50話目 オホーツク海沖で起きたこと 右子side
前世の日本が怪しいことになっています·····
場所を移して、私達は銀座の『カフェー•プランタン』というお店で珈琲を啜っている。
同行したがる悪者達は丁重にお帰りいただいた。
「何これ苦ッッ!
やっぱりオレンジジュースにすればよかった。
失敗した〜!」
「何言ってるんだ、オレンジジュースなんてまだ一般的じゃないからメニューにないぞ?
砂糖とミルクを入れれば飲めるだろう。残すなよ·········」
敦人がちょうど自分のカップに投入したので、そのまま私のコーヒーカップに砂糖とミルクを入れてスプーンでかき混ぜてくれる。
私達の遣り取りをずっと眺めていたアイン王子が口を開く。
「フーン、君達は恋人ってわけじゃあ無さそうですね。なるほど」
「こっ恋人などと·······!俺達は子供だからして、」
敦人が慌てて否定する。
「本当に仲がいいですよネ!ミーシャさんと、えっと敦人でしたね。
でも二人は『きょうだい』って感じだ」
「ああ!?」
敦人は否定したくせに憤慨しているけれど、鋭いなこの王子は。
まさに姉弟だしね。前世も今世でも。
私はウンウン頷いた。
「で?君達も前世を覚えていると言いましたか?」
「あ、ああ。俺達は日本という国で暮らしていた。ミーシャは俺の姉だったんだ」
「ヘェ!本当に姉弟だったんですね·····!」
「カイン王子は何処に住んでたの?同じ世界なのかしら?」
「私は日本のお隣のK国に住んでいました。話を聞く限りは同じ世界のようですよ」
私と敦人は歓声を上げる。
「すごい!本当に!?」
「K国なら、俺も途中から住んでたぞ!」
「そうなんですか?いつから?どこの街に住んでたんですか?近くかな」
「S市だよ。短かったけどな。日本で震災が起きてから戻ったんだ········」
途中まで言いかけて敦人はハッとしたように口を噤んだ。
「えっ!?し、震災!?
地震?起きたっけ?」
「え?覚えてないのか?
日本の半分が壊滅状態になった『オホーツク海沖大地震』を?」
「な、何それ覚えてない······私、高校生ぐらいまでの記憶しかないのよ。しかも朧げで」
「フーン·······僕が死んだのはその地震の4年後ですね」
「俺もそれからたぶん4年後だ·······ミーシャもな」
皆、静かになる。
亡くなった時の事を思い出しているのか。
とりあえず、震災で亡くなったわけではないようだけど、私達は同じ時期に亡くなったということ?
「だけど、ミーシャ。高校生までって、さすがに忘れ過ぎだろ?卒業して就職もしてたのに」
「えっっそうなんだ!?
私ってつくづく忘れっぽいんだよね〜。えっじゃあ私、結婚は!?できたの!?」
「できたのって」
アイン王子がハハッと笑った。
「······できたよ」
「へぇー!すごいっ!誰と?敦忠の知ってる人?」
「······知らない人」
「··········そうなんだ?」
あれ?空気がおかしい。
テンションがだだ下がりの敦人に気づいて、私もクールダウンしてしまう。
嫌な予感しかない。
私ロクでもない人と結婚したとか!?
私は残りの、ミルクと砂糖を入れた珈琲を飲み干す。
気まずい沈黙が、苦い珈琲と共にテーブルを支配する。
「まあ、積もる話は後にして、これからの話をしましょうか?」
アイン王子が空気を変えてくれてホッとする。
敦人は、何をしでかすか分からないタイプだから、気を使うわ。
「で、君たちは脱獄して帝居から逃げて来たってことでいいですか??」
「ええと、まあ、そうです」
私は敦人の方を見ると頷いたので、私が話せばいいということらしい。
「で、君たちの潜伏先は何処ですか?」
「いや·······ちょっとそれは話せなくて。
先方の事情もありますので」
実は、なんと私と敦人は金原公爵第二夫人のご生家で厄介になっているのだ。
金原宮 明燈夫人は私の前任の家庭教師、根津生先生の実母だ。
第二夫人といえば聞こえはいいがこの国では重婚は認められていない為、正式な妻ではなく要は妾だ。
夫人は平民出身なので、公爵家では形見が狭く一悶着あった後に、今は街の外れの実家に戻って暮らしている。
今は金原公爵家とは疎遠になっているらしい。
家を見れば、夫人の暮らし向きはとても平凡だった。
私と夫人は街へ買い物へ来ている時に偶然会ったのだ。
夫人は元々私に好意的だったのもあり、とても心配してくれた。
私は夫人の差し出してくれた両手を握りながら、
『暫くでいいので、泊めて下さい。········私達、何処にも行く宛がなくて』
私がそう心細くつぶやくと、
『こんなにお小さな身の上で可哀想に!』
夫人はがっと両手に力を込めて、快く宿をかしてくれると申し出てくれた。
ちょっぴり心配だったので、つい私の『病の力』を使ってしまったのは内緒だ。
敦人がかなりのお金を持って来ていたけれど、子供だけで泊まる所を探すのはこの街では危険だ。
地獄に仏だ。
いや違うわね、
平民の暮らしを体験できて内心はわくわくしているのだから。
シネマスコープ館でシネマを観たり、
カフェーで珈琲を啜ったり、
そんなことは帝女のままだったら一切できなかった。
敦人は、外国人とはいえ平民のミーシャが街に知り合いがいる事にそう疑問は感じなかったようで、夫人の家に身を置くことに異論はないようだ。
でも、金原公爵第二夫人だと知ったら意見も変わるかもね。
夫人は平民出身だけあって、気さくで裏表のない本当に良い人なのだけれど、あの金原公爵家と繫がりは全く無いという訳ではないので用心しないといけない。夫人にもこれ以上迷惑がかからないうちにここを出ないといけない。
「そんなに長くは居られないのよね」
私は溜息をつく。
アイン王子の目がキラリと光った。
「そんな寄る辺ない小枝のような身の上の貴方達に!!
とても素敵な提案が!!!」
「「?」」
何か怪しい!
「フフフ、················帝国学校に興味ありませんか?」
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