92話目 さようなら交代劇(1) 敦人side
昼休みが終了し、午後の授業開始のベルが鳴る。
そこへ包帯姿の右子さんが滑り込みセーフ。
もとい、和珠奈さんだ。
お休みじゃなかったようだ。
内情を知っている者から聞けば、彼女は徳川公爵家の令嬢で、兄である穂波保から替玉の依頼がいったそうだ。そもそも俺が、知らなかったとはいえ右子を連れて行方を眩ませたせいなので、彼女には申し訳ないと思っている。
俺は彼女には事情と、今までの俺の冷たい態度も合わせて詫びを入れようと思っていたので今日はちょうど良いと思い、彼女を見る。
今日は近衛騎士がついてないんだな。
まあ、本物じゃないし、気が緩んでるのかもな。
来月には卒業でこの交代劇も終わる。入学したのが1月だからほんの3ヶ月弱の僅かな期間だ。
和珠奈さんはけっこう真面目だと思う。包帯の取替で授業を欠席することも多いが、授業中は至って真面目だ。
授業中に大型家具をぶん投げる、なんてことはない。
もし投げる時は、放課やお昼休みや放課後で、アインが近くに居るときに限る。
お陰で、二人が互いに一番有力な婚約候補と言っても、それは大人達が言ってるだけで、現実可能だと思っているような呑気なクラスメイトはいない。
二人が政略結婚するなんて事は非現実的な机上の空論であると、大人顔負けにクラスメイトたちは囁き合っている。
確かに、彼女がもしも本物の右子で万が一アインと結婚したら、殺人事件と国際問題が待っていそうだ。
授業が始まったので、何も飛んでこないとアインは油断しきって和珠奈さんに背を向けて授業の教科書を取り出している。
··············?
なぜだろう?
俺は、和珠奈さんから目が離せない。
とても嫌な予感がするのだ。
それはもう、点火するつもりもないのに爆弾を近くに置いているような居心地の悪さだ。
和珠奈さんは、高く手を掲げたーーー
ポンッッ
と、アインの背を叩いたのだ!
なっ!殴った?·········訳ではない。
軽く叩いたのだ!
でも、そもそも彼女が毛嫌いしまくっているアインに触れるなんて、天変地異が起こりそうだった。
逆に殴った方が自然だった。
それに気づいた後方の生徒たちもザワザワしている。
俺と同じ現場を見てしまったのだ。
「ゴホ、きょ、ゴホ、教科書見せて、ゴホ、ね!」
ゴホゴホ、で聞き取り難いが、教科書見せて、確かにそう言った!
彼女が毛嫌いしまくっているアインに·······以下省略!
アインは呆然として、明後日の方向を向いて無言を貫いている。
和珠奈さんは仕方なく自分からアインの机に自分の机をがっと、くっつけた。
アインはハッと意識を取り戻して急いで教科書を二人の机の中央で開いた。
授業が終わった。
授業中、アインは微動だにしなかった。
ところで、和珠奈さんは今日はカバンを持ってこなかったようだ。
手ブラで学校に登校する令嬢がいるなんて?
それに、ちょっとやつれたような·······今日は何となくスラッとしていて、儚げな雰囲気を纏っている。
昨日は普通にしっかりしていたのに。
昨日寮へ帰ってから今日のお昼までに儚げになるような何があったというのか。
俺は、詫びの件で和珠奈さんの所へ言った。
「今日、放課後、ちょっと時間いいかな?」
「!?ダ、ダメ!ゴホゴホ·····」
「風邪ひいたのか?今日休んだ方が良かったんじゃ····」
「と、とにかくダメだから···ゴホゴホ!」
まあ、こっちはいつでもいい。明日でも明後日でも。
それだけの事はしたのだから。
それに加え、俺が今まで和珠奈さんを睨んだり無視したりしたのはアインへの暴力に対しての抗議じゃない。寧ろアインはもっと鍛えるべきだと思う。
俺のは·······個人的な右子への憎しみと嫉妬からだったのだ。
右子とミーシャが一致してしまってからは、最早、薄らいで消えそうなかつての感情だ。我ながら恋は盲目といった感じだが·····
とにかく、和珠奈さんはとばっちりだ。
自己満足で申し訳ないが、卒業までに一言謝りたい。
それにしても、和珠奈さんのあのバイオレンスな感じ····どこかで覚えがあるんだよな。
俺も昔、どこかでアインみたいな目にあったような既視感がするんだ。
「··········?」
俺の胸はチリ、と少し痛んでいた。
もう一度、和珠奈さんを見ると、両手が目の前に塞がった。彼女はすかさず、自分の顔を両手で覆っていたのだ。
「········俺、何かしたか?」
俺は、思わず彼女の手首を掴んで聞いてしまう。
いや、今まで睨んだり無視とかはしてたわけだけど、これはひどく拒絶された気分だ。
和珠奈さんは顔を背けた。
「そ、ゴホ、そっちこそ!あんまりじっくり見ないで下さいませ!ゴホゴホ····」
「シウ!ダメだよ!手を離さないと!·········無体だよ」
アインが少し声を荒げる。軽井沢の一件が頭をよぎる。無理に女性の手首を握ってはいけない。そうだ、狼藉というものだ。
「ハッ、·····つい。君の顔をよく見ようとして」
俺は冷静になって謝る。
教室からキャアッと声が聞こえた。なぜか他の女子生徒まで騒いでいる。
「や、止めて下さいませ!ゴホゴホ」
「シウ。クラスの君のファンが動揺してるよ。いつもの君らしくないよ、落ち着いて。さ、手を離してあげて?」
「ハッ、········ご、ごめん!」
「い、いえ。ゴホゴホ····」
俺はまだ手を離してなかった。
離す前に彼女の手首を見た。軽く握っただけで、赤くもなっていないので安堵した。
俺は席に着いた後、授業が始まってからも和珠奈さんを注視することを止められなかった。
彼女は手ブラで来たので、その後の午後の授業もアインと机をくっつけて教科書を共有していた。
突然、アインが頭を伏せた。
危害を加えられてはいなかったので、緊張感に耐えれなくなっただけかもしれない。
無理もない。命をずっと狙われているようなものだ。
それから授業が終わるまでアインはそのまま動かなかった。
放課後になってアインの席へ急いで近づく。
「アイン!大丈夫か?具合が悪いのか?」
恐る恐る顔を覗き込むと、アインの顔は真っ赤だった。
「す、好きになっちゃうだろ········」
小声でボソボソ言っている。聞こえにくいから俺は、耳を近づけた。
「······いい香りがするんだ········隣に居るだけで柔らかい空気がこう僕の周りをぐるぐる取り巻いて、漂って、僕の感覚全てを優しく刺激して······」
「アイン?な、何を言ってるんだ?」
「これ以上は、もう·····」
「アイン!?しっかりしろ!」
がくりと、アインは再び机に頭を伏せた。
俺は思わず隣の彼女を睨んだ。
「アインに何をした!?」
「·····は?ゴホ、」
彼女の素っ頓狂な返事が返ってきた。
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