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初恋に気づかない影と初恋を実らせたい王太子の話

作者: Na20

 

 今日私は十六歳の誕生日を迎えた。


 十六歳は我が一族では節目の年齢となる。私はとうとうその節目を迎えたのだ。


 十六歳を迎えた私に重大な役目が任されることになった。本来なら同性である男性の方がいいのだが、嫡男である弟はまだ十五歳。一年後、弟が十六歳になるまでの期間限定ではあるが私がその役目を果たすことになったのだった。




 ◇◇◇




 王城の一室で父と共にその時が来るのを静かに待つ。



 ――ガチャ



 扉の開く音が聞こえてきた。誰かがこの部屋にやって来たのだろう。気配から部屋に入ってきたのは男性二人だと分かった。

 男性たちがソファへと腰かける。おそらくまもなくだ。緊張はしているが嫌な緊張ではない。この日のために今までの全てを費やし努力してきたのだ。それにこれが私にとって最初で最後の役目になるだろう。

 これからのことを考えると心が踊る。しかし油断は禁物だ。少しの油断が命取りになると何度も教えられ学んできたのだから。



「ジル」


「はっ」


「!」



 男性の声が聞こえたと同時に父が動き出した。私も父を追って動き出す。そして父の隣に急いで跪いた。



「ジルよ。隣の者がそうか?」


「はっ。この度十六を迎えた者です」


「よかろう。そなた名をなんと申す」


「マルと申します」



 私は自分のことをマルと名乗った。本当の名前ではないがそれでいいのだ。



「ではマルに任務を与える。本日から一年間、我が息子シャリオルトの影として働くように」


「はっ。ありがたき幸せ」


「シャリオルト、これからマルがお前に付く。分かったな」


「分かりました。私はシャリオルトだ。…マル、顔を上げてくれ」


「はっ」



 私は指示された通り顔を上げた。本来影は顔を上げることを禁止されているのだが、父が何も言わないところをみると主となるシャリオルト様の命令だからいいようだ。顔を上げると先ほど私の主となったシャリオルト様と目が合った。



(っ!これはまずい…)



 しかし主に対してそんなことを思っているなど気づかれてはならない。



「っ!…マル、これからよろしく頼む」



 なぜかシャリオルト様の動きが一瞬止まったようたがなんだったのだろうか。



「よろしくお願いします」


「うむ、ではこれで顔合わせは済んだな。シャリオルトは明日から学園に通うことになる。マル、頼んだぞ」


「御意」


「ジルもご苦労だった」


「はっ」


「では戻れ」


「「はっ!」」



 二人の影が去り、部屋には男性二人だけとなったのだった。




 ◇◇◇




 父と私は暗闇の中をひた走る。もちろん気配は消している。全身は黒いローブに覆われ、顔には黒い布を巻いているので露出している部分は目元しかない。瞳も焦げ茶色と目立たない色をしているので夜も深い今の時間は誰も私たちに気づかないだろう。


 走り続け、家にたどり着くとすぐに父の部屋へと移動した。



「マリッサお疲れ」


「ありがとうございます、父様」



 そう言いながら手早くローブを脱ぐ。ローブに隠されていた髪は瞳と同じ焦げ茶色だ。父も私と同じ色味をしている。

 この国には茶髪に茶目の人間がたくさん存在する。だからこそ私たち一族も濃さは多少違えど茶色の髪と瞳がほとんどだ。それに加え私は父によく似た地味な顔立ちをしている。普通の女性なら地味な顔立ちは嬉しくないだろうが、我が一族では地味な顔立ちはとても喜ばれることである。地味であればあるほど任務の役に立つからだ。目立たないし変装するのにもってこいなのだ。私も化粧をすれば別人のようになるほどである。



