2話目 日本とニホン国 右子side
どこかで物哀しいアコーディオンの音が聞こえる。
私は異世界転生者だ。
私は生まれた時から前世の記憶を薄っすら持っていた。
私がこの世界の風景をきちんと観たのは、私が初めて帝居から外出した5歳の時だった。
李鳥公爵家の開催する新年の催しに主席するという名目だった。初めての外の世界に胸が踊ったのを覚えている。
ここは帝都最大の都市トーキョー市だというのにどこまで行っても建物は低く平坦な風景だ。遥か遠くに霞むフジ山が美しい。
帝都の大通りは洋風寄りの街並で、石畳や煉瓦や石造りの家が多い。
「え、これ日本·····?いつの時代······?」
その時はタイムスリップだと思った。
明治大正の雰囲気がある。まさに過去の日本に来てしまったみたいだった。
明治大正の、聞きしに勝る洋風賛美だと思える。
前世の現代日本の無国籍の風景とは全く違っている。
他に手掛かりはないかと街並みを必死に目を凝らして一生懸命眺める。
ちなみに私は、走っているのが奇跡のようなクラシックカーに乗っている。
私の服装は花鳥風月を髄を凝らして刺繍しまくった純和風柄の振り袖姿である。両親である両陛下ももちろん正装の和服だ。帝室は和装が基本である。
でも今は洋装がかなり普及していて、それが最新モードなのだそうだ。つまり私の格好は良く言えば伝統的だけれど、悪く言えば野暮ったいということになるのだろう。お腹もキツいし、残念無念である。
李鳥公爵家まで車でそう遠くない距離だけど、侍従に遠回りをお願いして一番活気があるという大通りを通って貰った。
父母の両陛下は公務に忙しいというのに今回は奇跡的に二人共に揃っていて、車窓からかじりついて離れない私を笑顔で見守っている。
どこかでアコーディオンの音が聞こえる。
大通りには街灯が立ち並び、和洋折衷の服装の人々が入り乱れている。
丈の短いなんちゃって和装の女の子もいればアジア風の衣装も見かける。アルファベットのような文字が踊る看板も町並みに踊っている。
ん?この風景は明治大正の世界観とは違うような······
単純に古き時代の風景ではないと思う。この時代ではあり得ない風景も紛れ込んでいるので時代考証のゆるい映画を観ているような気になってしまう。
この時ようやく、
これは異世界なんじゃない?
というか、どこかの物語の中の、日本に似ている国へ転生したのではないかという考えが浮かんだのだ。
そういえば、こういうなんちゃって大正ロマン風のラノベやゲームとか、あった気がする。
前世では異世界転生ものが大流行していたので、こんなことが自分に起こることもあるのかな、??、と思わなくもないかもしれない。
「はぁ、うそでしょ······」
この世界で私だけなのだろうか?
エセ和風な異世界転生なんてしてしまったのは·······
ある日、家庭教師が言った。
「それでは今日は、日の本の帝の統べるニホン国について学びましょう。」
三歳から本格的な帝族教育が始まった。
前世の記憶と人格を持って生まれたせいか、私は幼児の頃から大人びた口調で大人顔負けの質問をするので、神童だとか天才だとか言われて持て囃された。
それも前世で絶命した年齢に近づくにつれ年相応に平凡になるだろう。残念ながら。
微かな記憶によると、大学受験生だった記憶まではあるので、恐らくは18歳頃だと思う。
幼児の頃はこの『ニホン国』が前世の『日本』と同じ世界であると信じて疑わなかった。
帝宮内が現代日本の一般的家屋と違うのは当然だろうし、テレビや雑誌など市井の暮らしが分かる図解資料がほぼ無いのだ。
幼児の私は『ニホン』という国名の響きだけで、『また日本に生まれた』と疑問も感じず安心しきっていたのだ。
しかし歴史の授業が進むにつれて、前世と比べる私は疑問に思うことが普通の子供より多くなる。
知る度に生まれる疑問をいちいち解消しようと質問するうちに教師が眉を顰める回数も増えていった。
執拗に食い下がって質問したり、時には揚げ足を取ったような態度をとる幼児である。
本当に可愛くないと思う。
あまりに埒が明かないから、最終的には親戚の公爵家子息のお兄さんが私の家庭教師をやってくれるようになった。
どうやら親戚ぐらいじゃないと気難しい私の先生は務まらないらしい。
結論を言うと、今のこの国『ニホン国』は明らかに私の生きていた『日本』と違う国だった。(これからは前世の日本は『日本』と呼び、今のこの国は『ニホン国』と呼ぶ。)
一番驚いたのは、北と南で国が分断されていることだ。関東の途中に国境線が引かれ北は『アサヒ国』。南はこちら側『ニホン国』というそれぞれ別の国である。ちなみにここは『トーキョー市』でニホン最大隆盛の都市で首都である。
似ているのに非なるもの。
ここはニセモノの世界で、
そして、この国にとって私の中身は異世界人だ。
おまけに私はこの国の国家元首である帝の唯一人の帝女として生を受けてしまったのだ。
前世では、たぶん日本の普通の女子高生だったのに。
王女やらプリンセスやらなんかは、ファンタジーや物語の中の存在だけにしておきたかったと思う。
雲の上の天上人にすら思える高貴な人物に生まれたことにひたすら驚いたし、この先も一生かけて、まだまだ何回も驚き続ける自信がある。
前世の私は普通の一般人の女子高生で、ごくごく普通に暮らしてたと思う。記憶が曖昧なのは特別に思い出すことが無いくらい普通だったからなのかもしれない。
それでもぼんやり前世の家族や友人を思い出しそうになって、頭痛がして、結局思い出せない。
······何かきっかけが必要なのかもしれない。
不思議なことに自分に関しての記憶よりも風景などの映像ははっきりと思い出せる。
東京という都市に住んでいた私は様々なハイテクな風景に囲まれていた。
高層ビル、高層タワー、高速道路、公園、歩道橋、踏切、電車······
その風景は今の世界から見ると、未来感半端ない······と今になって思う。
どれだけお金や労力をかけても今世では簡単には実現出来ないものばかりだ。
文明が及ばないのだから仕方ない。
前世の自分に教えてあげたいものだ。
そっちの方がめちゃめちゃ異世界だよって。
ほんっとうに、ファンタジーだって······