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2-7 別宅のメイド

 ハンター協会から出たレリアが向かったのは、東地区の商店街だった。

 大きな街だけあってちょっとした裏道でも常に数人の人通りが確認できる賑わいを見せるその通りを歩きながら、レリアは看板を見かける度に足を止める。

 しばらくそうして歩いていると、ロベルが不思議そうにレリアの方を向いた。


「あの。今って何処へ向かっているんですか?」


 そう聞かれた瞬間、レリアはばつが悪そうに頬を掻いてロベルから視線を逸した。

「え~と……その。ちょっとイグマ金融商会っていう金貸し商会に行く予定……かな」


 と、レリアは少し口を濁しながら、小さくできるだけロベルに聞こえない様に言う。

 イグマ金融商会は、貸金業の大手で、各街に少なくとも一店舗を構えるほど広く展開している。そして、『金なき者はイグマで借りるな』という言葉が広まるほど、極めて高い金利で知られている。

 そのため、イグマへ向かう用事があるという事はロベルに聞かれたくなかったのだが、残念ながらロベルの耳には、レリアの声はしっかり声は入っていたようだ。

 ロベルはレリアのか細い言葉を聞いて首を傾げた。


「なんで金貸しの商会になんて行くんですか? お金ならハンター協会からの報酬がありますよね?」

「……え~と、ほら。私、借金あるから──」

「へぇ~借金があるんですか」


 ロベルから休日の昼下がりに交わされる会話のような呑気な返事が返ってくる。

 想像していた反応と違いレリアは胸に手を当てほっとため息を吐く。

 その直後、唐突に爆発が起きたと錯覚するようなロベルの大声が響き渡った。


「借金⁉」

 ロベルの声にレリアは反射的に肩がビクッと震える。

 しかしロベルの口は止まらずに呆然とした様子で話し始めた。


「魔女ハンターの報酬ってかなり高いですよね。あんな大金を貰ってどうして……」

「……えっと──ま、まぁいいじゃん。今から返しに行くんだし」


 これ以上借金が生まれた理由を追求される前に、レリアは早足で商店が立ち並ぶ通りを歩く。

 しばらく人混みに呑まれながら歩いていると、イグマ金融商会と書かれた看板を見つけた。

 看板にはデフォルメされたドラゴンの抜け殻のような看板絵が描かれている。看板絵は、抜け殻ではなく、実際には干からびたドラゴンを描いているらしく、ドラゴンからでもむしり取るという意味が込められているらしい。


