愛娘の手料理 【月夜譚No.304】
昼食のおにぎりが楽しみだ。考えるだけで彼のキーボードを打つ指が軽くなって、踊るステップのようにエンターキーを押す。
こんなに昼休みが待ち遠しいと思うのは、学生時代以来かもしれない。
特段腹が減っているわけではない。おにぎりの中身が好物だというわけでもない。
一区切りついたところで、彼はデスク上に置いた写真立てに目を向けた。透明なアクリルの向こうで、小さな少女が抱えた向日葵の花束に負けないくらいの満面の笑みを浮かべている。
つい先日、三歳になったばかりの娘である。彼にとって初めての子どもで、彼女と過ごす毎日の中で、目に入れても痛くないという言葉の意味を初めて実感した。
そんな彼女が、生まれて初めて料理をしたのだ。頑張って作ったのだと赤い頬を更に赤らめて玄関先で差し出された弁当箱を受け取る時、泣いてしまうかと思った。
昼休みの時間になった途端、鞄から弁当箱を取り出す。ワクワクしながら蓋を開け、二つの歪な形のおにぎりに笑みが零れる。
スマートフォンで何枚か写真を撮り、いざ一つを掴み取る。大きな口を開けて、一口。
「――~~っ、しょっっっっっぱっ!」
思わず出た声と共に、想像だにしなかった理由で視界が滲んだ。