「それで…大丈夫そうか?」


「っ!…」



 やはり父には気づかれていたようだ。父は下向いたままだったはずなのにさすがである。そう、父が言っているのは私がまずいと思ったあの時のことだ。



「マリッサ…」


「…殿下は、その、とても眩しくて目が潰れそ、いや、輝いていました」


「…」


「…」



 その場を沈黙が支配した。

 私は立派な影になるために今までいろんな教育を受けてきた。諜報や変装などの影に必要な教育はもちろんのこと、一般教養やマナーも完璧だ。それに度胸もある。

 しかしそんな私にも苦手なものが存在するのだ。その苦手なものがまさかシャリオルト様に備わっているなんて…



(いや、分かっていたわよ?だって美形揃いで有名な王家だもんね!?でもまさか影の私と目を合わせてくるなんて思ってなかったのよ!目さえ合わなければ一年ならいけると思って…)



 私の唯一の苦手なもの。それはキラキラした男性だ。

 キラキラというとあまりにも抽象的であるが、その人のいる背景が輝いているというかご本人が光っているような感じがするのだ。




 ◇◇◇




 私が自分の苦手に気がついたのは八歳の頃。訓練として町で平民になりきるという課題をこなしていた時のことだ。

 その日の私は町で花を売る少女になりきっていた。順調に訓練をこなしていると一人の少年が私に近寄ってきた。私は教わった通りに少年を観察していく。

 全身ローブを着ているその少年の年齢は私と同じくらい。ローブから少し覗いている髪は茶髪だ。だけどその髪は少し不自然な色をしているのでおそらくカツラだろう。そして少し離れたところから少年を見守る人間が三人。そこから私が考えた答えは、この少年はどこかの貴族であるということ。でも今の私はただの花売りの少女だ。相手が貴族であろうと関係ない。



「こんにちは!お花いかがですか?」


「…」



 元気よく声をかけるが反応がない。しばらく待ってみても少年はうつむいたままでなんの反応も示さない。



(はぁ、仕方ない。あと一度だけ声をかけてダメだったら場所を変えよう)



 このままでは埒が明かないと判断した私はもう一度少年に声をかけた。



「あのぉ、お花買いませんか?」


「…」


「…私お邪魔でしたか?なら別な場所に行きますね」


「…あっ!ま、待って!」



 私がこの場から去ろうとするとうつむいていた少年が突然顔を上げた。そして少年と目が合ったのだ。



(緑がかった青の瞳…。きれい…)




 ――ドクン!




(っ!…今のは、何?)



 少年と目が会った途端、激しい動悸がした。こんな経験は初めてであるが私は瞬時に理解したのだ。これはまずいと。早くこの場から立ち去らなければと。

 正直そこからのことはあまり覚えていない。ただ売っていた花が全部無くなっていたのであの少年が買ってくれたことだけは分かった。花は全部売れたが今日の訓練は完全に失敗である。しかし隠すわけにもいかないので父には正直に報告をした。



「父様、申し訳ございません。今日の訓練は失敗してしまいました」


「ん?今日の訓練は平民として花を全部売ることだったはずだ。見たところ花は全部売れたようだが何かあったのか?」


「実は…」



 私は今日の出来事を包み隠さず報告した。茶髪のカツラを被った貴族であると思われる少年と目が合った途端に胸が苦しくなったこと、そしてその後の事をあまり覚えていないことを。



(これが本当の任務だったら懲罰ものよね…)



「緑がかった青い瞳、か…」


「父様…?」


「いや、なんでもない。それでマリッサ。お前は今日の事をどう考える?」



 父は今日の失敗の原因を聞いている。自己分析というやつだ。私は帰ってきてからずっと考えていた。一体何が原因であるかと。

 目が合う直前も今も元気であるから病気ではない。病気ではないのであればなんなのか。考えられるのは心因的なものだ。それに思い出したことが一つある。あの時少年と目が合った瞬間、私は少年がとても輝いて見えたのだ。



