90話目 二人は別の婚約で 敦人side
分かりやすくする為に
少し文章を増やしました。
俺が新築したばかりの権野公爵邸に到着したのは、もう朝方も過ぎていた。
権野宮家が爵位を賜る式典は今春と2ヶ月は先だが、それまでに公爵家として全ての形を整えなければならないはずだ。それに祝賀会の準備もある。邸は大慌てだろう。
運転手には夜通し運転させてしまった。
労って1日中は休むようにと伝えた。
権野宮家にはもともと軽井沢に別荘などありはしないので仕方がないのだ。
邸宅につくと、思っていた以上に大きな建物が陽の光を受けて白く輝いていた。
東京市内のこの土地は今回特別に帝から譲り受けた場所で、帝居からも程近い。父母にしても姉にしても今まで通りの生活圏で生活ができそうだ。
権野宮家の所領は神奈川市方面と少し遠く、一家ごと移り住むには少々不便だ。
帝族の所領はそもそも大きくない。限られた所領を生まれる帝子と帝女で分けていくうちにどんどん小さくなっていく。おまけに帝族に資産を運用する能力を発揮する者は稀で、公爵家になってからの資産運用は非常に難しいと聞く。
玄関ホールには使用人も含め父を除く家中の者が揃っていた。
俺が、元家族、改、現家族たちに挨拶すると皆にこやかに応じてくれた。それもこれも帝のおかげだろう。
帝は帝居で問題を幾つも起こした俺なのに、帝子権を剥奪するだけで公爵家の後継者としての立場を保証するとまで言ってくれたのだ。
実際、帝弟には息子は俺しかいないわけだが、父の一存で俺なんて捨てられて、遠縁に後継者を探す可能性も大いにあった。
つまり、俺は今だに帝の覚えめでたいと判断されたようで周囲の対応は今までとほとんど変わらなかった。
帝には、俺に対して丁寧かつ細やかに対応していただき本当に感謝している。
そこに父はいなかったが、父の書斎へと俺は案内された。
部屋に入ると、
父は、一言。
「戻ったか」
どう聞いても厄介者が戻って来た。といった声色に俺は苦笑する。
「不肖ながら」
俺も頭を下げ、一言だけ。
親子の会話は終了したが、これだけは言っておかなくてはいけないと重い口を再び開く。
「父上に俺の婚約に関しての希望を言わなくてはいけません」
「お前の婚約者はもう決まっている」
父が俺の発言に被せてきた。
え?俺の婚約者といったか?
すぐに右子の顔が思い浮かぶが打ち消す。
父は絶対に帝の娘を候補にはしないと思うから。
「コーリア国の大貴族のご令嬢だ」
「!」
以前から、父がコーリア国とかなり親密にしていると噂にはなっていたのだからこうなる事態は容易に想像できた。
「コーリア国と我が国は、実はあまり良い状態とは言えない。いずれかの和平交渉をしないといけないところなんだ。·········これは帝とも話し合った末の決定だ」
帝の名を出して、決定と言うのか。
ほぼ本決まりのように宣う。それがいつもの父のやり方だ。
「あちらに王女がいれば、その方が良かったんだがな。コーリア国の王族は男系なのか王女の出生が究めて少ない。なので高位貴族の筆頭の家から選ばれた。うちも公爵家になったところだし家格はちょうど釣り合う」
「申し訳ないですが、俺は······」
「言っただろう、これは決定だ」
「そんなはずが······そうだ、留美子姉上があちらへ嫁がれるのではなかったのですか?」
俺には上に二人も姉がいる。上の姉はコーリア国へ近衛騎士の男と駆け落ちしたが、下の姉は残っており、これからは権野公爵家の公爵令嬢ということになる。
父は顔を歪めた。
「あちらの第一王子はすでにあちらの高位貴族の令嬢と結婚されている。折よく第二王子がこちらへ留学されているので婚約を打診しているのだが、·······あちらは右子殿下との婚姻を望まれている」
当然か。
宮家であればまだしも、公爵家の令嬢では一貴族と変わりない。あちらも帝女の方を望むだろう。
自分が招いた事とはいえ、初めて帝族から公爵家へ降りる事の重大さを認識する。
公爵を賜ることは目出度い事だが、爵位を賜ると同時に宮家の身分は帝へ返上することになる。
宮家にとっては格が下がるのだ。
「しかし、右子殿下にも既に国内の高位貴族との婚約の話もあり、そちらとの関係を軽視しては国内が荒れる原因となりかねない。アイン王子との婚約はまだ成立するか不明の状態だ。
言わば元宮家の権野公爵家子息とコーリア国の令嬢との婚約はその為の保険と言える」
つまり、留美子姉上が宮女のままであればアインと問題無く婚約していたかもしれない。
そうなれば俺はコーリア国の令嬢との婚約を強要されなくて済んだということなのか。
······右子もアイン王子と以外の婚約の可能性ができる。
俺は生まれてから初めて、己の行いを悔やんだ。
宮家から公爵家の降格は、登紅子姉上の事件が大きいが、俺の起こした事件の数々も引っ括めての権野宮家の評価が関係しているからだ。
父は大人しくなった俺をみて満足した様子だ。
「とはいえ、留美子もあちらの貴族と結婚させる。ちょうど家庭教師に来てもらっていた有能な男がいてな」
「······シン•ユハンですね。留美子姉上の外国語教師の」
実はシン•ユハンは、アインが用意してくれた俺の偽りのコーリア国籍上で親戚に当たる。一応貴族の末端だと聞いている。
「そうだ。彼から打診があってな。留美子とアイン王子との婚姻が望めない限りは、認めようと思う」
何ということだ·········姉はコーリア国へ駆け落ち。下の姉はコーリア末端貴族と結婚。そして·······俺もコーリア国の貴族令嬢と結婚させるというのか?
というか、留美子姉上、絶対にあいつらアインに婚約を打診する前からできてたよな?
登紅子姉上の駆け落ちも、簡単に諦めてたし、父は姉上たちに甘すぎると思う。
権野宮家のコーリア国との関係が過多すぎる。
我が家だけ和平交渉し過ぎでは?
計り知れない程振り切れている父に、
俺は最早、ただ唸っていた。
父は俺のそんな様子を見て油断しきっている。
いつの間にか仏のような顔に変わり、大仰に述べる。
「しかし、まあ、右子殿下とアイン王子のご婚約がなれば、お前の婚約の意義も薄れるな。
········その時はこの決定を覆すことも、考えてやらないことはない。良かったな。好きな女と婚約できるかもな」
は?
何それ、究極の選択ってやつ?
俺の婚約か
右子の婚約か
どっちも俺にはダメだろ·······
父は言いたい事だけを言って俺を部屋の外へ追い出した。
勢いよく閉められたドアの外には、
呆けている俺だけが残った。
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