88話目 右子は帰らない 保side
「右子帰ってこないんだけど」
父さんを夢に招致した。
「·······佐人。いや、保か。
私を夢に呼び寄せるなんて、また腕を上げたみたいだね」
ここは俺の夢の中なので真っ白で何もない空間だ。右子と違って自分としての記憶をほとんど持っていない空っぽな俺は、こういう時のイメージというものが無い。
「·············」
「ん?何か怒ってるわけじゃないよね?」
「右子帰ってこないんだけど」
もう一度言う。
「あれ?お前が迎えが必要だって言うから、八咫烏の学に頼んだんだけどな?
雪が凄かったみたいだけど大丈夫だった?」
「ああ。徳川公爵家の別荘に一晩泊まってから車で帰ったよ。学から連絡ないわけ?」
「無いな······八咫烏の学、前は右子の運転手だったけど、右子、車全然使わないからいつの間にか宮内省にリストラされちゃって。
この仕事を成功させれば再雇用すると言ったら喜んでいたのに失敗したのかな。というか右子大丈夫かな」
「今の宮内省は李鳥公爵家が掌握してるから李鳥公爵家の縁故がないとすぐクビになるって聞いてる。
しかも八咫烏と近衛師団ってたまに管轄が被るから仲悪いじゃない。近衛師団の親玉の奏史に潰されるんじゃない?······俺は元帝子だからお目溢しもらって、医局にいられてるけど。
今回の軽井沢の騒動は奏史に頼んで参加したけど、帰りは騙されたよな。右子を車に載せて行ったの十中八九、奏史だと思う」
「学、すぐ潰されるか········
右子は、まあ、奏史くんが一緒なら安心か」
「ダメでしょ、結婚前の娘なのに評判に関わるよ?早く連れ戻さないと。
そもそも宮内省って、帝族の直轄じゃなくて寧ろ監視機関だったんでしょ?
守るっていうより、帝族を見張ってるな〜って時あるよね。特に俺が執事やっている時は右子の外出の制限は酷かったよ。そりゃ運転手も使えないだろっていう」
「そんなんだったの?守ってくれてるとばかり思ってたよ。
権野宮家は早々に近衛師団を排除してたから、よけいに帝家に人員割いてたかもね。
で、その近衛師団がパワーアップしてるって話?」
「うん、そろそろ、叩かないといけないと思うわけ」
「ほんとに?それって帝子としての助言?次期徳川公爵の立場から言ってない?
もう帝家へ戻ってくる気はないんでしょ?」
国境と海域を守る徳川公爵家は軍事力は圧倒的で国内無双だ。
だけど、帝都に限っては影響力が少ない。
警察同様、近衛師団は邪魔な存在だ。最近は、近衛師団が帝居どころか東京市内で何をするにも出しゃばって来るようになった。
「もちろん。次期徳川公爵の立場から言ってる」
「本当にこの国は、どこも敵対していて仲悪いな〜」
父さんは頭を抱えた。
「········このぐらいの力がないとコーリア国はもちろん、李鳥公爵家や金原公爵家には対抗できない。俺は巨大な力を持つ徳川公爵家から離れるつもりはない」
「あーあ、皆、帝族から出てっちゃうんだよね·····」
それって、俺の事や右子の嫁入りや敦人の帝子剥奪を言ってる様だけれど、実は、宮から権野公爵になった王弟の事を言ってるのかなと何となく察する。
最愛の弟はいつも兄に離反しようとする。
どこか浮世離れした父さんは実弟のことしか興味がないくらいなのに、つくづく気の毒な事だ。
俺が帝家を出ることになったのはそもそもは病気のせいだけれど、敦人の場合は公爵子息になって右子と結婚したいのかもしれない。
あいつ、今までは右子と全く関わってこなかったくせに、今更どこでどうして恋に目覚めたというのか。
右子がミーシャと名乗っていたのは知っていたが、敦人と帝居を出た時は本当に驚いた。名を偽ったのも敦人の入れ知恵かもしれないな。
王弟にそっくりな敦人の顔が思い浮かぶ。
あいつ、帝太子になってそこら辺のお姫様だかお嬢様と結婚すればいいものを。
だけど敦人と右子は従姉弟で血が近すぎる。血の近しい王弟のいる公爵家とわざわざ婚姻を結ぶ政略的なメリットも皆無だ。
今の右子の婚約候補者の筆頭は、コーリア国第2王子アインだろう。彼なら王族同志で立場も釣り合うし、経済的な援助もある。
そして、互いの国内には王族同志の婚姻で『超常の病』と『稀の力』が強固なものになると信じる者達がいるらしく、アイン王子と右子の婚姻を強く推す宗教的な勢力があるという。
俺は、今世では右子の『兄』だから、右子と結婚も何もあり得ないし、別にそういうのはどうでもいいけれど、
俺が前世では右子の何者だったのか、それだけがとても気にかかっていた。
右子の記憶の中で俺はどんな存在だろう?
それだけが一番大事な輝く宝石の様に思える。
膨大な記憶が圧倒してひしめく右子の頭の中では、おそらくはちっぽけな石粒だろうとは思うけれど。
父さんはブツブツ言ってるが、俺は聞き流す。
それぞれ俺の夢の中で勝手にブツブツ喋っている状態になっている。
「あーあ、要は奏史の右子への想いの成分は、ほぼほぼ庇護欲なんだよな··········昔から怖いよ。なんか臣下を超えてるっていうか、どこから来るんだろう?あのパワーは······」
いつの間にか、父は俺の顔を眺めていてギョッとする。
「君たちは本当に前世から来たんだね」
と言った。
「君たち?俺と右子の事?」
「··········お前は昔から右子の事ばかりだな。
本当に、残念なくらい、俺にそっくりだよ」
少し悲しそうに見える父の表情。
俺は父さんから見ても父さんに似ているらしい。
残念って何だよ。
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