84話目 (前世の記憶) 雪景色遭難(3) 遠野牧師side
「右月ちゃーん!」
「かわいーー!」
アイドルのイベントのような悪夢の説話会が始まった。
右月ちゃんはそれに怯むでもなく、手を振って応じるでもなく、かといって迷惑そうに睨むでもなく、何もないように平静にしている。
そして、先ほどの事件も彼女自身にとっては何でもない事だったような印象で、それが私には信じられない。
私は思うところがあった。
今までこの状況を放置していた自分は愚か者だと思う。
一般人のただの中学生である彼女がこんなに目立つのは不自然なことだったのに。先ほど狙われたのは十中八九ストーカーというやつの仕業だろう。
何が、皆様が神へ近づくほんのきっかけになれば、だ。
百害あって一利なし。
私は自己欺瞞の塊だった。
ナレーションは今、私を紹介している。私の説話の時間が来る。
大きく息を吐いた。
「···········神は死に絶え、神の国は閉じられた」
会場内は一斉に静まり返った。
私は酷く冷酷な気持ちになる。
「帰れクソガキども。
子供の女の尻を追いかけて、大雪の中こんなところまで来るんじゃない。さっさと帰れ」
私がそう冷たく言い放つと、
キャーと、会場後方から悲鳴が聞こえた。
見れば女性方方が悲鳴を上げて悶えている姿が見える。誰か卒倒したぞ!というような騒ぐ声も聞こえる。
急に下世話な暴言を放った牧師の毒気に当てられたのかもしれない。
男ばかりだと思っていたが、後方に女性が結構いる。右月ちゃんのファンに押されて前に来られないのだろう。
「朝斗、すまないが」
朝斗は首を竦めて溜息をついたが、後方女性陣へ介抱へ向かう。
見たくないけど、脇に控えている右月ちゃんの方を横目で見る。
右月ちゃんは··········
大きな瞳に涙を潤ませながら手を合わせている。
やはり神を見つめるような目で、私を見つめていた。
やめてくれ。
この会場の憐れな羊たちを導くこともできない私は、
神どころか、きっと牧師ですらない。
紛れもないただの愚かな人間だった。
その後は、これ以上の騒ぎがあってはと考え直し、普通に説話を続けて終わった。
怒鳴ったのが良かったのか、誰も彼もが大人しく聞いている。
右月ちゃんが瞳を潤ませながら手を合わせている様子を見て、彼女のファンらしき輩はすっかり昇天して、神を信じかけている。
後方に固まっていた呆けた女性陣は、今は始まった賛美歌にうっとりと聴き入っている。
紛れもない『尊い』の時間。
私は予想外の大盛況に、立ち眩みがするのだった。
「これからは、教会にお手伝いは来なくていいです」
そう伝えて顔を反らしたが、右月ちゃんが泣きそうなのが伝わってくる。
私は、どうしてこんなにイライラしているのかは分からない。ただ、こちらの教会に直接右月ちゃんに会いに来るような輩もいるので本当に、仕方ないのだ。
私は自分に絶望していた。
恐らくは、目の前で守るべき子供が攫われて、大人という矜持が傷つけられたのだろう。
何もできなかったのは自分のせいなのに、自分勝手なものだ。
もし、右月ちゃんが無事でなかったら今私はこうしてはいられるだろうか?
いられるはずがない。
「ちょっと前からかな、この辺も物騒になってきたんだ」
朝斗が言うには、この界隈で不審者が続出しているという。
「右月の関係かは分からないけど······敦忠も心配してて、施設長に相談して警察に注意してもらうように話してもらったそうなんだ。だけど警察って事件が起きないと動かないみたいで」
「それじゃあ、遅い、遅すぎるな」
朝斗が頷いた。
私たちは周囲を見回り自警するシフトを組んだ。どうやら、他にも信頼のおけるメンバーとで自警団のようなものを既に行ってきたというから、そこに私も入れてもらう。
我が息子ながらできる奴と感心する。
後は右月ちゃんを一人にしないことだ。
それも、あの朝斗の右月ちゃんへの纏わりつきの理由かと思い、またまた感心する。
いやでも、どちらにせよ纏わりつく気はするが。
「ところで、右月ちゃんはなぜあの時あんなにも早く解放されたんだ?抵抗したと言っていたけど」
「右月は··········光るんだよな」
「ん?」
「目眩ましの術ってやつが使えるんだ」
「なんだ?それ·······?」
朝斗は、話しにくそうに、もっと知らない右月ちゃんの不思議な話をしてくれた。
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