71話目 わたしは昇降ガール(2) 右子side
「うわーっ!凄いいい眺めだよー!!」
12階のバルコニーからアイン王子のはしゃいだ声が聞こえる。
私はこの清々しいはずの光景に背を向けた。
私のいる10階の室内まで、戸から強風が吹き込んで、頬に纏わりつき、奈落を見ないかと誘いに来る。
そんなに高所じゃないはずなのに、この時代は一帯が低い建物ばかりなのでうっかり油断すると地平線が見えてしまいそうだ。
血の気が失せる。
見ると敦人も加わって、私達二人は部屋の真ん中にしゃがみ込みんでいた。
そう、私達は高所恐怖症だったのだ。
「うぷ···········、これは前世関係してるだろ」
「だね、絶対アレだよね」
私と敦人は、前世、崖から落ちて絶命した壮絶な過去をもつ。なので、高所に恐怖を感じるのは当然かもしれない。けれど、この人生では高い所に登ることがまずなかったので自覚がなかったのだ。
ここに来たばかりの時は、私もはしゃいでいた。
凌雲閣は、ニホン国初の電動エレベーターや電灯電話設備などを備えた赤レンガが目に鮮やかなモダンでハイカラな建物だ。
展望室は10階から12階まで、そして12階には望遠鏡が備え付けられ、東京市内はもちろんのこと関八州の山々まで見渡せるとたちまち浅草の名物となった。周りの建物はせいぜい二階建ての低い木造家屋ばかりなので、12階でも十分高層なのだ。
チケットを持って建物の中に入ると、列は部屋の中央のエレベーターへと続いている。
エレベーターは8階までで、展望台まではそこから階段で登るらしい。
「わぁー本当にエレベーターだ!」
私はこの世界では始めてエレベーターに乗るのでちょっと興奮していた。
ゴオオオオン········ゴオオオン·········
音はけっこう大きくて煩い。
扉は蛇腹方式で、2方向から開く設計になっている。
重そうな扉は鉄の格子の柵で、まるで牢屋みたいだ。
昇降は昇降ガールによる手動式で、係の男の人がエレベーター室が到着する度にその扉を開閉してくれる。自動扉ではないのだ。
私達の番が来て乗り込む。他の客も数名乗ってくる。
エレベーターは動き出した。
グヮガコン!
かなり機械音が耳障りだ。
すごく揺れるので、隣にいる敦人に思わずしがみつく。
「そういえば、このエレベーター故障が多いって評判悪いんだよね····」
アイン王子が小声で呟く。
「え!?そうなの?」
ここまで音と揺れが多ければそれも納得だ。
そんな話を聞くと、一変して恐怖の乗り物になってしまう。
憧れのキレイな昇降ガールさんが、階数を告げハンドルを上げる。
1階ずつ止まるようだ。
「敦人、大丈夫?」
敦人は、黙ってしまった。顔色が悪い。
こんなにガクガク揺れるのだから気分が悪くなっても無理もない。その時はそう思ったが、今思えば、敦人の方が高所恐怖症は重症だったのだろう。
とはいえ、あまりの揺れにアイン王子も口を噤んでいる。
「あ、あともう少しだからね·······」
まだ4階だ。こんなに8階までが遠く感じるなんて信じられない。
5階·········ガクンッ6階··········ガクガクンッ
揺れる······平静な昇降ガールさん尊敬します。
····7階··········ガクンッ8階!ガクガク
ようやく到着して、私達は外へ駆け出る。
敦人は胸を上下させて、激しく呼吸を繰り返す。
「大丈夫········?」
後は展望室まで2階分階段で登るんだけど、
敦人は休憩したほうが良さそうだ。
「だっっ、大丈夫だ!」
無理して登ると言い張るけれど、本当に大丈夫だろうか。
「うわーっ!凄いいい眺め!!」
アイン王子は12階のバルコニーから景色を満喫したようだ。
冒頭に戻るが、
奈落から吹き上げる風を受けて、私は一気に血の気が失せ、敦人と10階の部屋の真ん中で震えることになってしまった。
兎にも角にも用事は終わり、下へ降りないといけない。
「ごめん·········俺、パス···········」
敦人は口を抑えている。階段で降りるという。
ゆっくりそろそろと降りて行ってしまった。
アイン王子は平気そうなので、私達はせっかくだからとエレベーターで降りることにする。
私とアイン王子が8階のエレベーター入口に立った時
突然、『浅草の十二階』が、大きく揺れた。
私達は正にエレベーターに乗り込むところで、バランスを失い、後ろの客にも押されて、
エレベーター室内になだれ込んだ。
「あいたぁ·······」
「大丈夫?ミーシャ」
咄嗟に床に手をついた。
振り返ると、弾みで格子状のドアが既に閉まっている。
地震だったようだ。
ちょうど高い所にいたから激しく感じたが、実際はそんなに揺れていないのかもしれない。
階段で降りた敦人は大丈夫だろうか。
「あれっ開かない!」
アイン王子が叫ぶ。蛇腹状のドアはなかなか開かない。
見るとアイン王子の護衛も昇降ガールさんもエレベーター室内の外にいるではないか。
皆で開けようとするが、コツがいるようで中々開かない。地震の混乱でか、ドアを開閉する男性従業員がいない。
ブーーン
モーター音がして、エレベーターは動き出した。
室内には他にも客が1人巻き込まれて乗っていた。
「どうして!?動き出しちゃった」
「落ち着いて。従業員が止めてくれるのを待とう」
私はエレベーターのハンドルに駆け寄るが、操作方法は当然分からない。
簡単そうに見えたのは間違いだったと反省する。
「えっと、きっと下に降りる時はハンドルを下に、上に登るときは上よね」
私はハンドルが下に下がっているのを確認する。
地震のときに何かのはずみで下がって動き出したのかもしれない。
「動かせる?とにかく、次の階で止めて降りようか」
「そ、そうね」
私がハンドルを真ん中に戻そうとすると、
「アイン!ご覚悟っっ」
不意に、ずっと顔を伏せていた同乗する客が襲ってきたのだ。
エレベーター内に刀のこすれ合う音が響いた。
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