表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛欲のセレナーデ

作者: 南郷 兼史

「君は……どうして私を好きでいてくれるんだい? 彼女もいるのに……どうも罪深いことをしている気がする……」


 彼女は夜の大学の屋上でIQOSで吸いながら、目を反らし少し恥じらいつつ僕に聞いてきた。

 冬だというのにわざわざ外で吸うなんて、余程聞かれたくない内容なのだろうか。


 ……手を出してしまったのは事故だったが、実際よく観察していると可愛い女である。

 探している論文が見つからず、唸りながらキーボードに顔をすりすりしてシャットダウンしていたり、IQOS吸い込み過ぎて咽ていたりと、案外ドジっ子だ。

 あれ以来行為はしてはいないけれど、彼女から寄って来るようになり付き合うことになった。


「なぜって……好きだから?」

「それは分かる。分かるけれど……」

「股かけているのが不服?」

「そうではないけど……彼女さんが寛容すぎて逆に怖い」


 誠とはまだ付き合っている。ちなみに、()()()()()()()()()()。どうにも脳裏をよぎってしまって隠し切れなかったからだ。

「まぁ、男なんて複数人と付き合っていた方が元気でしょう」という謎めいた理由で許してもらえた。僕が言うことではないが、おそらくとんでもなく自分に自信があるのだろう。


「……そんなことはいいや。君は院まで進んで何をするの? 飯塚さんも行くと言っていたけど」

「児童~青年期にかけての自殺について研究しようかと」

「私の卒論テーマと被っているじゃないですか。はぁ……比べられるから嫌だなぁ……」


 彼女は大きく伸びをし、流れるようにIQOSに手を付ける。



「今夜、私の家に来ません?」

「えっ、何でまた急に」

「なんとなく。明日休みでしょ?」

「休みだけど……ね? そんないきなり……」

「ダメなの? いいじゃないですか……ね?」



 そっと左手を掴まれ、妖艶な声で誘われてしまう。

 一瞬にして体温が2℃上がった気がした。それくらい熱く反応してしまっている。

 こんなの、逃げられないじゃないか。さすがはいろんな男を落としてきた魔性の女……。


 彼女は全能の神のように全てを見通してニコニコしている。

 まずいまずい、このままでは感情を抑えきれなくなってしまう。


「わ、分かったけど……そういえば家どこなの?」

「飯田橋」

「滅茶苦茶いいところに住んでるじゃん……」


 大学まで2駅とは……。僕なんて小岩の端っこだから無駄に通学時間が長い。


 彼女は相変わらずニコニコしながら核心をついてくる。


「奈良坂さん、何か良からぬことを考えていません? 何もしませんよ?」

「はっ、いや、そうだよね!?」


 童貞みたいな態度を晒してしまった。恥ずかしい。

 あぁ……おちょくって楽しんでいやがる……。それに惑わされている僕も僕であるけれど。


「じゃあ、行きましょうか」


 彼女は吸殻をケースにしまい、自然な振る舞いで僕と腕を組んだ。


「ちょっと……学校では……」

「こんな時間まで学生いないでしょ? もう20時ですよ?」


 そんな態度取られたら可愛すぎて飛んでしまうよ……。

 マフラーで顔元を覆い、照れ隠しするしか思いつかなかった。



*



 電車から降りて約5分。

 彼女が住む学生マンションに辿り着いた。

 8階建てで外観は少々古めかしいが、中に入るとリノベーションされており清潔感のある空間が広がっていた。


「ちょっと部屋散らかってるけど……許してね」


 誠の家にすら入ったことがないので緊張している。

 とはいえ、ここまで来てしまったから逃げることもできない。


 カードキーで開錠し、中へ案内される。

 足元のライトが自動で付く仕組みだ。学生マンションのわりには洒落ている。

 廊下を抜けると、8帖ほどの白を基調としたワンルームになっていた。

 ベッドと勉強机、本棚……。余計なものはなく真っ当な学生の一室であった。


「なんか……イメージと違うな」

「そう? もっと汚いと思ってました?」

「ローターでも転がっているのかと……」

「そういったものはしまってありますよ……」


 苦笑いしながら彼女は机の整理をしている。

 しまってあるということは持っているのか……。


「あっ、ベッドに座ってて。デスク用の椅子じゃ落ち着かないでしょ」

「あぁ……じゃあ……座りますね」


 女性のベッドに座ってしまった……!

