4話目 後は若い人たちで 右子side
「こうしてゆっくりお話できるのはお久しぶりですね。お元気でしたか?」
晩秋の低い日差しが眩しい庭園で、奏史様は優雅で神々しい雰囲気を纏っている。
私達は、お見合い定番の『ホホホ、後は若い人たちで〜』『庭でも案内してもらいなさい』の指示を受け、公爵家が誇る巨大庭園を歩いていた。
「はい!肌の調子は悪いのですが、他の体調は良いです。奏史様は最近のご調子は如何ですか?」
そう言うと、私は包帯の内側から奏史様を見た。
「今、嬉しいことがありましたよ。あなたと婚約することができるのは、とても嬉しいことですから。」
奏史は悠然とにっこり笑って、榛色の瞳を緩ませた。
「なっ」
なぁ!? ちょ、調子いいな!
児童を前にして、さすがの余裕!
前世の記憶を持ってしても、この規格外な青年へ、12歳の女子児童としてどう返すのが正解なのか、さっぱり分からない。
前世の18歳を足すと完全に20歳過ぎている私。
それなのに、もはや私の心は大人でもなんでもない。
今世でもイケメンに弱いのを再確認しつつ、
とりあえず恥ずかしいので俯いておこう。
はぁ、何やってもリアル包帯顔面少女なのがイタい。
「······やっぱり、今日はお見合い、なんですね······」
「······知らなかったのですか?」
奏史様はびっくりした顔で覗き込んできた。顔は包帯しかないので、表情は無いですよ。
奏史様がびっくりするのも当然だ。本人に知らせないお見合いなんて、本人の意思を全く無視した横暴なやり方だと思う。
まあお見合いだと知っていたら、包帯のこともあるし私は拒否したかもしれないけれど。
「ええ、知りませんでした。」
「············まあ、婚約は実は本決まりではないですからね。今日は顔合わせだけです。でも、右子殿下のお顔を拝見できただけでも私は幸せなんですよ。」
奏史は今度は照れたように笑った。
えええー!?お顔?一切見れてないじゃん!
そんな、照れてはにかんじゃったら、嫌味なのか一周回って本気なのか全然分かんない。
彼は何なの?の、乗り気なの!?
イヤイヤ本決まりじゃないって言った!なので彼も気持ち的に余裕があって、きっと、社交力を発揮してるだけで。
私の湿疹の治癒のタイミングを待っていたら日程が遅れてしまう。超多忙な両親はスケジュール変更を恐れて、私に知らせなかったのかもしれない。
元々顔見知りの私達に、この顔合わせは重要なイベントではない。
ただ対外的に形式として必要なものだったのだろう。
まあ、いいや。
婚約はいつかするものだし。
うんうん
寧ろ本決まりでも全然いいし。
相手も、の、乗り気(?)だし。
帝族と公爵家。家同士で考えれば、
まさに安定の理想的な婚約だよね。
ただ、今は早く帰って、とにかく一人になって、すみっこに籠もりたい··········
これ以上のストレスはお肌に大変よろしくないと思うのだ。
いつしか会話も途切れて無言になってしまう。
庭園からお屋敷の中に戻ろうと提案しかけた時、
奏史様は爆弾発言をした。
「······貴女はこれから数名の候補者と引き合わせられるのではないでしょうか。」
私は固まってしまった。
数名、という言葉に自分の背筋が凍っていくのを感じる。今回みたいなことがまだあるってこと?
本決まりでないのは安心したけれど、本決まりじゃないのがいっぱいあるのは勘弁してほしい。
「す、数名ですか?なぜ?」
なぜそう思うのだろう、彼はいい加減なことは言わないと思うのに。
「右子殿下は敦人殿下とお会いしたでしょう?」
敦人殿下?
「え、ええ、つい最近。お聞き及びでしょうが、彼は帝の元に養子に入ったので。」
奏史様はちょっと溜め息をついた。無表情である。
「彼が帝太子になる。それと同時に、保留になっていた貴女の未来の指針が定まってきたということではないでしょうか。」
「·········」
「これは、ただの憶測を申しました。大変失礼いたしました。」
帝の唯一人の子である私を、女ではあるが帝太女に据えようとする勢力があるのは知っている。
だけどそれは、帝太女になるということは、いずれ帝になるということで。
一般庶民の前世の記憶を持つ自分には尚更有り得ないというか、荒唐無稽な空言にしか思えなかった。
敦人が帝太子に決まれば私は帝太女になることはなく、他へ降嫁することが自ずと決まってくる。
それならば早く相手を見つけ安定させよう。
私を帝太女に据えたい勢力を押さえつけるために。
父にすれば、そういう狙いだろうか。
父は私に帝太女などという重責を負わせたくないのかもしれない。
本格的に嫁出し計画が動き出した。
まだ12歳なのに、何この急展開。
この世界の常識について行けない。
ああ、
売り出しセールに出品されるみたいで嫌だよぉ。
私はぶるぶる震えた。