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5話目 公爵家の事情 奏史side

年齢を一応、ここで正確に····

現時点で、

登紅子 18歳

奏史 16歳

留美子 14歳

敦人&右子 12歳


あの日、右子(みぎこ)殿下の顔が包帯で隠れていたのは僥倖だった。


彼女の稀有な美しさは尋常ではなく人を惹きつける。

漆黒の髪は漆のように艷やかで毛先まで美しい。

白すぎる陶磁のようにきめ細やかな肌。

その立ち姿は、か細く可憐で嫋やかである。

極めつけは大きな紺色の瞳で、黒く長い睫毛にびっしりと縁取られている。常に水々しく潤んだ瞳の中には夜の星々がスパークしたかのように、震え瞬き、幾つもの小さな煌きを細やかに湛えている。


一度目が合えば誰でも忽ち虜になってしまうだろう。この美しい瞳こそ、包帯で隠さなくてはいけないのではないか。


隠していない所だけでこんなに魅力が溢れ出てしまっているのだ。彼女の類稀な存在は如実に美しさの正解を謳い続けている。

これで齢12歳だというのだから恐ろしい。これから成長すればどうなってしまうのだろうか、考えたくもない。


例え婚約しても、彼女はいつも余すことなく他の輩の関心を集めてしまうだろう。

それが堪らなく嫌だった。

眩しい光は、包帯でどう幾重に巻いたところで、隙間から漏れ出してしまう。


それでも婚約者の立場で思えば、彼女のたった一欠片でも隠し通せているのは幸いだと思えた。




右子殿下がこの世に生を受けてから年月が過ぎ、あの時は彼女は2歳。

公爵である父に同行して帝居の庭園で会ったのが彼女との初対面だった。私は9歳の少年だった。

肌の疾患で包帯で全身巻かれた彼女を見てあまりの痛々しさに目を背けずにはいられなかった。

だが、それも一時のこと、実際には身体は健康そのものなのに気づくと私は安堵して態度を改めた。


歩くのが楽しいのだろう、元気に歩き回る彼女が心配で後を追うと、きゃあと歓声をあげて笑う。

庭園は春真っ盛り。花は咲き乱れて眩しい光が満ちていた。草花は太陽の光を乱反射して輝く。

彼女は光に包まれて笑い声をあげる。

私は、眩しくて目を細めた。


父は言った。

彼女が間違いなくこの国で最も高貴な女性であると。

確かに、それはどうあっても変わることのない真理だった。




その右子殿下との初対面の年、私は帝国学校生だった。

帝国学校は国の補助金と貴族の寄付金で運営している為、帝族と貴族の子女が優先して入学し、それで定員が埋まってしまう。平民が通うことは殆ど無い。

帝族はそもそも数が少なくて、帝家の他に帝弟の宮家が一つだけ。

当時は宮家の姉妹殿下が二人のみ通っていた。

現在、帝弟殿下は新設の公爵の爵位を賜わる予定で、そうなればご一家は帝族籍から貴族籍に降りることになる。


彼女たちは低学年の頃から大変に美しく『美女姉妹殿下』として名を馳せていた。

下の妹は留美子(るみこ)という名。

上の姉の名は登紅子(ときこ)私より2歳上の学年だ。

登紅子殿下は優美で穏やかな人格だ。

生徒会で一緒になったこともあるので結構話す機会はあったが、彼女には留美子殿下以外にも6歳下の敦人(あつと)という名の弟殿下がいるという。

思わず同じ年齢の右子殿下を思い出してしまう。私は右子殿下を妹のように身近に感じていると気づく。

畏れ多い事だ。

そういえば、二人は生まれた日も同じはずだ。帝と帝弟の子が同じ日に産まれるとは、数奇なものである。



低学年の私に公爵である父から課せられた責務は、近衛騎士団への入団だった。

李鳥公爵家は代々近衛師団の組織運営を任じられている。

将来公爵家を担う私は近衛師団の内部に入って一従士から始め、実績を積み重ねて階級を昇進し上り詰めなければ適正能力を認められない。

その為、学校での思い出より近衛師団で鍛錬に明け暮れた記憶の方が遥かに多い。


それでも公爵を継ぐ者として勉学を疎かにするわけにはいかない。私は次期公爵に相応しくあるため、寝食を削り、学業にも打ち込んだ。それこそ血が滲むような日々で、幼い身で時には体調を崩して寝込むこともあった。

