94話目 替玉さんからの薔薇のお手紙 右子side
雪に埋まった軽井沢の李鳥公爵家の別荘に手紙が届いた。
地元の郵便屋さんは問題無く動いているようで感心してしまう。
私は先日、穂波和珠奈さんに手紙を出した。
私が依頼したわけではないけれど、結果として彼女には私の代役をやってもらうことになってしまった。
手紙には、私が行方を眩ませた事の顛末と、身代わりをやってもらったことへの謝罪と御礼を伝えた。そして卒業まではこのまま身代わりをお願いしたい旨を綴った。
えっと和珠奈さんのお返事の手紙の内容は········
可愛らしいピンク色の薔薇の絵柄のついた便箋から薔薇の薫りがふんわり漂う。きっと彼女は薔薇が好きなのだろう。
『お手紙誠にありがとう存じます。右子様直々にお手紙をいただけるとは光栄の至りでございます。
つきましては、ご依頼の件ですが、全て依存はございません。3月の卒業までお互いの役を演じきりましょう』
良かった!和珠奈さんの了承を得て安堵する。
だけど、この後がけっこう長い······
何が書いてあるのかしら?
『そして、恐れながら、私はそれ以後もずっと私に右子様役をやる心づもりです。
右子様は平民になりたいだとか?お兄様から聞きました。
それならば、
私が完璧に一生!帝女として演じてみせますので、右子様は安心して平民女子となられあそばせてください。
もし良かったら、我が徳川公爵家の領地で領民になるのはいかがですか?
ニホン各地に領地は御座いますので、ご希望は思いのままです。暖かく平坦で水が豊かな土地もあります。粗末になりますが小さな小屋も用意しましょう。
温泉がある土地もオススメです。
貴女様の実兄である穂波保がちょうどそういった事に詳しいので、良い場所と仕事を見つけてあげられると思います。
そして、私事で恐縮ですが、右子様としての私の今後の予定ですが、徳川公爵家に降嫁したいと考えております。
もちろん私が、右子様として徳川公爵家嫡男である兄の穂波保の元にお嫁に参ります。
兄とは右子様のご周知の通り血は繋がっておりません。
私達の婚姻は徳川公爵である父の望みでもあります。
右子様には、その件でご迷惑とご協力をおかけすることもあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。かしこ』
·····················くしゃっ
私は手紙を握りつぶした。
「はぁぁぁぁぁ!?」
屋敷内に私の絶叫が響いた。
とんでもない内容だった。
思わず叫んでしまった私は悪くないと思う。
和珠奈さんは、身代わりをノリノリで演っていて、そのまま一生演じ続ける気満々だというお知らせだった。
確かに自分から逃げたけれど、帰る場所が無くなるかもしれないと思うと、無性に心がざわつく。
私は特に『貴女様の実兄である穂波保が』というくだりにイラついていた。
まるでもう恋人········
そのくせ時々妹面もするという。
っていうか呼び捨て!!
「···········もう!!バカ!!!」
私は保くんが新しい妹に取られたような、不穏な気持ちが胸中に渦巻く。
カラン····
徳川公爵家の家紋のついた印籠をポケットから出す。
中にはもう残り少ない赤い錠剤が入っていた。
保くんを忘れないように、定期的に飲んでいた自分が馬鹿みたいだった。
私は外に飛び出した。
外に出ると幾重にも雪の壁が立ち塞がっている。
道路の部分だけ除雪馬ソリが通り、除雪した後は雪の壁が高く積み上がっている。まるで巨大な白磁の迷路のよう。
私はそこを走り抜ける。
この除雪は道の途中までで、国道まで開通しないと東京まではまだ帰れない。
この国の除雪は、まだ除雪馬ソリしかない。
おまけに車が通れる幅となると余計に時間がかかる。
順番に廻っているというから、終わるのはいつになるか分からない。軽井沢市にある除雪馬ソリは全てフル活動中だ。こんなに除雪馬が活躍したのは市政史上初めてだという。
と、私は行き止まりの雪の壁にぶち当たって、
「東京に帰らなきゃ·····!」
私は両手で雪の壁を叩いていた。
「おーい!そんな所でなにやってるんだ?雪と一緒に除雪しちゃうぞ?」
あっ除雪馬ソリ。
除雪はこの別荘地の町内会で受け持って端から順に除雪していくと聞いたけれど、もう順番が来たのだろうか。
「ここから先を除雪してくれるんですか!?」
駆け寄って騒ぐ私と話をする為に、男がソリから降りてくる。
「お、お前は·········ミーシャ!!?」
大仰にのけ反った男は、東京での知り合いだった。
クラスメイトの麦本くんだ。
「げっっ!?麦本くん??本当に?何でここにいるの!?」
「それは、こっちのセリフだろ!お前のせいであれから俺は停学になったの!50日間の!」
「えええっ!?」
「女生徒を誑かして禁止されていた屋上に連れ出したって·········それってどっちが、だよ。
男子生徒の言うことなんて聞く耳持たれなくてさぁ。
新学長になった李鳥宮の下した判断だよ。あいつ新しい仕事で張り切って、俺を処分したくて堪らないっていう顔してたよ。
いかにも冷血漢、仕事の鬼って感じなのな」
確かに、屋上に連れ出したのも下僕に誑かそうとしたのも、私だった。
あの場にいた奏史様は状況を把握していると思ったけれど違ったようだ。
真面目なメガネ女生徒設定は事実を捻じ曲げる力を持っている。
「ご、ごめんなさい。麦本くん」
「別に······気にしてねぇよ!というかここは思いっきり遊べるしな!」
「そういえばなぜここに?停学って自宅限定での謹慎なのよね?
それに、元はと言えば、麦本くん私を騙して小屋に監禁したことあったよね?」
それって犯罪、謝って損した。
「別荘も自宅の仲間だろ!
それは、ま、ま、細かい事気にするなって!」
麦本くんはどうせ停学ならと軽井沢の別荘に移って自宅謹慎ライフを満喫していたそうだ。最近は積雪があったので、自宅で独自に手配した除雪馬ソリで除雪のボランティアをしつつその合間にスノーアクティビティを楽しむ毎日だという。
さ、さすが今を時めく成金セレブ子爵家!
「お前、さっき泣いてなかった?どうしたんだ?」
麦本くんは気さくながらも案じてくれたみたいだ。
麦本くんは停学を経験して人間が丸くなったみたい。
「東京に帰りたいの········」
私は再び悔しくて泣きそうになる。
「!もしかして、この屋敷に無理矢理連れて来られて働かされてるんじゃ·······」
麦本くんは眉を寄せ顔を曇らせる。
「ち、違う違う!このお屋敷は親戚だから滞在させてもらってるだけで、VIP待遇よ。
東京に帰れないのは、国道まで車を出せないからで····」
「············よお〜し!予定変更!監禁の罪滅ぼしに、お前んところの周り国道までぜ〜んぶ除雪してやるよ!終わったら遊ぼうぜ!」
「いや、すぐ東京に帰りたいよ?」
そしてその後、数日かけて本当に麦本くんは別荘から国道の大通りまでがーーーーっと除雪馬ソリで除雪してくれたのだ。
そしてその合間に、李鳥公爵家の別荘の庭園にちょうど良い斜面があったので一緒に簡易スキーを楽しんだりもした。
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