マゾすぎてパーティー追放されましたわ!!!!!!
勢いで書きました
「ルリアナ、今日をもって君を《聖天の翼》から追放する!」
《聖天の翼》パーティーリーダーであるカインズの言葉に、ルリアナは驚きの声を上げた。
「な、なぜですのっ!?」
確かに、ルリアナは能力がそう高くない。しかし、その分努力を惜しまず、体を張ってこのパーティに貢献してきたつもりだ。雑用だって進んで引き受けてきたし、優秀な他のメンバーの足を引っ張らないよう必死に尽くしてきた。それなのに、なぜ。
「なぜって……本気で言ってるのか? ……本気で言ってるんだろうな、君は……」
呆れたようなカインズの視線に、ルリアナは身を震わせた。
「わたくしに至らぬ点があるなら、遠慮なさらず仰ってくださいまし! お願いしますわ、カインズ様!」
すがるような眼差しを向けると、カインズは苦々しい表情で言った。
「……君のその嗜好だよ」
「え?」
ぽかんとするルリアナを見て、カインズがため息をつく。
「どんな趣味嗜好を持っていようが、それは個人の自由だと思うよ。だけど、君の場合は度を超えている」
心なしか疲れた顔で言葉を続けるカインズに、他のメンバーたちもうんうんと同意を示す。
「君が頑張っているのは知っている。良家のお嬢様なのに、雑用も率先してやってくれるし、戦闘でもいつも真っ先に敵に向かっていくだろう。君の献身にはとても感謝しているさ。だけどね……」
そこで言葉を切ったカインズは、意を決したように叫んだ。
「―――毎回毎回、いたいけな御令嬢が血みどろグロテスクな姿になっているのを見続ける俺たちの気持ちにもなってくれ!」
「……へ?」
間の抜けた声を出すルリアナに、他のメンバーが口々に訴えかける。
「普通に戦闘してて、なんで足が吹っ飛んだり腕が取れたりするの!? 」
クールな魔術師のメレディスが悲痛な声で訴える。
「しかも、それを『きゃーっ!』とか言いながら喜んでるわよね!? 怖いのよ! あなたの悲鳴聞いてると本当に怖くなるのよ!!」
妖艶な踊り子のラティーファは涙目だ。
「だ、だって……わたくしには『自己回復』スキルがありますのよ? 多少傷ついてもすぐに治りますし、タンク役としては適任ではございませんこと?」
ルリアナは困惑しながらも反論するが、他のメンバーは更に深くため息をついた。
「あの傷を多少……? 本気で言っているのですか……?」
「そもそも嬢ちゃんのジョブはタンクじゃねェだろォが! バッファーがなんで前衛に出てくンだよ! 意味わかんねェぞ!」
清廉な聖女ソフィアと、壮年の戦士のルドルフが呆れたように言う。
「そ、そんなことを言われましても……。わたくしは皆さんのお役に立ちたい一心で……!」
ルリアナが俯きがちにそう呟くと、メレディスが優しい口調で諭すように語りかけた。
「あのね、ルリアナ。そう思ってくれるのは嬉しいよ? でもさ……なんで敢えて酷い怪我を負うような戦い方をするわけ!? しかもバッファーのくせに『痛覚遮断』も使ってないんでしょ!? それどころか『感覚増幅』のバフまでかけてるよね!?」
「うっ……!」
ルリアナは痛いところを突かれたという顔をした。確かに、ルリアナはいつもわざと攻撃を受けに行く。痛みを余すところなく堪能したいがために、『感覚増幅』で痛覚を増すことも忘れない。合理性度外視の、被虐性癖を満たすためだけの行為だ。
「で、でも。皆様にご迷惑はおかけしておりませんわ!」
必死で食い下がるルリアナに、「いいえ……っ!」と声を上げたのはソフィアだ。
「あ、貴女のせいで……っ!」
小鳥のような愛らしい声を震わせたソフィアは、両手を握りしめ、ルリアナを睨みつける。
「貴女のせいで! 私のかわいい弟が……っ! 天使のような愛らしいセシルが……っ! リョナ趣味のサディストに目覚めてしまったんですっ!!!」
「えぇ!?」
予想外のカミングアウトに、ルリアナは驚きの声を上げる。
ソフィアの弟セシルは、パーティーメンバーではないものの、ちょくちょく《聖天の翼》に遊びに来ていた。ソフィアの言う通り、天使のようにかわいらしく、気品のある少年だ。ふわふわの金髪に青い瞳を持ち、将来は誰もが振り返るほどの美男子になること間違いなしだろう。ルリアナのことを「ルリアナ姉様」と呼び、慕ってくれる彼のことを、ルリアナは純粋にかわいがっていた。
