2-8 依頼
シトリの背中が見えなくなったところで、ロベルはレリアの方を不思議そうに見つめた。
「あの……シトリさんをずっと見てましたけど、何かありました?」
「ちょっと違和感があっただけ。一瞬だけ何かが混じっているみたいな。変な感覚がしたの」
「は⁉ それってマズイんじゃないですか?」
興奮したロベルが張り裂けんばかりの声を上げる。そのせいでレリアの右耳から耳鳴りがしたので、右耳を塞いだ。耳鳴りが収まるまで待ってからレリアは首を横に振る。
「よく見たら気の所為だった。シトリはほぼ確実に魔女じゃない。それよりも、早めにロベルとの約束を果たそうと思うんだけど、どう?」
「約束って?」
「ほら、剣術の教師を探すってやつ」
誰か適当な人物はいないだろうかと、レリアは考えつつ、バッグをロベルから受けとった。そのまま自分に割り当てられた部屋のドアを開いて、ドア横にバッグを置いた。
バッグの中の重心が傾いているのか、バッグは横に倒れ、中に入っていた衣服や魔女狩り用の道具が床に広がる。
それに構わずレリアはドアを閉めた。
服がドアに挟まり完全に閉まりきっていないのだが、レリアは構わずロベルの方を向いた。
「それじゃあ情報収拾にいこう。情報収拾しながら教師は考える」
レリアはロベルを連れて、宿を出て再び東地区方向に向かう。その間レリアは一切口を開かずに一人でウンウンと悩み続ける。
ロベルにとっての最適な戦い方は魔法を組み合わせた剣術メインの戦闘法。剣術と魔法を組み合わせて戦うにしてもベースの剣術が極まらないと、レリアも魔法を教えようがない。
魔法を組み合わせた戦闘ということは、一般的な剣士とは比較にならない高度な技術や判断能力が要求される。そういった動きの基礎を教えてくれる人物。常軌を逸した動きができる人物は誰だろう。
そう考えて、すぐにレリアは結論にたどり着いた。
「アメリに会おっ」
「はい? アメリさんですか? 急にどうして?」
「私の魔法を切り裂くような技術の持ち主だからかな。あの剣術をロベルが習得できれば、私でも手こずるくらいにロベルは強くなれる。こっち──付いてきて」
レリアはロベルの手を引っ張りながら商店街を歩く。
しばらく歩いていると、後ろを歩くロベルが何かに気を取られながら足取りを乱している事に気づいた。彼が何度か足元へ視線を落とす様子を見て、レリアはすぐに原因を察した。
歩幅の違いから、ロベルはレリアに手を引かれて歩くのが難しかったのだ。それに気づいたレリアが慌てて手を離すと、ロベルは緊張から開放されたような表情を見せた。
「あの……アメリさんの場所ってどこか分かっているんですか?」
「分かるよ。アメリは私の魔力を含んだマギクリスタルを持っているから、逆探知できる」
ロベルの感心したような声がレリアの耳に届く。
レリアは自身の魔力の気配をたどって歩く。そうしていると、露店で買った食べ物を楽しげにつまみながら歩く鎧を着た金髪の女性と黒髪の男性を見つけた。
レリアは探していた人物を見つけた瞬間、作った笑顔で彼らに接近し、強めに肩を叩いた。
「二人でデート? 楽しそうだね。頼んだ仕事はどうしたの?」
突然話しかけてきたレリアに対してアメリとフーレは驚いて固まった。しかし、気持ちの切り替え方は心得ているらしく、すぐに二人揃って気まずそうに視線を逸らした。
しばらくして、フーレが一歩前に踏み出した。
「ちゃ、ちゃんと仕事はしていましたよ。先程、西地区を回って、その後教会まで向かって、丁度今ここに来たんです。その間に、一度クリスタルが反応したんですよ。だから決して遊んでいた訳では無くてですね──」
露店で購入した美味しそうな串肉を手にしたフーレは、慌てた様子でそれを背中の後ろに隠す。そして空いた片手をパタパタと振って必死に自らの正当性を主張してくる。
串肉を手にしている時点で誤解でもなんでもないのだが、どうやらまだ誤魔化せると思っているらしい。
とはいえ、それを指摘するのも面倒だったし、気になる情報も聞こえてきたのでレリアは話を進めることにした。
「クリスタルが反応したら教えてって言ったと思うけど。どうしてここで油を売ってるの?」
フーレにそう言うと、彼を庇うようにアメリが前に出てきて憤った様子で口を開いた。
「そうはいうけどさ、私たちレリアさんの居場所知らないし、連絡手段に困ってたんだよ?」
それを聞いて、連絡手段を伝えていなかった事を思い出したレリアは作った笑顔を消した。
「あ~。そう言えばそうだったね。今は西地区にあるハンター協会支部長の家を借りてるの。何か用があったらそこに来て」
「あ、そうだったんだ。それじゃあもうシトリと会ったの?」
突然アメリの口からシトリの名前が出てきてレリアは驚く。
「会ったけど……知り合いなの?」
「まぁね。家族みたいなもの。血は繋がってないけどね」
よほどシトリが好きなのか、彼女のことを嬉しそうに語るアメリに対して、レリアはさほど興味がないような曖昧な相槌をうった。
その相槌を聞いて、アメリは話が逸れてしまった事に気が付いたらしく、咳払いをして地図を取り出す。
「取り敢えずさっきマギクリスタルが反応した場所だけ教えるね」
アメリは、そう言って取り出した地図を開いて、地図の一部を指差す。
「ここ。教会の近くで反応した」
指さされた場所周辺の建物配置を見ながらレリアは顎に手を当て思案する。
「周囲に人は?」
「さっきの魔女狩り騒動で教会周辺は立ち入り禁止になってるから、反応した場所の近場にいるのは教会の中にいる人くらいだと思う」
