29話目 (一年前) クリスマスツリー 右子side
ここから、ようやく右子の一年前の事件の記憶になります!
右子も敦人も互いの顔を知らず、ほぼ初対面です。
敦人はこの時の少女がミーシャだと思うことになります。
(右子の素顔は知らないので)
一年前の私は、今とは別人のようだった。
私は実は活動的で、日々自分付きの近衛兵を帝居の森探検にあっちこっち引っ張り回すような悪ガキだったのだ。
今の淑やかさを思うと自分でも信じられない。
一年前の8歳の誕生日の日、
顔の湿疹が治り、包帯が昨日取れたばかりで気分がいい。
私は心も軽やかに帝居の森の獣道を小走りしていた。
私の誕生日はクリスマスイブだ。
今世では、誕生日のお祝いは当日には特に無い。ニホン国ではお正月に皆で一斉に歳を取る感覚だ。
あの日はカバンいっぱいにお手製のおもちゃの飾りを詰めて、大きな樅の木の元へ急いでいた。
前世の記憶で何となくクリスマスを思い出していたので、クリスマスツリーを飾りつけて楽しもうと思ったのだ。近衛兵がはしごを持って後をついて来てくれている。
今世にもキリスト教っぽいものは存在していて、『サンタ聖教会』という宗教がある。
サンタが前面に出てきてしまってる名の通りサンタが主役のキリスト教っぽい宗教という印象だ。前世とは違いそんなに大きい宗教団体ではないようだ。
サンタ聖教会はクリスマスをお祝いするが、ニホン国では信者がかなり少ないのもあり完全スルーだ。
多くの国民はクリスマスはただの平日という認識だ。
前世からずっと、宗教はさて置きクリスマスの楽しいムードだけは嫌いじゃない。
偶然ちょうどよい大きな樅の木を見つけたので前世を懐かしんで飾っているだけだ。
いわゆるアート作品だと思ってほしい。
山洞帝宮邸から権野宮邸へ続く裏道の途中、ほとんど権野宮邸の敷地内にその木はあった。
ここ数日で様々なかざりつけをしたので、ゴチャゴチャしているけれど、とても豪華なツリーになったと思う。
そこに、そんな素敵なはずのクリスマスツリーには目もくれず、小さな男の子が木の根元で昼寝していた。
「こんにちは!地べたで寝ると首が痛くなるよ?」
「··········」
大きな声で言ったけれど、
聞こえていないみたい。
顔を見ると、寝顔はこの世の生物とは思えないほど可憐で可愛らしい。
もしかしたらこれが天使というやつなのかもしれない。
神を信じていない私は、天使は実在してしまうことに動揺を隠せない。
少年はぐっすり寝ていた。
起こすのもかわいそうなのでそのままにして、私は飾りつけの仕上げに取りかかった。
近衛兵が梯子に登り、指示通りに木の枝に飾りをかけてくれる。帝女は梯子は禁止!と言われているので仕方なくやってもらう。
「右!もっと右!」
「あっ、それちょっと左に!」
右!左!と大声で叫んでいると、混乱した近衛兵の手元が狂って木彫りのクマの飾りが私目がけて落ちてきた。
パンッ
下で待機していた近衛騎士がポーズもカッコよく飾りを弾いてくれた、と思ったらそれは隣の美少年の寝顔に飛んでいって、当たった。
私付きの近衛騎士たちは、私を守るのは完璧なのに、それ以外はいつも無頓着だと思う。
お転婆な私がいつ危険な目に合わないかと、常に気を張っているストレスの反動なのかもしれない。
とりあえず、木彫りのクマがぶつかった美少年のおでこは赤くたんこぶになってぷっくり膨れてきている。
「ご、ごめん!だ、大丈夫·······?」
かなり痛かったはずなのに起きないのは異常。
気でも失ったのかと心配になる。
おでこを触ると、思いの外に高熱でびっくりする。
静かに眠っている様子だったのに、具合が悪かったようだ。
たんこぶどころの騒ぎではない。
少年を揺さぶってみる。
それは、決して目が覚めない眠り姫のように深い眠りだった。