「はい。おそらく私は…」



 これは弱点になるだろう。なんとかして克服しなければならない。



「私は…っ、キラキラした男の子が苦手なようです!」


「…は?」


「おそらく今まで男の子と関わってこなかった弊害だと思います!訓練に明け暮れていましたから!でもこの弱点は克服しなければいけません!突然の動悸で任務を失敗するなどあってはなりませんからね!ですから父様!私が弱点を克服できるように今の訓練に追加でお茶会への参加と騎士団への入団を検討していただけませんか!?」


「いや、マリッサ、それはおそらく…」


「父様!お願いしますっ!」



 父は何やら言いたげであるがこれは私にとって今後を左右する大問題だ。少し違う環境に身を置いて自分を見つめ直す必要がある。もちろん訓練も手を抜くつもりはないが。



「…はぁ、分かった。まぁお茶会も騎士団もいい勉強にはなるだろう」


「ありがとうございます!」



 きっとお茶会や騎士団にはキラキラした男の子がたくさん参加しているだろう。そこで男の子と関わっていけばこの苦手を克服できるはず。もし克服ができなくても何かしらの対処法が分かるはずだ。


 それからは今までの訓練に追加でお茶会と騎士団にも参加した。

 お茶会では貴族令嬢として、騎士団では男装をして男として男の子と関わってきた。しかし見目がいい男の子はたくさんいたのだが、あの少年の時のように突然動悸がしたり輝いて見えることはなかった。お茶会と騎士団に参加して身になることはあったが、当初の目的である弱点を克服することは結局できなかったのである。


 そして十六歳になる直前に父から専属任務を任されることが伝えられたのだ。私の主になるのはシャリオルト・フォン・ベスティナード。ベスティナード国の王太子殿下である。

 王家の影である我が一族は代々国王陛下と王太子殿下の影を務めている。王太子殿下はつい先日十六歳の誕生日を迎え王太子になられた。国王陛下には父が影として付いている。では新たに王太子となったシャリオルト殿下には誰が付くのかとなった時に私しか適任がいなかったのだ。本来は嫡男である弟が付くのが望ましいが、弟はまだ十五歳なので十六歳になるまでの一年をどうするかと考えた時、ちょうど王太子殿下と同い年である私が選ばれたのだ。


 そもそも王家の影である我が一族は王家にお子が生まれるタイミングで子を設けてきた。そして王妃様が王太子殿下を出産された後に生まれたのが私だ。しかし私が生まれてきて両親はさぞかし驚いたそうだ。それもそのはず、女児が生まれてくることなど初めてだったのだから。我が一族は私が生まれるまでは必ず男児が生まれていたから、私も当然男児だと思われていた。けれど生まれてきたのは一族初となる女児であったのだ。

 さすがに両親は驚き戸惑った。王太子殿下の影はどうするのかと。祖父母とも連日話し合い出した結論が、男児と同様の教育を施すことであった。私が大きくなってから父が教えてくれたのだが、祖父母は初め私を認めなかったそうだ。けれど母が祖父母にはっきりと言ったのだ。



『この子が女の子として生まれてきた意味が必ずあるはずです!そもそも女の子だからって認めないなんてあなたたちは何様なんですか!』



 普段の母は父を立てるように三歩後ろを付いていくような女性だ。そんな母が父の両親である祖父母に臆することなく面と向かって言いきったものだから祖父母は呆然としていたらしい。父も私をどう育てていくべきか悩んでいたそうだが、母の言葉を聞いてそんな悩みはどこかへ飛んでいってしまったと笑いながら話してくれた。祖父母も淑やかだった母からの言葉が響いたようで後日謝罪があったのだとか。母は強しである。


 そしていざ教育を受けされてみれば私は非常に優秀だった。なんなら父からは「私より優秀」と言われるくらいであった。だから私もできることなら影として活躍したいという想いが強くなっていた。そして機会が巡ってきたのだ。