「……聖職者ね」
レリアの魔力を付与したマギクリスタルは、一定範囲に魔女が入ると光るようになっている。
しかし、魔女との距離に応じてクリスタルが激しく光るなどといった機能は無いため、範囲内に魔女がいるという事実しか分からない。それでも指された場所からであれば、効果範囲内に教会が収まっている為、魔女は聖職者である可能性が濃厚だとレリアは判断した。
「分かった。取り敢えず調べてみる」
「私達も行くよ?」
「いや、来なくていい。それよりアメリに依頼したいことがあるんだけど」
バッサリとアメリの提案を断ったレリアに、アメリは少し困った笑みを浮かべる。
それでも特に反論はせずに首を傾げた。
「依頼ってなに?」
「ロベルに剣術を教えてほしい。ロベルは火の魔法が使えるんだけど、近距離型の魔法しか使えないから近接魔法を生かせるような剣術を教えて?」
「え……私忙しいんだけど」
「嫌なの?」
高圧的に言うと、アメリはがっくりと肩を落とした。
「分かった……その代わりフーレを魔女狩りの現場に連れて行って。フーレは直接魔女を見たことがないの。騎士団員として一度は魔女を直接目で見て欲しいって思ってるから」
「……最悪死ぬよ?」
「そこは魔女ハンターさんが守ってくれるでしょ? あなたは最強と噂の魔女ハンター、レリア・サージュなんだから。まさか無理とは言わないよね~?」
面倒くさい方向に話が向かい始めてレリアは顔をしかめる。
あまり他人を魔女狩りの現場へと連れて行きたくないレリアは、そのまま睨むようにアメリを見るが、彼女は不敵に笑ってレリアを見返してきた。
少しの間、レリアとアメリの視線の間で無言の争いが発生する。
そして──
「分かった。連れていけばいいんでしょ? その代わり何を見ても事実を郊外しないこと。私の言う事を聞くこと、それからロベルをそれなりに戦える剣士にすること」
一向に折れないアメリにレリアの方が折れ、捲し立てるように条件を言う。
それを聞いて、アメリは笑顔で頷いた。
「分かった! 任せて」
アメリはフーレの肩を強く叩く。
「それじゃあ私はロベル君の師事をするから後はよろしく! ほら、ロベル君いくよ」
それだけ言って、アメリは魔法も使わずロベルを抱きかかえ、屋根の上に跳躍して走り去る。遠くへ消えていく彼らの後には、ロベルの悲鳴が残響のように響き渡っていた。
「あの身体能力どうなってるの?」
あっという間に小さくなっていく背中にレリアは思わず独りごちる。
「アメリさんは運動お化けですからね~。昔は魔女ハンターを目指していたらしいです。ただ狩人止まりだったみたいで、その後騎士団を設立したと聞きました」
「ふーん。あの身体能力なら魔女ハンターになれそうだけど──まぁ普通に考えて特別な理由がない限り魔女ハンターにならない方がいいからね。騎士団に入ったのは正解かもね」
「えぇ。俺達騎士団員も皆何かしらの事情でアメリさんに救われています。だから話を聞いていて、アメリさんが魔女ハンターにならなくて良かったって思っているんですよ。アメリさんって天然なところがあるから、魔女ハンターになったらすぐに死んじゃいますよ。あ、もちろん魔女ハンターを馬鹿にしている訳じゃないですよ?」
付け足すように魔女ハンターのフォローをするフーレを見ながら、レリアは魔女ハンターとなったアメリの姿を想像して口元を緩めた。
「確かにアメリの頭はキレるみたいだけど、ちょっとしたことで失敗しそう」
「間違いないですね。週に二~三回職務中にふらっと何処かに行っちゃいますし、帰ってきたら大怪我をしてたり、見ていて不安になるんですよ」
アメリを慕っている様子のフーレだが、その部分にはかなり不満を抱いているらしく言葉の節々に彼の苦労が見え隠れしている。
「それにしても大怪我って物騒だね。結構戦闘能力は高いと思ったけど」
「アメリさん曰く、近くの森の中で魔物相手に修行をしているそうです。まぁ、俺が散々説教したのでここ半年はそれもしてないみたいですけどね」
「へぇ……」
話し方や態度から何を言われても自分の道を進むタイプだとレリアは思っていた。
だから、レリアはその話を聞いて少し驚いた。
それがフーレの努力の賜物なのか、偶然アメリの修行しに行かなくなった理由がフーレの説教の時期に符号しただけなのかは分からないが……。
「そう言えば、さっきの教会前広場であなた達が起こした魔女狩りで怪我人って出たの?」
「擦り傷程度の怪我人は出ていますが、大怪我をした人はいないです。教会の聖女様も怪我人の対応を手伝ってくれたので大きな混乱は生まれませんでした」
聞き慣れない『聖女』という言葉にレリアは首を傾げる。
一般的に聖女とは神の恩寵を受けて奇跡を成し遂げた人物の事を差す。
そんな人物が王都から離れたこの街に滞在しているとは、レリアは聞いたことがなかった。
その情報を聞いた瞬間に、レリアの目が細められた。
「聖女ってどんな人?」
「聖女様ですか? 温和で優しい方ですよ。神から授かった奇跡で人を癒やすこともできるんです。騎士団もよくお世話になっています」
「ふーん……教会内で魔女らしき人って他にいる?」
「さぁ……。他のシスターは特に目立った特徴もないですね。だから、疑うなら聖女様かと。あの人、割と最近シスターになったんですよ。奇跡の力でぐんぐん地位も上がっているみたいですし、俺は疑いたくないですけど、疑うならあの人くらいです」
「推定、黒だね。少し急ごう。逃げられるかもしれない」