しかし高学年になると、ようやく要領を覚え、上手に時間をやり繰りできるようになってきた。すると過度の疲労で止まっていた身長もぐんと伸び、肌艶も良く容姿も整ってきた。


四季の折々に設けられた帝皇后両陛下と李鳥公爵家夫妻とのお茶会には右子殿下も必ず同行されていて、右子殿下は劇変した私の様子に驚いたようなことを仰った。


『お兄様、立派になられましたね。』


大人が子供に言うような感想で苦笑してしまうが、殿下に注目して頂いたのが嬉しくて、柄にもなく凄く照れてしまったのを覚えている。


公爵である父は、右子殿下の婚約者に私を据えるよう動くつもりのようだった。国内で帝女の相手として身分が相応しいのは公爵家嫡男ぐらいなので、降嫁を願うのはごく当然のことだ。

しかし、貴族の政情によっては侯爵·伯爵家まで格を落として降嫁する可能性もある。勢力を強め不穏な動きをする家にこそ、牽制し取りこむのに政略結婚は効果的な手法だ。

一概に身分が全てではないので、なかなか先行きを見通せない。ご降嫁賜るまでの道のりは長期戦といえた。


おまけに長い歴史の中で女帝の特例もあることから、近々、帝太女が認められる法が正式に改正されるかもしれないという噂まである。

法で認められ女帝が誕生すれば配偶者の男性は帝配と呼ばれ、女帝に準ずる地位になる。

帝配候補者の地位を求めてまた情勢が一変してしまうだろう。


しかし帝配を狙うなら、帝家と血を脈々と繋げている公爵家は断然有利になる。帝より女帝の時の方が相手側に帝族との血脈の濃さを求められるからだ。

この国では男系が尊ばれ、女帝の子は帝太子に据えられない慣わしだ。

しかし、帝族と血の繋がりの濃い家の男子との間の子であれば、女帝の実子を次の帝太子に据えることも認められると唱える者もいる。前例が無いため有識者会議を経て後、法整備を検討する段階ではあるが。


帝族である宮家が帝弟の一家しかない中、公爵家は帝子を養子に賜ることもあるぐらい帝家の血を濃く受け継いでいる。

他の貴族は他家からの養子で家を継ぐことが認められているが、公爵家は帝族から賜った男系の血の断絶があれば、直ちに降爵が決まっている。これは公爵家の数が少ない理由の一つとなっている。

実際にこれで侯爵に落とされた家が幾つかある。

公爵家は帝族の血のスペアとして機能している。


但し、せっかく優秀に育て上げた嫡男を外に出すのは家としてもダメージが大きい。公爵家が崩れてしまっては元も子もないからだ。

そのため、どの公爵家もスペアを含め二人以上の当主の子息に後継教育を施すのが普通である。

帝配を輩出できれば、一家の弥栄は保証され帝族に追随する力を得るだろう。


帝太女の制度は公爵家にとって魅力的だ。

万が一にも、右子殿下が帝太女に決まれば、帝配候補をめぐりどの公爵家も血みどろの争いに突入することは想像に難くない。


今は敦人殿下の帝太子就任がほぼ決まり、右子殿下のご降嫁が見込まれ、お二人の婚約者候補が絞られて始めている。


ただ、この状況で女帝容認の法改正があれば、まだまだ状況は変化すると睨んでいる貴族たちもいるようで、油断はできない。


右でも左でもいい、早く次の一手を打ちたい。


それがこの国の全ての貴族の、ごくごく自分勝手な願いだった。


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