 しかし不安なことが一つだけあった。それは美形揃いで有名なベスティナード王家に生まれた王太子殿下は非常に容姿端麗で多くの令嬢たちを虜にしてきたというのだ。それを聞いてあの日のことを思い出してしまう。あの日から一度も同じ症状は出ていないからもしかしたら治ったのかもしれない。でももし治っていなかったらと思うと不安が残る。父も一応心配はしてくれたが王太子殿下の影になることは決定事項であるためどうにもならない。



(そうよ!不安がっても仕方がないわ!たとえ王太子殿下が恐ろしいほど美しくても私は影!主は影と目を合わせることがないのが当たり前だって父様が言っていたもの。それに私から主に目を合わせることはしない決まりよ!目さえ合わなければ一年ならなんとかなるはず!)



 そう自分に言い聞かせることで不安を取り除くことに成功した。後は一年であるが自分の持てる力を尽くして王太子殿下に仕えるだけだ。




 ◇◇◇




 そして臨んだのが今日の顔合わせだったのだがその結果はというと…



(まさか目を合わせてくるなんて思ってもいなかったわよ!?それにあの深い青の瞳と目が合った瞬間に王太子殿下が光輝いて見えたし動悸も…)



 ほんの一瞬の出来事であったはずなのに今でもあの青の瞳を思い出すとドキドキしてしまう。



「…なんとか早い内に対処法を見つけます」



 どれだけ考えてもそれしか方法が思い浮かばなかい。早急に対処法を見つけなければ。



「顔合わせが済んでしまったからどうすることもできないぞ。今後は気をつけるしかないな。だがおそらく陛下も気づいていたから王太子殿下に我々とは目を合わせぬよう仰っているはずだ。だからそんなに心配する必要はない」


「…はい」


「それに明日からお前は影として学園に通うことになる。当然王太子殿下と同じクラスになるから同級生として接する場面も出てくるだろう。だが学園での姿は王太子殿下にも気づかれてはならない」


「はい」


「昨日の姿で王太子殿下の前に出るのは王城の中だけだ。この際その弱点は仕方がないとしてもそれだけは気をつけるように」


「分かりました」


「私からできる助言は学園でもなるべく目を合わせないように気をつけろとしか言えん。だが不敬な態度は絶対にダメだぞ。そこは心頭滅却でなんとか乗り越えろ」


「っ!はい!」



 父でさえもう気合いで乗りきるしかないと思っているようだ。確かに今のところ対処法がないのだから仕方がない。それにこの弱点のことを考えすぎて他がおざなりになるなんてもってのほかだ。



「では明日に備えて今日はもう休むように」


「分かりました。父様おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」



 私は自分の部屋に戻り急いで休む用意をする。あのことは今さら悩んでも仕方がない。すでに私は王太子殿下の影になったのだから。

 私は明日からの任務に想いを馳せつつ眠りに就いたのだった。




 ◇◇◇

《父視点》



 マリッサが部屋から出ていった後…




 ――コンコン



「入れ」


「あなたお疲れ様でした」



 お茶を持って部屋へとやってきたのは妻のオウカだ。私はオウカの淹れてくれたお茶を一口飲み気持ちを落ち着かせる。



「それでいかがでしたか?」


「無事に済んだ、と言いたいところだが…」


「やはりあの方だったんですね」


「…そういうことだ」


「そしてマリッサは気がついていないのね」


「そうだ」


「これがあの子の運命なのかしら」



 マリッサの言葉で言うところのキラキラした男性とは王太子殿下のことを指していることに私は初めから気づいていた。マリッサが見たという『緑がかった青の瞳』は幼い頃の王太子殿下の瞳の色で間違いない。今は成長されて深い青色となったが、同じ人物の目を見ただけで動悸がして光輝いて見えるなんて理由は一つしか考えられない。



「マリッサの初恋が王太子殿下とは…」


「本人は全く気がついてないけれどね。影としては優秀なんだけど、その方面にはとんと疎いのよね、あの子…」


「毎日教育や訓練ばかりだったからな。本人も王家の影という役目を担う我が一族に誇りを持っている。それにマリッサの結婚相手は王家が選ぶことになっているからそういった類いの話しを全くしてこなかったし聞かれもしなかったからな…」


