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23話目 疑惑のスケッチ散歩(上) 右子side

「この絵画が描かれた木が帝居内にあると聞きました。是非見てみたいのですが·········」


庭園へ出る途中、エントランスホールで奏史様が言った。

私達は我が山洞帝宮邸のエントランスホールに飾ってあるその絵画を見上げた。

此処には私の描いた大きな油絵が堂々と掛けてある。


その絵は大きな(もみ)の木の絵で、夜の闇の中央に樅の木を配して木の枝が処々明かりが灯ったように丸く光っている。光の中には様々な可愛らしい小物や温かみのある飾りを丁寧に描き込んだ。


そして木の頂にはピカピカ光るお星さまが。


なんのことはない、単なるクリスマスツリーの絵なのだ。でも今世にはクリスマスどころかキリスト教そのものが無いのでその意味を知る人はいなく、摩訶不思議なモチーフとなっている。

帝居にはちょうど大きな樅の木があり、あまりにツリーとして秀逸な三角スタイルだったのでモデルに使わせていただいた。


父である帝が私の描いた絵を大いに気に入って独断で飾ったものだ。

山洞帝宮邸を訪れた客人は漏れ無くこの絵を見せつけられる事になる。親バカで恥ずかしいので本当にやめて欲しい。


奏史様が望むならと、この絵のモデルになった樅の木の元へスケッチ散歩へ行くことになった。


庭園に出ると、日差しは暖かいがやはり秋の空気は冷たい。


そういえば、私の顔の包帯は最近湿疹が落ち着いてきたのですっかり取れて素顔を晒している。

久しぶりの外気は冷たく敏感な皮膚をピリピリさせる。

一応今は日差しよけのため薄いベールのついた帽子を被ってはいる。

私の格好はもちろんいつも和装だが、今回は動きやすいように近頃の女学生が好むという股が割れていないロングスカート状の女袴を数鳥が用意してくれたので着てみた。

着てから、ああこれね!ハイカラさんね〜!と納得したのは言うまでもない。

足元を冷やさないように長靴下を履き、踵の低い靴を選べば荒れた道でもとても歩きやすい。





帝居とは広大な敷地でその大部分は森である。

帝が政務を行う御所を中心に西と東に庭園を配置して、敷地内に帝族の邸と関連施設がそれぞれ離れて建っている。

私が父母陛下と住んでいるのは山洞帝宮邸で御所とは渡り廊下で繋がっている。少し西に行くと旧権野宮邸跡がある。そうそう、敦人のお家とは親交は少ないけれどご近所だったのだ。まあ2キロは離れているけれど。


モデルの木は旧権野宮邸の近くだと告げれば、奏史様は私の手を引きスタスタ歩いていく。


どうやら道案内は必要ないらしい。


この森には濠が無数に張り巡らされている。伝えによると昔、帝の信任の厚かった徳川将軍が帝居の防御設備の設計を依頼された。将軍は森に濠を幾多も掘り巡らせ深い掘割には水が湛えられて、幾つか点在する城塞と合わせて帝居を鉄壁の守りで守っている。


見通しの良い整備された広い道を通る分には関係ないが、険しい森を進む侵入者であれば森林の中に潜む濠に転落し足止めを食うはずだ。今の時代でも効果的な守りになっている。


奏史様がこんなに帝居に詳しいとは知らなかった。濠を避けて獣道をするすると行く様はまるで自分の庭を歩くようで、涼しい顔をしている。

因みにもっと右奥には崖なんかもあるので本当に気をつけなければいけない。


道は記憶よりも遠く、段々足取りが重くなっていく私は引き返す時の心配をし始めていた。

何しろ私は引き籠もりなので体力が無く、もう早々と息が切れている。

すっかりスケッチする気力なんて無くなってしまった。


果たして、私はこんなに非力だっただろうか。


「··········」


さっきから、木々のざわめきが煩くて奏史様の声が聞き取れない。

ちがう、自分の呼吸の息づかいが煩いのか。頭がぼうっとしてきた。


「···········」


「え?」


不意に躰が宙に浮いた。

奏史様に抱き上げられたのだ。縦抱きだ。

父親が子供を抱っこする時のやつだ。

彼はお人形の様に軽々と私を持ち上げ抱き寄せた。


「落ちないように、私の肩に手を回してください。」


私の体力が限界に近づいているのがバレたみたいだ。


私の顔はこれ以上ないくらい真っ赤だと思う。


恥ずかしくて降ろして欲しくて足をバタバタさせる。

けれど、このまま歩みが遅れても迷惑をかけてしまう。


観念して奏史様の肩ににぎゅっと手を回す。

少し楽になって、呼吸を整えた。

今度は心臓の音が煩いのだけれど。




ふと、この道は一年前にも通ったと思い出す。


あの時は私があの子を途中から背に負ったんだ、同じくらいの背の高さだったのに······

あの時は私も今より力があったんだな。


だけど、はっきりと思い出せない。


あの男の子の顔を。


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