34話目 (一年前) 血みどろサンタ 右子side
「右子様、どちらへ行かれるんですか!?」
夕方の風が吹いている。
私は今、緊張の一歩を踏みしめた。
私の全身体は長年の憧れであった門の外へ出ていた。
今、この時に突然、こんなチャンスが訪れるとは思ってもみなかった。
グロッキー保くんは今回ばかりは邪魔できない。
「右子様!!お止めください!!」
槇田くんが必死で止める。
「いいえ、行くわ。まだ登紅子様が近くにいるかもしれないじゃない!?」
私は走り出した。
「お戻りください!!お父様に言いつけますよ!!!」
調子に乗った私は止められない。
そういえば、父である帝にも私の力が効かないのだった。
と考えると確かに私を止められるのは帝くらいかもしれない。
反抗期に私の力が使えないのは残念だ。
門を出ても森のままなので、とんでもない田舎の森の道が続いている。
夕焼けが木々の上に滲んで私を照らしている。
もっと走ると離れた場所に白い教会が見える。
私は驚いた。
こんな帝居の目と鼻の先に、教会があるとは思わなかった。鐘つき塔のある教会でとても目立つ建物だ。
教会なんてこのニホン国ではとても珍しい。
たぶんキリスト教に似ている『サンタ聖教会』の教会なのだと思うけれど········
その教会はこじんまりとしているが白壁に緑青のドーム屋根が美しい。ロチア風の建築様式を思わせ丁寧に趣向が凝らされているのが見て取れる。
どう見ても昨日今日建てられたものではないと分かる。
ふと、森を背景にそびえ立つ八角形の鐘塔に吊るされた鐘の音が突然響いた。
ガンガンガンガンガンガンガン ガンガンガンガンガン
頭が割れそうだ。
私は不穏に揺れる胸を抑えた。
「こんな所に教会があるなんて··········」
「これは驚いた。この国に『教会』について知っている者がいるとは!
これは、北の大国ロチア帝国から伝わってきた『サンタ聖教会』の寺院で、我々はこの寺院のことを『復活教会』と呼んでいます」
左斜め後ろから声がする。
振り返ると、恰幅の良い白髭を生やしてニコニコしている中年男性が、槇田くんに制止されている。
「······あなたは?」
「この教会の神父でニコライと申します。遥かロチアより尊い神の教えを広めるため参りました。この国ではまだまだ馴染みのない神の教えです。今後お見知り置きを。」
教会はこの国では本当に馴染みが少ない。
ニホン国では国教は特に定められていないとはいえ、帝族は神話の神々を祖とする神の系譜の一族であるとされている。
宮中祭祀は歴代の帝が引き継いできた。
この『ニホン神話』を宗教と位置づけるならば帝族にとって他の宗教は全て異教となる。
この神の系譜は『超常の病』となって血の正統性を証明し続け、帝をこのニホン国の国家元首たらしめる根拠となっている。
とはいえ、実際は帝族であっても他の宗教を信仰してきた例は多く、特に『ブッダ経教』(前世の仏教に近い)はその経典内容や学問体系がニホン国の文化と深く関わり合っている。
近年では欧化政策により文化と一緒に西方の宗教を取り入れる動きもあり、方角は北と違えど『サンタ聖教会』の誘致も行なわれているのかもしれない。
と、まあ面倒な話は置いておいて
神父の勧めで私は教会の中を見学することになった。
護衛は殺気を隠した槇田くんがついて来てくれる。
他の近衛兵たちは教会の外で待機する。
内部は前世のキリスト教正教会の聖堂と似た雰囲気だった。
プロテスタントとは教派違いではあるけれど、教会は私の育った施設の隣だったので厳かな空間に慣れた私。
意外にも懐かしいと思ってしまう。
だけど、聖堂の内陣の奥の中央に燦然と飾られた十字架に磔にされているのは、
···········真っ赤の、サンタクロース!?
「サンタ•クロース•ハリストス様は、皆の贖罪を背負い当時の悪しき執政者に磔刑にされました。お体とお洋服が赤いのはその時流された聖なる血でございます。」
ニコライ神父は優しく教えてくれるけれど。
うん、サンタの赤い服、マジの血みどろでした。
いや、そもそも磔にされた人をど真ん中に飾るの自体、前世でも個人的には引いてたけどね!
しかも神の子がサンタで、血みどろってどうなんだろう?
子供は泣いちゃうよね·······
あれでサンタさんはクリスマスにプレゼント配る余裕ないでしょ。
確かに心は悲痛に強〜く揺さぶられるけどさ······
血みどろのサンタクロースをもう一回眺める。
今にも動き出しそうなくらいリアルな彫像だ。
せめてイコン(聖像画)表現のみにしてほしかった。
3Dは生々し過ぎる。
いつも思っているけれど、この異世界が前世と似ていて微妙に違う感じが·····何とも叫び出したくなる。
私はあまりの異世界感に
異世界アレルギーを起こしそうだった。
読んでいただきありがとうございます!
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