 レリアは、イグマ金融商会の看板を下げた店のドアを、音を立てないように押して中に入る。

 イグマ金融商会の中に入ると、まず視界にステンドグラスの張られたガラスの窓が目に入る。


 教会の中のような神聖さを感じる内装だが、壁脇に配置された奥まで伸びる長机には人相の悪い男たちが暇そうに秤に金貨を乗せて何かの作業をしている。

 彼らはレリアが入ってきた事を認めると、射抜くような眼差しでレリアを見てきた。


 レリアは慌ててロベルを盾にしながら、グイグイと彼の背中を押して奥の机に座るふくよかな男性の方へ向かう。


「ちょ、レリアさん⁉」

「い、いいから盾になって」

 声を落としてレリアが言うと、ロベルは非難がましい目をレリアへ向ける。

「もしかして怖いんですか?」

「怖くない……少しだけ」

「少しって……」


 と、ロベルが何かを言いかけた所でレリア達は最奥に座る一番偉そうなふくよかな男性の前にたどり着いた。男性は場に似合わないにこやかな笑顔を浮かべ、レリアの方を見る。


「ようこそ。イグマ金融商会へ。本日はどのようなご用向きで?」

「…………」


 レリアは盾にしたロベルの方をちらっと見る。

 ロベルにはあまり話は聞かれたくないが、追い払ってしまうと場の空気に押しつぶされそうになるので、彼の服の裾を掴んで前へ一歩出た。

「あの……レリア・サージュ……です」


 今にも消え入りそうな声でレリアは言う。その瞬間、ふくよかな男性の笑みが消え、イグマ金融の長としてふさわしい気迫の籠もった顔で机を勢いよく叩いた。

「おい……貴様。夜逃げ娘かっっ‼」

「ぴゃぐっ!」


 口から変な声が出てレリアは思わず後ずさった。

 イグマ金融商会の威圧の凄さは、レリアの心に装着した仮面を容易に吹き飛ばした。魔法を使えばどうにでもなるにも関わらず、恐怖でレリアの思考は停止する。

 何も考えられず、場が過ぎ去るのをただ待っていると、ロベルがレリアの方を向いた。


「夜逃げって……レリアさん何したんですか?」

 心なしか、ロベルの声から読み取れるレリアに対する尊敬の念が消えた気がする。

 しかし、今はどうでもいい。


「えっと……借金返せなくなったから逃げたの」

 レリアはそう言うと、そのままふくよかな男性の方は見ずに、ロベルの背越しに震える声を絞り出す。


「しゃ、借金返しに来ました」

「ほう。利息が膨れ上がってとんでもないことになってるが、本当に返せるんだな?」

「は、はい」


 レリアがそう言うと、ふくよかな男は満足そうに頷き、机に置かれた羽ペンを手に紙に何かを書いてレリアの方へ突き出した。


「元値大金貨一枚、四ヶ月経っているから少しまけて大金貨一二枚だな」

「大金貨一二枚⁉」


 ロベルが悲鳴をあげる様に叫んだ。

「トイチ超えてるじゃないですか!」

「うちは高金利でやってるからな。それで? 払えるのか?」


 レリアはロベルの背の影からコクリと頷き、さきほどハンター協会から貰った報酬が入った金貨袋を丸ごと差し出した。

 男性は奪い取るようにそれを回収すると、中の金貨を一枚一枚丁寧に調べながら数えていく。それは一二回ほど行われ、金貨を数え終わった男性は顔を上げた。


 その顔には、先程までの鬼のような形相は、欠片も存在せず優しい表情が浮かんでいた。


「毎度、ありがとうございます~。次は逃げないようにおねがいしますね」

「は、はい」

「あ、それからこれは金融商会員としてではなく、個人的なアドバイスになりますが、これに懲りたらギャンブルはしないことですね」

「…………」


 ロベルの強い視線を感じてレリアは顔を地へと向け、決してロベルと目が合わないように必死で視線を逸らす。


 一番バラしたくなかった情報がイグマの男性の善意によって漏れてしまった。

 しかも借金の理由がギャンブル。顔向けできないとはこの事なんだろうな、と現実逃避しながらレリアは軽く会釈をすると、ロベルに背を向けてそそくさと出口へと向かう。


 しかしロベルの足音は、レリアの背後をぴったりと付いてくる。イグマ金融商会から出ると、ロベルの視線が更に強くなったような気がして、レリアは恐る恐るロベルの方に視線だけ向けた。同時にロベルの細められた瞳と目があった。


「……レリアさん」

「何?」

「ギャンブル好きなんですか?」


「……ち、違うよ! ほら……私って国王とちょっと付き合いがあるから──現国王ってギャンブル好きで有名でしょ? 前に依頼を受ける時の集合場所が賭博場で報酬とかそういった色々をギャンブルで決めただけ。その時二人揃って大負けして借金ができたの」


