8話目 (前世の記憶) 逆さまの街 敦人side
夢から目覚めると、世界は逆さまだった。
天井は足元に、頭は床を向いていた。
敦人はベッドから上半身だけはみ出してベッドの端にぶら下がっていた。
何のことはない。逆さまなのは自分がベッドでひっくり返っているからだと、合点がいく。
帝宮のベッドは一般のより大きいし、大分高さがあると思う。普通はベッドに上る足置き台があるのだが、この部屋には無い。それどころか、この部屋にはこの大きなベッドと小さな文机と椅子しか置かれていない。
両手をバンザイした恰好でぶらぶらと揺らす。
逆さまに見える部屋を見渡す。
ぶら下がった頭は床に付かず、髪先だけが絨毯に届きそうに揺れていた。
「······最近起きるといつもこの態勢だ······」
いつかずり落ちて、頭を打った痛みで目を覚ましそうだ。
独り言ちて、首を右左にゴキュゴキュ鳴らしながら顔を洗いに洗面台へ向かう。
ここは帝宮内の座敷牢だから、朝の支度は全て自分でやらなければいけない。
前世は平民だったのでそんなことは気にしない。
今の状態は軟禁、というのだろうか、衣食住は完璧に用意され、本も数冊だが与えられている。罪人にしてはかなり快適だと思う。
座敷牢といえど、天井近くの高い位置に小さな窓はある。
おかげで日光の指し具合で朝か夜かだけは分かるようになっている。
あの日から何日たったのだろう。
今のこの状況は愚かな自分の暴走が原因だった。
包帯巻の嫌な女の顔を思い出す。
今やそれは泉が自然に湧き出るようにいつで思い出される顔となってしまった。
洗面台の鏡と睨めっこをする。
俺の瞳は今日も濁っている。
「······阻止しないと······」
独り言でも言っていないと気が狂いそうだ。
また、夜が来る。
ここに来てからずっと夢見が悪い。
夢の始まりは、崖から落下する男をただ遠くから眺めている。落ちて行く頭の下には真っ暗な奈落の底が澱んで待ち構えている。
その男が自分自身の落ちる姿だと気づくと、
眼前は勢いよく落下していく映像に切り替わる。
ぐんっと奈落の底が見えてくる。
あそこにあるのは何だろう。
暗闇の中に遠くぼんやり、高い塔が離れて二つ見える。
「浅草の十二階?」
この国で一番高い建物だ。
いや、違う。あれは······それよりずっと高層の建築物。
今の世界には無いもの。
『タワー』という言葉が浮かんでくる。
『タワー』と、
もう一つは『ツリー』···········
頭上に、逆さの街並の遠景が横たわっている。
ぼおっと仄暗かった街並が、ざっと、気の遠くなるくらいの無数の明かりの瞬きに変わり、一斉に目の前に飛び込んでくる。
ずんずんずんと東京のネオン群が眩しく近づいてくる。
街の喧騒が耳をガンガン鳴らす。
落下するーーー!!
俺は前世の東京に落下しているのだ。
そうだ、これはいつもの夢なんだ。
そうだ、
それなら
俺は今日も、あの街に姉の姿を探しに行こう。