 ダメだ……鼓動が落ち着かない。部屋の匂いだけでもあの時のことを思い出してしまう。



「……飲む?」


 彼女が持っていたのは、コンビニで売っているようなミニボトルの赤ワインだった。

 やはり、あの時の続きでもしようというのか……?

 無言でうなずき、ワインキャップを開ける。

 ……開けられた形跡はないから前みたいなことはないか。


「君……エロスとタナトスしか興味ないのかい?」

「そ、そんなことはないけど……」

「私と話す時、ずっと照れているじゃないか。分かりやすく目を反らすし、身体は火照っているし」

「それは……ねぇ? 好き、ですから……」

「好きと性欲は違うよ」


 彼女もワインを煽る。一口で半分ほどにまで減ってしまった。


「性欲は好きじゃなくても身体の相性さえ合えば誘発されるのさ。本能的にコイツは襲っていいと、目で分かるよ」

「目だけで……?」

「君は単純だから余計にね」

「じゃあ、好きって何?」

「戯れの序章に過ぎないよ。友達の延長線。その人に強い興味があったり、一緒に居たいと思ったりするなら好きなんじゃないかな」


 ……相変わらず彼女は中二病である。

 別に、性的なことではなく彼女のことを知りたいと思っている。知るためにも重ね合わせたいと思ってしまうのは男の性なのか。

 

「僕は両方とも持っていることになるね」

「それは嬉しい限り。世の中、片方しか思わない人が多いからね。肉欲に耽るか、清純な恋愛か。そんなの、面白くないじゃない。人はもっと獣であるべきだよ。愛欲に溺れて事を終えた後、人に戻る瞬間が愛おしいものさ」



 彼女の哲学はほとんど聞いていなかった。襲いたくなる気持ちを抑えるのだけで精いっぱいである。

 前みたいにマズローの理論を展開するようなことはしない。あれは賢者タイムだったからできただけだ。

 

 ……そもそも、襲えというサインじゃないのかこれ。

 わざわざ家に呼んで、酒飲ませて、やらないことなんてあるか? 大学生だぞ?

 全く性欲が収まる気配がない。このまま襲ってしまおうか?



 咄嗟にワインを飲もうとした彼女の手首を掴む。

 彼女は特に嫌がる素振りもなく、「ふふっ」と余裕そうな笑みを浮かべる。



「奈良坂さん、命は何のためにあると思います?」

「……命自体に意味はないんじゃないかな?」

「あっははは! そうだな、命に意味など求めてはならないな! 奈良坂さんは()()()()()()()であるから何ら問題ない! 生物における『意味』と『価値』は全くの別物で、意味を求めれば虚栄のメイルシュトロームに飲まれ心身共に死んでいくだろう。価値を求めれば崇高な学問と共に心中するしかないがな! それもそれで美しい人生であるけども」



 僕のことを名字で呼ぶときは、大体酔っぱらっているか気分がいいかのどちらかである。

 酒が入ると饒舌になるから突っ込むのが難しい……。


「酔ってます?」

「これっぽっちで酔うわけがなかろう。第一、君は何故私の手首を掴んだ? これ以上飲むなってことか? 私は先生と違ってそんなすぐ酔わないぞ」

「あっ、いやその……」

「君の方が酔っているだろう。手汗がすごいし、それに――」



 彼女はそれとなく僕の手を払い、ワインを床に置いた。

 そして、とどめを刺すかのように耳元で一言囁く。



「――ずっと我慢しているんでしょう?」




*



 ――疲労感の中に恍惚さを覚えている。

 所々記憶がないが、脳が溶けてしまうくらいの快感が押し寄せて無我夢中になっていた。

 身体が一体になる感覚。理性を飛ばす甘美な喘ぎ。


 だか、彼女が時折見せるあの死への焦燥感は一体何なのだろうか。

 生きていると心から実感しているのに、何故こんなにも彼女は死にたがるのだろうか。

 死に愛され、生を殺す――


 彼女が触れ、愛欲をもてなしたものは皆死んでしまう。

 弱いから、脆いから。

 いや、どんなに強靭でも脆弱にするほどの力を持ち合わせているのだ。

 孤独が嫌だから求めているだけなのに、自分に裏切られてしまう。

 破滅的な人間は諸刃の剣を握っているのだ。

 それはそれはとても常人には決して手にできないほど絢爛豪華で、裂いたとしても痛みを感じさせない神経毒が塗られていて、慈悲の名の元に振り回す。

 自分ではどうすることもできないのだろう。そして、本人は道理すら分かっていない。


 

