96話目 刺客の刺客は薔薇の色 保side
「保、ちょっといいか?」
もうすぐで昼休憩になりそうな、そんな一時。
見ると李鳥宮奏史がノックしながら用務員小屋の中へ入ってきていた。こいつは、いちいち綺羅綺羅しいな。長身だし金髪だしで、どこにいても目立つ。
「奏史、お前·····ようやく軽井沢から戻ってきたのか·····?」
驚いた。連絡を入れても全く梨の礫だったのだ。
「しばらく寝ていたんだ。連絡をもらっていたのにすまない」
「寝ていた、のか」
他からの連絡で聞いてはいたが本当に寝ていたんだな。
新しく学長になった彼だが、この学校の外れにある用務員小屋まで訪れるのは珍しい。
話があるというならお茶を入れようとするが、奏史は机の上に書類が散らかっているのを見て、校舎にある彼の学長室に誘ってくれたので、行くことにする。
ちょうど良い、俺も色々聞きたいことがある。
「·····ニホン各地の資料があるんだな。どこか旅行でも行くのか?」
奏史がテーブルに広げてある資料を見て何気ない様子で尋ねる。
「徳川公爵家は日本各地に領地があるからな。調べる事が多いんだよ」
「なるほど、大変だな」
いつも通りに会話をしながら二人で学長室へ向かう。
途中、6年B組を通るルートになるなと思った。こいつが戻ったなら、きっと右子もいるんだろうか?
「右子様はいないぞ」
「休みか?」
「ちょっと、······な」
めちゃめちゃ気になる。含みがあって、尚更、気になる。言い方が悪い。
右子がいない1ヶ月は端的に言えば俺は狂って死にそうだった。
今まで時間を割いていた『趣味』が急に無くなると、もう何をしていいか分からなくなる。
俺にとって右子より興味の持てるものが殆ど無いから。
俺の手段は、父経由の八咫烏の学だけだった。
八咫烏は帝族と近い血を受け継いでいるらしく『病の力』と相性が良いようだ。学の夢なら自由に入ることができた。父は学を右子の運転手兼護衛として派遣したようだけど、ほとんど役に立っていなかった。
学の夢の中に入って話を聞くと、彼は初っ端から刺客として誤解されてしてしまい、捕まったそうだ。
それに運転手なのに車を持っていないと言う。
奴はそれ以後、右子の取り成しで命を長らえて、李鳥公爵家では雪搔き要員として重宝されていたみたいだ。
そして、父と俺に夢の中で右子の様子を伝える要員でもあった。
でも、急に帰ってくるなんて聞いていなかった。数日前まではもう少し除雪はかかると言っていたのに。
少し違和感だ。
通りがかった時についでに、6年B組の教室のドアを勢いよく開ける。········授業中で教師も生徒達も目を丸くしている。
「失礼しました」
やはり、真ん中の右子の席はぽっかり空いたままだった。
ということは、保健室か?それとも·······
右子の気配を探るのが常態化している俺は、どうやら右子がこの校内に居ることは確かだと悟る。
「保。こっちの話が先だ」
奏史が今にも離脱して走り出しそうなそうな俺を止める。
気づくと、近衛騎士がすぐ後ろに来ていた。俺の背中に硬いものが押し付けられている。
これは、銃口か?
俺は両手を上げる。
「···············来てもらおうか」
俺は学長室へ連行された。室内に誘導される。
俺は腹立ち紛れに、どかっと勧められていないソファーに腰を下ろす。
訳も分からないが、奏史は軽井沢に行く前とは別人の空気を纏っている。気配が取りとめもない冷え冷えとしたものに変化していて、全く感情が読めない。
「徳川公爵家が、隣国との戦争を望んでいるのは知っていたが。その為にしたのか」
「·········何のことだ?」
「凌雲閣での一件だ。
········証言がようやく繋がったんだ。
刺客を使ってアイン王子を狙ったのは。お前だ」
違う、義父だ。と擦りつけたいところだったが、まあ俺だった。あの時、俺が現場にいたのもそういうわけだ。
刺客の記憶を消しそこねてしまった。
右子とアイン王子と刺客の乗ったエレベーターが1階に到着した時、右子の安否に気を取られたせいだ。
右子がアインと一緒にエレベーターに乗ってしまったのはドア開閉の係の男の失敗だった。あの時、アインだけのはずが、地震の揺れで手元が狂って右子までエレベーターに押し込んでしまったようだ。地震さえ無ければと悔やまれる。
そのドア開閉係の男の記憶を消すのは上手くいっていた。
その後、逃げた刺客の記憶もすぐに消したが、大方そいつが逃げていた間に他の者に漏らしたのだろう。
それぐらいなら、重要な証拠にはならないと思う。
とりあえず、黙秘していると奏史は大きく溜息をついた。
「私だってこのぐらいの証言で、徳川公爵家を追い詰められるなんて思って動かないさ。下手打てばこっちが痛手を追う」
「?」
こいつの言いたい事は何だ······
「他にも疑惑があるんだぞ?
··········黒すぎる自分達を恥じるがいい」
「黒い。他の疑惑?」
徳川公爵家の傘下には地方で処遇を恨むような貴族や豪族が多いので疑惑が目白押しだが、徳川公爵家本体には他にあったかな。
「そっちは薔薇色だけどな」
「薔薇色」
·········とんでもなくいかがわしい雰囲気の漂う疑惑なんだな?
興味はわくが、
そんなの俺は全く関係ないぞ。
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