感がレリアの心を埋め尽くしている。

 そして──レリアの違和感は的中した。


 血液が粘液状となり一つに纏まり始めたのだ。その不気味さに思わずレリアは後ずさる。

「うぇ⁉」


 同時にフーレも違和感に気がついて顔を上げ、悲鳴を上げた。

「フーレ。離れて!」

 レリアが声を上げると、フーレは慌てた様子で、立ち上がる事もせずに両手両足で地面を蹴ってレリアの背後に身を隠した。


 警戒しながら血液の塊が徐々に人型へと形を変えていくのをレリアは見つめる。

 僅か数秒でそれは、完全な人型をとって、赤い色が真っ白な肌色へと変わっていくのを見た。背後で息を飲む声が聞こえる。


 そして──

「酷いことをしますね。痛かったです」

 何事もなかったかのようにケロリとしたシスターの酷く冷静な声が教会内に響いた。


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