 彼女を壊してしまいたい――

 壊してしまえば、彼女がこれ以上苦しむことはない。

 愛で撫でて、握りしめて、快楽の中で死ぬ。

 楓が望んでいることは叶うじゃないか。


 だから、死に急ぐ必要などもう――



 そう切に願った時、無意識に両手で彼女の首を絞めていた。




「――っ!?」

「愛しているよ。だから、死を想わないで」

「なら……うぐぅっ!?」



 彼女はか弱い力で必死に手をどけようとしている。

 無理だよ。もう逃げられない。

 死にたいはずなのに、生を望む彼女の瞳はずっと見ていられる……。

 加虐的にしてしまう君が悪いんだよ……?

 


「い……あ゛っ……」

「僕に委ねて……苦しくないから、ね」


 彼女はガクガクと小刻みに震えている。

 生を奪われる恐怖から? 快楽に溺れているから?

 どちらにせよこのまま壊してしまう。



 壊してしまえば、全て救われるのだから――




*




 気が付けば夜が明けていた。

 互いに全裸で、無造作に使用済みのコンドームが2つ転がっていた。

 


 あれ……僕は、殺……した……っ?



 手にはまだ絞めた時の感触が残っており、ヒクッと脈が跳ねたあの時を想起させる。


 急いで隣に寝ている彼女をゆすった。

 勢いのまま殺してしまった……? 僕は、とんでもない大罪を―― 



「楓……っ! なぁ、楓……!! こんな……ちがっ……」



 思考がまとまらず失意の中泣きわめき、身体を抱き寄せた。

 ……死体とは思えないほど温かいその身体は、まるで生きている時と相違ないように見えた。



 あれ、相違ない……?



 首元に手を当てて脈を測る。

 ……正常に脈打っていた。つまり、生きている。


「あ……良かった……っ。生きてる……ううっ……」

「……な、なに? 何が起きた……の……?」



 一人騒いでいたせいか、さすがに彼女も起きたようだ。

 僕の心配をよそに、彼女は寝惚けながら大きくあくびしていた。


「朝からなんで泣いてるの……?」

「殺してしまったかと……思って……っ」

「はぁ……よく分からないけど生きているよ?」


 ただただ嬉しくて彼女に強く泣きつく。

 殺していなかった安堵と、側に居てくれる安心感で満たされていた。


「ちょ……ちょっと……情緒不安定なの? 寝ている間に何かあったの……?」


 背中を擦りながら、彼女は冷静に僕に問いかける。

 僕からすれば冷静すぎて少し怖いくらいだ。

 だが、彼女からすれば僕の行為が謎めいているのは確かである。


 恐る恐る事の顛末を彼女に伝えてみた……。



「……まぁ、しているときに絞めていたことはあったけど、あくまでもプレイの範疇でしたよ。それに、一応生きてますしそんな心配しなくても」


 あまりにもあっさりとした感想であった。

 勝手に殺したことを心配していた僕も悪いけれど、何か腑に落ちない。


「そういえば……奈良坂さんって首絞めながらフ○ラさせて嗚咽させるのが好きなんですね。前もやってましたけど、サディストなんです?」

「いやっ、アレは……何というか……好きなだけで……」

「口の中でモノが大きくなっていくのが分かるので、私はああいうの好きですよ?」

「それは……嬉しい」


 軽く左胸を愛撫すると、猫のような愛らしい声をあげる。


「奈良坂さん……まだしたいんですか……? あんなに激しくしたのに……」

「ダメかい?」

「……いや、私もまだ足りない」



 口付けを交わす瞬間、雌に堕ちる表情を見せた。

 あぁ、またこうやって僕は彼女に耽溺して殺されてしまうのだろうか。


 互いに舌を絡ませ、思うままに身体を愛で回し堪能する。

 時々漏れ出る甘い声によってより気分が高揚する……。

 彼女は僕に身体を委ね、成すがままに弄ばれていた。


「ねぇ、奈良坂さん……」

「……ん? もっと楽しみたい?」


 流れに身を任せ彼女を押し倒す。

 恥じらいながら右腕で胸元を隠していたが、それよりも気になる箇所があった。



 薄らではあるが、彼女の首が手の形に沿って赤くなっていたのだ。

 普段、ここまで強く絞めることはまずない。殺すつもりで絞めているわけではないからだ。



 やはり、僕は――?




「……どうしたの? ナニしてもいいんですよ? ()()()()()




 ――彼女はただ、この一連の流れを楽しんでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