28話目 紅い錠剤(下) 右子side
私はその紅い錠剤を手のひらで転がした。
小さな丸い粒は互いにコロコロぶつかり合った。
「飲まないの?」
「え!?流石に成分の分からないものを飲むわけには······私も薬剤師の端くれですし」
穂波くんはクスリと笑う。
「薬剤師?ニセモノなのに?」
ぐっと息が詰まってしまった。
彼はその言い様通り私のことを随分知っているようだ。
「まあまあ、座ってよ。右子さん」
穂波くんは調合室の椅子を用意して、私は肩を促されて座った。
「仕方ないな。僕の正体を明かすと、僕は君の前任の執事なんだよ。」
私ははっと顔をあげて彼を見た。
彼は親しげに私の頭を撫でた。
「君は良い子だけど、忘れっぽい。
頭はすごく良いし出来事は覚えているけれど、とある人達の事をすっかり忘れてしまうことがある。
それは、··········」
私は彼の顔を凝視する。
やっぱり私って忘れっぽいの?
関わりの減った人を多少なりとも忘れてしまうのは仕方ないじゃない?
ちなみに一年前の事件については、帝族にナイーブな内容なので大っぴらに話せなくて、聞かれたら忘れたと答えているだけである。
人よりちょっと曖昧な部分もあるけれど、記憶ってそんなものじゃない?
と思ったりするけれど、言い訳だけれど······
穂波くんは、言い難そうに言葉を続ける。
「···········忘れるのは、誰かに置いて行かれた時だよね?」
僕のせいだ、と悲しそうに彼は話す。
私は胸がギュッと潰れるような気持ちがした。
穂波くんは本当に私の専属執事だった人?
確かに、彼をどこかで見たことがある気はしていた。
「君は帝女という立場上、特定の親しい者を作りにくい立場にある。
仲の良い者と別れる時に、その辛さから逃げようと記憶を消しているのではない?」
私はそんな自覚はない。
けれど················自分で意識的に考えないようにして忘れるというのは、有り得る気がした。
そういう穂波くんの事は、
私が置いていかれるのが辛くて忘れてしまったのだろうか?
「ごめんなさい。私、あなたの事分からなくて。
前任の執事って······口五月蠅いイメージしかなくて······」
「えっ、········傷つくなぁ。
でも仕方ないか。
孟母三遷って僕の事だと思ってたし。
それでも、僕を忘れたのってそれだけ僕との別れが寂しかったんでしょう?
ねえ、この薬は安心できる成分配合でね。
脳を刺激して記憶を誘発するんだ。
一応臨床実験済だよ。」
少しは彼のことを信頼し始めた私は、
記憶喪失の被検体を探すのは大変そうだと疑問は残るけれど、自分の為にも試してみるしかないと思った。
飲みたくはないけれど、
こうやって親しい人達を忘れているとしたら耐え難い。
紅い錠剤は震える手のひらで小刻みに揺れていた。
私は勇気を出して、
その紅い薬を一粒だけ飲んだ。
少しでもお心に引っかかれば、ブクマ&評価よろしくお願いいたします!
ものすっっごく励みになります。