 捲し立てるようにレリアは言い訳がましい事実を言う。

 それでもロベルの不審そうな表情は消えない。


「ギャンブル好きの国王とか嫌なんですけど……それに報酬を決めるだけにしては、大金貨一枚ってめちゃくちゃにハマってません?」

「…………そ、そんなことないよ」


 ロベルは大きくため息を吐くとレリアの顔を覗き込んだ。


「レリアさんって綺麗ですし、おしゃれとか色々趣味は作れると思うんですけど……何でギャンブルなんですか?」

「いい年だし、もうおしゃれはいいかなって……それにギャンブルは刺激があるし」

 レリアは、両手の人差し指をくっつけたり離したりしながら、ボソボソと消え入りそうな声で言った。


「いい年って、そんなに年変わりませんよね? 職業柄仕方がないとはいえ、いくらなんでも達観しすぎじゃないですか?」

 呆れたような声で言ったロベルは、レリアのバッグを手に持って宣言する。


「俺が傍にいる間はレリアさんのお金の管理は俺がします。仮にも命の恩人が借金で首が回らなくなる姿とか見ていられません」

「へ? 冗談だよね? う、嘘って言ってよ」


 顔を蒼白にさせてレリアは言うが、ロベルは知らん振りをして西方向へと歩く。

 慌ててレリアはロベルの隣に並び立った。


「い、一日一回くらいいいでしょ?」

「何を言っているんですか? 駄目です。魔女ハンターの仕事をしてください……というか、レリアさんってもしかして、仕事以外できない駄目人間ですか?」


「うっ──」

 レリアの心にグサリと言葉の槍が突き刺さった。レリアは思わず胸を押さえてロベルのことを八つ当たりするように睨みつける。

 しかし、ロベルはレリアの事を一切見ていないので、レリアは子どものように頬を膨らました。


「仕事以外だってできるよ。私はなんでもできるお姉さんキャラを目指してるんだ」

「なら、そんなイメージは払拭されました。おめでとうございます」

「おめでとうございます⁉ 馬鹿にしないでっ。命の恩人をもっと大切にしてっ」


 不満の混じった声でレリアが言うと、ロベルは反論として手に持ったバッグを指差す。


「畳まれてない服、がさつな書類の扱い、ギャンブル中毒」


 それらを口に出して言われた途端、胸に針を突き刺されたような痛みが走った。

 自覚はしていたけれど、他人から指摘されると想像以上に心にくるものがある。

 もはやうめき声しか上げられなくなったレリアは、うーうーと鳴き声のような声を上げながら歩く。


 しばらくそうして会話もなく歩いていると、赤い屋根の大きな屋敷が視界に入った。

「お、あれが支部長の家じゃないですか?」

 先程までのやり取りを忘れたかのように、明るくハッキリとした声で言ったロベルは、周囲の建物より二周りくらい大きい赤い屋根の豪邸を指差し、その場で足を止める。


 豪邸は高さ数メートルのフェンスで覆われており、鉄の扉の前にはメイド服を着用した金髪碧眼の可愛らしい少女が静かに立って誰かを待っていた。

 メイド服の少女は、レリアを見てあっと声を漏らすと、淑やかな歩みで近づいてきた。少女はレリアの前に立つと、背筋を伸ばし、スカートの裾を軽く持ち上げて頭を下げる。


「はじめまして。レリア様。私はシトリと申します。レリア様がこの街に滞在する間のお世話を命じられました。何卒よろしくお願いします」

「…………」


 お辞儀を終え、顔を上げたシトリの瞳をレリアは睨むように覗き込む。そのあまりにも強い眼圧に、レリアと目が合ったシトリは、一瞬顔を引きつらせた。


「ど、どうかなさいましたか? もしかしてご不快にさせてしまったでしょうか?」

「……いいえ、なんでもない。よろしくシトリ」


「はい。よろしくお願いいたします。ご滞在中、なにかお手伝いできることがございましたら、どうぞお気軽にお申し付けくださいませ。ではこちらに」

 シトリの案内でレリアは豪邸のエントランスから内部に入った。そのまま、隣接する二つの部屋の前にレリアたちは案内された。


 その間もレリアは、シトリの背中をじっと睨むようかのように見つめていた。

 しばらく長い廊下を歩き、二つ並びの部屋の前に立ったシトリは丁寧にレリアに頭を下げる。


「この街に滞在の間は、こちらの部屋でお過ごしください。では、失礼いたします」


 そのままシトリは、踵を返して長い廊下の奥へと消えていった。


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