95話目 公爵令息は物思いする 右子side
「国家転覆罪ですね」
奏史様が仰った。
「「ええええええ!?」」
そう言われて、私と麦本くんは腰を抜かしかけていた。
奏史様は、先日長い睡眠から覚めて、今はここ軽井沢の別荘で東京から頻繁に来る連絡と書類に対応して忙しく働いている。
夢から目覚めて、奏史様は雰囲気が少し変わられた。
前から静かな方だったとは思うけれど、ますます静かで大人っぽくなられた。私が誘っても一度も雪で遊ぶ事なんてなく、ひたすら仕事の鬼だ。
その落ち着きっぷりは16歳とは到底思えず、もう30か40代といった貫禄すらある。
そして、時々一人でぼんやり物思いにふけっている時がある。以前は見かけなかった事なので、屋敷の者も皆心配している。
·······まだ体調が万全ではないのかもしれない。
「「·······国家転覆罪·····」」
先程は、私と麦本くんが別荘の庭でスキーをして遊んでいると、いつもは見逃されていたのに、運悪く今日は奏史様に見つかってしまい、部屋に二人共に呼ばれてお説教が始まった。
奏史様は最近は私にお説教をしてくる。まるで父親だ。
以前はそんな事なかったのに、そうとう私にお冠なのだろうか。
それにしても、私達はそんなに重罪になるはずがなかった。
麦本くんは真っ青になって震えていた。
麦本くんは、まさかここが学長である李鳥公爵家の別荘だとは知らなかったようだ。
なにせ彼は今停学の真っ只中なのだ。除雪をしてもらった手前、私が庇わないと!
「奏史様!彼は困っていた私に頼まれて国道までの雪搔きをしてくれたんです!その休憩の合間に私が遊びに誘ったんです!」
「ほう···········、右子様、あなたが誘ったと·······?」
「!ひっっ」
ギロリと鋭くこちらを見るも、すぐに相好を崩して奏史様は言った。
「右子様、言い方には気をつけましょう。庭でスキーをして子供らしく遊んだだけですね?」
「は、ハイ!」
「それについてはいいんですよ。
·······問題はこちらです」
奏史様は、私がくしゃくしゃに握り潰した跡が残る薔薇色の手紙を机に置いた。
先ほど、私が事の顚末を伝える為に奏史様へ渡した和珠奈さんからの手紙だ。
「内容が内容がなので、宮内省と近衛師団で詳しく精査する必要があります」
ど、どうしよう、かなり深刻になりそうな予感がする。
「い、いえ。そもそも私が平民になりたいと行方を眩ませたのが原因でして」
「それは事の発端に過ぎません。問題はそれからその者がどう自発的に行動したかです。
状況を利用して自分が帝女になりすまそうすることは罪ではありませんか?
おまけに、そのまま実家に有利な婚姻を結ぶなど、それは帝や国民に対しての叛逆になります。国を巻き込む騒動になりかねません」
「············」
「えっと?その、俺、全然、状況がつかめないのですが······」
麦本くんがいるのに大層な話をしてしまった。いいのだろうか?
麦本くんにしてみれば庭園で遊んでいるところを捕まえられて、奏史様の前に並ばされただけだった。
奏史様は彼に冷酷な顔を向けた。
「君は退学······」
来月卒業の生徒に退学を言い渡そうとするなんて奏史様は鬼か?私は焦った。
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
「右子様?」
「私、彼に手伝って欲しいことがあるんです!退学なんて困ります!」
私は東京に戻ったらやりたいことを、掻い摘んで話した。奏史様は真剣に聞いてくれて、しばらく思案にくれていたが、最後に頷いた。
「分かりました。麦本君には私達と一緒に東京へ帰ってもらいます」
「えっ?停学は?」
「本来なら自宅謹慎すべき停学中に、他人の別荘の庭でこんなふうに女の子とキャッキャッと遊んでいたのです。退学処分になって然るべきでしょうが·········」
麦本くんは、真っ青な顔を引き攣らせる。
「ですが、右子様が大嫌いな兄を個人的に直接罰したいとお望みです。
君にはそれを手伝って貰うことがありますので、それを完遂すれば停学も退学も不問ということにしましょう」
麦本くんは、明るい顔になった。
「やった!········ところで、大嫌いな兄って?
それに、さっきから右子様って誰のこと??」
それから、右子の替え玉作戦から今までの事の顛末を聞かされた麦本くんは、情報処理しきれず頭がパンクした。
「みっっっみぎこ·······さま?」
麦本くんは震える指で私を指さして、除雪ソリに乗っている時より顔が白くなって寒そうだ。
それから、水戸黄門にするみたいに平伏した。
さすが徳川家に連なるお家柄だ。
「主君を裏切ることになりかねませんが、私のお願いを聞いてもらっても?」
「はっっ、はは〜!」
時代劇か。
「でも、念の為にしっかり下僕にしてしまいましょう。裏切ることがないように」
「え?でもそんな事に力は使うなって屋上で以前·······」
「彼は徳川公爵家の傘下の子爵家の子息です。
お願いします。彼が貴女に反目したり万が一襲ったりすることがないように、正式に下僕にしてあげてください。私が心配なのです」
奏史様ならいつも正攻法を選ぶし、卑怯な手段は嫌うのに私の『病の力』に頼るのはちょっと意外だった。
とは言え、私は麦本くんの両手を握った。
「エヘヘ」
なぜか照れている彼に、再び先ほどよりは実行力の強い『下僕になってください』のお願いをしたのだった。
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