「そうね。ベスティナード王家は私と同じ東方の国から結婚相手を探しているはずだもの」


「だがもし王太子殿下の初恋相手がマリッサだとしたら…」


「ええ。色々と事情が変わってくるわね」


「それに以前から王太子殿下は初恋の人がいるから婚約者は作らないと公言しているしな。そして今日の反応を見るとマリッサが初恋の相手だと気づいた可能性が高い」


「あら、それなのにあなたはあの子に気合いで乗り越えろなんて言ったの?」


「…聞いていたのか」


「だってあの子の母親ですもの。気になるのは当然でしょう?」



 オウカは東方の国のシノビと呼ばれる一族の娘だ。私に気づかれずに会話を聞くことなど朝飯前なのである。



「…そうだな。でも本人が自覚していない以上どうすることもできないからな」


「もしマリッサが王太子殿下への恋心を自覚したらあなたはどんな判断をするの?」


「それは…」


「…まぁ今悩んでも仕方がないわよね。ごめんなさい、意地悪なこと聞いちゃったわね。その時は一緒に考えましょう」


「すまないな」


「気にしないで。妻である私の役目はあなたを支えることですからね」


「オウカ…」


「それにもしかしたらこれはあの子が唯一の女の子として生まれてきた理由かもしれないって私は思うもの」


「…運命か」



 一族始まって以来初めての女児として生まれたマリッサ。それが何の巡り合わせか主である王家の、それも王太子殿下と出会ってお互いに惹かれ合うなど運命としか言いようがない。



「さぁもう遅いから私たちも休みましょう」


「…ああ、そうだな」



 オウカの言う通り今から悩んでも仕方がない。しかし私はきっとこの一年の間に決断を迫られることになるだろう。それも我が一族始まって以来の大きな決断を。




 ◇◇◇

《シャリオルト視点》



「シャリオルト、さっきはどうしたんだ」



 顔合わせが終わり部屋にいるのは私と国王である父だけだ。父が言っているのは先ほどマルと目を合わせたことだろう。



「事前に説明したはずだぞ。それなのにお前らしくないな」


「…申し訳ありませんでした」


「いくらお前の専属であろうと守るべき決まりは守らなければいけないぞ」


「はい。今後は気をつけます」


「それとこれも説明したと思うが影を呼ぶのは自室のみだ。影の存在は国の機密事項だからな。国王である私と王太子であるお前しか知ってはならない。知られてしまえばその者を消すしかなくなるからな」


「はい」


「それに普段の生活の中でも影は必ずお前の側にいるが詮索してはならないぞ。当然側近たちにも影の存在を知られてはならないからな」


「分かっています」


「分かっているならいい。…ではここまでにしよう。明日に備えてよく休むように」


「はい。それではお先に失礼します」



 私は父に挨拶をして部屋を出た。部屋から出ると護衛である騎士が私の後ろを付いてくる。護衛と影は別物だ。護衛は私を護ることが仕事であるが影は私の手足となって任務を遂行するのが主な仕事である。いざという時は護衛としての役割を果たす時もあるが、それは本当にいざという時のみ。むやみやたらに姿を現せば影の存在が明るみになってしまうからだ。


 王城の廊下を歩いて自分の部屋に戻る。



「私はこのまま休むから朝まで誰も通すな」


「「はっ」」



 私は護衛の騎士たちに誰も通さないように告げ部屋へと入った。部屋へと入った私はそのまままっすぐにベッドへと向かい仰向けで倒れ込んだ。



「マル…」



 私は目を閉じて先ほどの顔合わせを思い出す。顔を上げるように言ったのは父からの説明を忘れたわけではない。なぜかあの時はそうしなければいけないと思ったのだ。そして顔を上げたマルと目が合った瞬間に分かった。彼女が私の探していた初恋の相手であると。