そんな彼が、まさか。
「貴女の腕が千切れる姿を恍惚と見つめるセシルを見たときの私のショックがわかりますか!? 私の天使が異常性癖に目覚めてしまったことが、どれだけ私を打ちのめしたかわかりますか!?」
ソフィアは瞳に涙を浮かべ、語気を荒げている。
「そ、そんなことが……」
「それだけじゃない」
苦悶に満ちた表情で、カインズが言った。
「これは、できれば言いたくなかったんだが……君に関して、うちのパーティーに外部から苦情が入ってるんだよ……」
「え?」
「『スプラッタな戦闘現場を見せられて不愉快』だとか、『年端もいかない女性を盾にするような真似をするなんて最低』だとかね」
ルリアナの顔からさっと血の気が引いた。
まさか、自分の趣味嗜好が原因で、パーティーメンバーが悪く言われているとは思いもしなかったのだ。罪悪感に打ちひしがれるルリアナに、パーティーメンバーは何とも言えない視線を送る。
ルリアナは被虐趣味のド変態で、周りがあまり見えていない節はあるものの、決して悪い子ではない。
貴族令嬢ではあるが、驕ったところはなく、基本的に素直な少女だ。
だからこそ、《聖天の翼》メンバーは、彼女が傷つく姿を見たくなかった。
「……それとね、君のお母様から手紙を預かっている」
カインズは一枚の手紙を取り出した。震える手で受け取ったルリアナは、恐る恐る中を見る。そこには、こう書かれていた。
―――――――
愛する娘、ルリアナへ
元気にしていますか?
あなたが冒険者になって、もう2年になります。
エヴァンズ侯爵家というしがらみの多い家で、幼い頃からあなたには様々な我慢を強いて来ました。
あなたは時折不可思議なことを言うけれど、あまりわがままを言わない良い子でしたね。
そんなあなたが、「冒険者になりたい」と言ったとき、私は嬉しかったのです。
貴族令嬢が冒険者になるなんて、と眉を顰める方もいるでしょうが、自分の意思で生きていく道を選ぶことは素晴らしいことです。
あなたの選んだ道を、私は応援します。
しかし、同時に心配でもありました。
冒険者は危険な仕事です。遊び半分で就いて良いような職業ではありません。
だから、あなたが冒険者になるときに、条件を出しました。
一つ、決して無茶をしないこと
二つ、周りの冒険者の方々に、ご迷惑をおかけしないこと
三つ、冒険者になって最初の三年間は、王女ソフィア殿下のいらっしゃるパーティー、《聖天の翼》に所属すること
これを満たさない場合、即刻エヴァンズ侯爵家に戻ると約束しましたね。
さて、今一度問います。
ルリアナ、あなたはきちんとこの条件を守っていますか?
―――――――
「……っ!」
手紙を読み終えたルリアナは、思わず泣きそうになった。
「……みなさま、もうしわけ……ありませんでした……!」
皆に迷惑をかけたこと、母との約束を破ったことを自覚したルリアナが頭を下げると、カインズは大きなため息を吐いた。しかし、そのため息は優しいものだった。
「わかってくれたのならいい。そもそも、《聖天の翼》の誰もルリアナを嫌ってなんていない」
「そうよ! ルリアナが一生懸命頑張ってたのは知ってるもの! ……あの戦い方だけは本当に、本当にどうかと思うけど」
「パーティーメンバーではなくなるけど、縁が切れるわけではないからさ。遊びにおいでよ。歓迎するから。……血みどろで魔物に噛まれながら赤面してるのは二度と見たくないけど」
「嬢ちゃんの根が良い子なのはわかってるさ。これでも娘みてェに思ってたんだぜ? ……足捥げてるのにめちゃめちゃ笑顔なのには引いたが」
「私も、ルリアナのことが大好きですよ! ……セシルの性癖に関しては許せませんが」
皆の言葉を聞いたルリアナは、ぽろりと一筋涙を流した。
「ありがとうございます……。わたくしも、皆様のことが大好きですわ!」
こうして、パーティーメンバーとの話し合いを終えたルリアナは、正式に《聖天の翼》を脱退し、侯爵家に戻ることになった。
♦
(うう~……刺激が足りませんわ!)
