39話目 (一年前) 忘れられた帝子(3) 奏史side
久々に奏史視点。
「アイン王子に関する記憶は右子様の頭の中から全て消し去ってくれ」
我ながら懇願するような声だった。
「奏史·······あんた、今まで何やってたの?」
三日締 保 が右手をひらひら振りながら、馬鹿にしたように聞いてくる。
彼はいつでもこんな調子なので、私は腹を立てないように心がけている。
私が半蔵門に着き、門兵から右子様の脱走の事実を知らされていた、まさにその時、
その当の本人の右子様が意識不明の状態で保に抱かれ門内へと戻ってきた。
心臓が止まるかと思った。
あの日はただでさえ権野宮邸の火事の報告で宮内省をはじめ近衛師団も混乱状態だった。
私は最初、山洞御所の本部で近衛師団の指揮を取っていたものの、右子様に付けていた近衛騎士の報告が矢継ぎ早に届くので居ても立っても居られなかった。
後から来た弟の公爵家次男に本部の情報統制は任せ、火事の現場へと急いだ。
右子様に多くの近衛兵を付けているので報告はその後も細かく届くものと思ったのだが、それ以降は他に派遣された兵からのおかしな報告ばかりが届いた。
火事の現場に行っても右子様はいなかった。
あの日はみんなが奇妙な行動を取っていた。
他の建築物でも火の手があがったとか、帝居の森で竜巻が起き兵士達が巻き込まれているだとか、濠が埋められて他国から兵が攻めてきたなんていう頓珍漢だが妙に具体的な情報ばかりが集まる。
どう考えても誰かが意図的に流したものだろう。
しかし、右子様に付けた近衛兵達からは何の音沙汰も無かった。
だが、半蔵門が何者かに突破されたと聞いた時、私はこの情報だけは聞き流さなかった。
あの門にはあの男が······いる。
あの男がいる所に右子様ありだ。
いや、右子様がいる所にあの男がいるのだ。
忘れられた帝子。
紛れもない帝の第一王子なのに、この国の誰も彼もが忘れている。不思議な帝子。
彼は生まれてすぐ母に忘れられたと言う。
父である帝ですら、対面して顔を合わせた時しか思い出すことが出来ないらしい。
『病の力』は帝族同士には、それも本人より高位の者にはかかり難いというから、彼の力は帝に匹敵するということになるだろう。
私が初めて彼を覚える事になったのは、恐らく彼が右子様の周囲にいつも居続けるからだろう。
その度に執拗に正体を探っていた私に諦めて記憶を残す施術を施すようになったらしい。
探られると彼の預けられ先に迷惑がかかる為だそうだ。
彼は様々に立場を変えて、常に親しげに右子様の傍らにいた。
勿論、私も右子様に執着している一人なので彼とは随分話も合うのだが、彼は根本的に私とは違った。
『妹狂い』とでも言うべきなのか?
明らかに異常なのだ。
『保』という名は、最初に侯爵家へ養子に入った時に付けられた名らしい。
彼は帝太子の資格が不十分だと見なされ、公に出生を明かされぬまま他家へ養子に出された。
帝太子が人から忘れられて良いはずがなくやむ無い判断なのだろう。
その後、忘れられる子供がどんな家であろうとも長く居つける訳がなく、幾つか高位貴族の家を転々としたらしい。
今では『病の力』を制御できるので他人や右子様が自分を忘れないようにして普通に暮らせるはずなのだが·········保はそうはしない。
敢えて、忘れられ放題は続いている。
右子様も保をいつしか忘れてしまうが、そのままにされる。
力の相性が良いから一緒にいると言っていたが、
やはり右子様との色々な関係性を楽しんでいるように思えてならない。
いや、他にも理由が有るのかもしれないが。
「で、アイン王子の記憶を消すんだよな。オッケー!
あ、ついでに奏史が今回役立たずだった記憶も消しておく?」
存外に仲の良い私達は、
現在は権野宮邸での火事の処理を終えて、右子様が休んでいる山洞御所医務室に来ている。
保は意識の無い右子様の頭をずっと掴んでいる。
彼女が痛くないか心配だ。
「その代わりさ、頼みたいことがあるんだけど。」
役立たずでも何でも、1ミリだって右子様に忘れられるのはごめんだ。
「止めてくれ、右子様の記憶を人質に取るのは」
好きな人に忘れられるとはどういった気持ちなのだろうか?
しかし保はそれを毎回平然と耐えていたのだ。
「変態め」
本当にこいつは異常で、
·············どうしてか、いつも楽しそうだ。