 あの意思の強そうな焦げ茶色の瞳にローブから少し覗いて見えた耳。耳の形はそう簡単に変えられるものではない。間違いなくあの時池で溺れていた私を助けてくれたのは彼女だ。そしてその彼女に恋をしてしまった私はずっと彼女を探していた。しかしすぐにどこの誰か分かると思っていたが、いつまで経っても彼女を見つけることはできなかった。そして八歳の時にお忍びで行った町で彼女を見つけた時はとても緊張してしまい、気づいた時には彼女はいなくなっていた。なぜか私はたくさんの花を抱えていたが。


 それからは彼女が平民の可能性もあると思い町もくまなく探したが見つからない。父からも初恋を理由に婚約者を作らないのは学園卒業までだと言われている。

 他の国では王太子が初恋を理由に婚約者を作らないなどあり得ないことなのだろうが、ベスティナード国では初恋が実ると幸せになれると言い伝えられており、父と母もそして歴代の国王と王妃もそのほとんどが初恋同士だったそうだ。もちろん例外もあるがそちらの方が圧倒的に少数だ。そういった背景もありこの国は初恋に対して寛容なのである。

 だからあと一年の内に彼女を見つけ出し私の想いを伝えなければならない。焦りを感じ始めていた頃に迎えた十六歳の誕生日と王太子への任命。そして国王と王太子のみに許された特権である影との顔合わせ。まさかその顔合わせの場で彼女、マルと出会えるなんて…。



「まさか君が私の影だなんて…。これは運命なのか?それとも試練なのか?」



 彼女がすぐ側にいることは嬉しい。だが彼女が私の影である以上適切な距離を保たないといけない。



「どうすれば君の瞳に私は映ることができる…?」



 何か方法はないかと考えた時、先ほどの父の言葉が思い浮かんだ。



「『普段の生活の中でも必ず側にいる』…父上は確かにそう言っていた」



 その言葉が本当であれば彼女も学園内にいるはずだ。十六歳という年齢から考えればおそらく生徒として学園に通うと思われる。そうだとすれば私は彼女と一生徒として関わることができるではないか。彼女がどの様な姿で学園にいるかは分からないが見つけ出せる自信はある。だが一つ問題があるとすれば側近たちだ。



「…あいつらに気づかれるわけにはいかないな」



 側近たちも私と同じ十六歳なので明日から学園に通う予定だ。それにおそらく同じクラスになるだろう。そんな中で私が一人の生徒だけを構い続けていれば怪しまれるか余計なお膳立てをされそうだ。



「彼女と関わるためにも他の生徒ともほどほどに交流するしかないか…。はぁ」



 そうしなければ彼女に迷惑がかかってしまう。でも彼女に私を意識してもらうには仕方がない。

 自分で言うのもなんだが私は見た目がいい。だから今までもたくさんの令嬢に言い寄られてきた。中には強行手段で迫ってきた者もいたくらいだ。もちろんその者は罰せられたが。でも彼女には見た目のよさなど関係ないだろう。影になるために幼い頃から厳しい訓練を受けてきている彼女が見た目のいいだけの男に靡くとは到底思えない。

 だから私は少しずつ彼女との距離を縮めるしかないのだ。そのためなら私はなんだってやる。十一年という長い年月を恋い焦がれながら待ち続けたのだ。ここで失敗をするわけにはいかない。



「早く会いたい…」



 今は耐える時だと分かっていても、目の前に彼女がいれば抱き締めたい衝動に駆られそうだ。今後はさらに己を律する必要があるだろう。


 私は必ずこの初恋を成就させるのだと強く決意し眠りに就いたのだった。






 しかしシャリオルトは知る由もない。

 すでにマリッサ(彼女)が自分に恋をしていること。そしてマリッサ(本人)はそのことに全く気がついていないことに。


 王家に忠誠を誓う鈍感な影と、長年の初恋を実らせたい王太子の攻防戦が始まろうとしている。






【完】

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