侯爵家の自室でベッドに寝転がりながら、ルリアナは悶々としていた。
《聖天の翼》を脱退してから一週間。
貴族令嬢としての生活に戻った彼女は、心配をかけた家族に詫びた後、二年間のブランクを埋めるため、淑女教育やマナーのレッスンに励んでいた。
十七歳といえば、結婚の適齢期である。しかし、冒険者になると言って家を飛び出したルリアナには、当然のこと婚約者などいない。
この状況から結婚相手を見つけ出し、貴族令嬢の義務として血を繋いでいくためには、並々ならぬ努力が必要だ。
家庭教師や母からの厳しい指導は、ルリアナの被虐嗜好をほんのり潤したが……満たすには、足りない。
魔物の爪牙によって傷つけられることも、血飛沫を浴びることもできない状況に、彼女の欲求不満は徐々に蓄積されていた。
(……いっそ、何もかも足りていない状態で夜会に出て、嘲笑を浴びようかしら……)
エヴァンズ侯爵家の娘らしからぬ、野蛮で愚鈍で下品な娘だと罵ってもらいたい。
しかし、そうなると悪く言われるのは自分だけではない。ルリアナの振る舞いはエヴァンズ侯爵家の評判に関わる。
それどころか、《聖天の翼》メンバーまで誹りを受けかねない。
《聖天の翼》からの追放を受けて、ちょっぴり周りが見えるようになったルリアナには、そのようなことできない。
(……嗜虐趣味のおじさまの後妻に入って、苛め抜いていただくとか? うん、これは妙案だわ! わたくしの嗜好も、婚約者探しも、どちらも解決できますもの!)
そんなことを考えていると、部屋の扉がこんこんとノックされ、侍女が入ってきた。
「お嬢様、旦那様と奥様がお呼びでございます。お客様がいらしておりますので、応接室へお越しくださいませ」
「わかったわ。すぐに参りますと伝えて」
一体どなたがいらっしゃったのだろうかと思いながら、ルリアナは身だしなみを整え、応接室へと向かった。
「失礼します、お父様、お母様、お客様というのは……」
「おお、来たかルリアナ。入りなさい」
部屋に入ると、そこには、一人の少年が立っていた。
ソフィアと同じ金髪碧眼。ふわふわの猫っ毛は柔らかそうで、幼さの残る愛らしい御顔立ちは天使のように可憐だ。
ルリアナより一つ年下の彼は、この国の第二王子であり、ソフィアの弟――セシル・エルドレッド殿下であった。
「こんにちは、ルリアナ姉様!」
「ごきげんよう、セシル殿下」
慌ててカーテシーをしたルリアナに、セシルはにっこりと笑みを浮かべた。
「そう畏まらないで下さい。今日はお願いがあって来ました」
「まあ。何でしょうか?」
「僕と婚約してくれませんか」
「……はい!?」
そうして。
「ソフィア姉様からです」とセシルから渡された手紙に、『私のかわいいかわいい弟を歪めた責任を取ってください』という文言が書かれていたり。
どうやら王家とエヴァンス侯爵家との間で、ルリアナとセシルを娶せる話が進んでいたことが判明したり。
ルリアナとセシル、両者の性癖を秘密裏に満たすための新たな建物が、既に王宮にて竣工していたり。
なんやかんやでごりごりに外堀を埋められていたルリアナは、一年と経たずセシルと結婚することになった。
二人は互いに性癖を満たし合える仲睦まじい夫婦となり、子宝にも恵まれ、末永く幸せに暮らしたのだった。