22話目 家庭教師からの提案 右子side
さわ·····さわ·····さわ······
ざわめきが邸の廊下の遠くから次第に近づいてくる。
「そろそろのようね。」
私は数鳥と顔を見合わせた。
ドアをノックする音がした。
今日は奏史様が家庭教師として来てくださる日だ。
さわさわ伝わってきたのは邸内の女性たちのざわめく声。
彼女たちは毎回、奏史様来訪の予定がある日は朝から気がそぞろで仕事がぜんぜん手につかない。彼が到着しようものならみんな進路に並んで通り過ぎる順にお辞儀をしてご挨拶、しているらしい。
私は部屋で待っているので見たことはないが、さながらコンサート会場の競技場のウェーブのような感じかもしれない。
皆、先日の宮内省の粛清後に李鳥公爵家から移動していた侍女と使用人たちなのだ。
騒がしく黄色い声などあげないのは流石というべきか?
というか、侍女と使用人たちは公爵邸に居た時からこれが通常運転ということ?
公爵邸の独自ルールにびっくりしてしまう。
「こんにちは、ご機嫌は如何ですか?」
彼はにっこり満面の笑顔だ。眩しい、目がつぶれる!
私は先日『押し』宣言を自分脳内暴露しただけあって、早々に奏史様の魅力にノックアウトされリアルに目が痛い。
彼は今日もお美しい。青年の色気があまり余って溢れただ漏れている気がする。
痛いけど、眼福とはこのことだなぁ。
数鳥と目が合うと、笑顔で頷いてくる。
どうやら彼女も奏史ファンなのだろう。
私は『押し』を分け合えるタイプなので大丈夫。『同担拒否』なんてしないつもりだ。二人で思う存分奏史様を鑑賞すればいいと思う。
同担ということで、彼女との距離がぐっと縮まった気すらする。
ここ帝宮邸は、壮大な奏史ファンクラブになってしまったのかもしれない。
何せみんな李鳥公爵家から来たガチのファンなのだからね······
「今日はこのような品を持ってきました。
右子様はお勉強の方はもう充分に及第点だと判断しましたので、今日はお得意の絵画の時間にしましょう。」
「あっ·····色鉛筆······!」
色鉛筆はこの世界ではまだ珍しく貴重品だ。しかも12色揃っているのは、様々な画材を集めている私も持っていない。高価で入手も難しいのに、さすが奏史様だ。
そういえば、いつの間にか奏史様からの呼び方が右子殿下から右子様にレベルアップしていた。心の距離が縮まっているのかもしれない。
誠に光栄の至だ。
「わぁ〜いいんですか?」
私は色鉛筆の箱を持って顔を綻ばせた。
色鉛筆ももちろん嬉しいけれど、最近敦人の専属医師の薬草の勉強や面会で忙しく、趣味に割く時間が無かったのだ。授業の時間で絵を描けるのは嬉しい。
「ええ、右子様は最近お忙しくしていらっしゃると聞きましたので、息抜きも必要ですよね。」
ギクリ。
ま、まさか敦人との面会、やっぱりバレてるとか?
いや、内心はバレててもおかしくないと思う。私の周りは内偵だらけだし。侍女たちとか。
でも見逃されるのを期待している。
だって、病気の義弟に会いに行って励ましてるだけだよ?実害ゼロだよね?
実は医局にミーシャという薬剤師は実在するらしい。彼女は出身地のイエムン王国へ一旦帰国してまたニホンへ戻ってくる予定が、音沙汰無いらしい。イエムン王国では内戦が激化しているとの話もあるので、彼女の安否が心配される。
久留米医師がミーシャが先日ニホンに戻り医局に再勤務し始めている旨の書類を提出してくれた。久留米医師は色々手伝ってくれるので本当に有り難い。
ミーシャには名前を借りて申し訳ないけれど、彼女が本当に戻ってきたら直ぐに薬剤師の立場を返すつもりだ。その後も様々優遇できるよう手配しようと思っている。
最近、私は『超常の病』の定期検診に、山洞御所医局室に出向いている。表向きには自分の治療に大きくて動かせない設置型の医療機器での施術が必要になったという理由だ。
私は医局室内でミーシャに変装して、一人でそこから敦人のいる座敷牢へ向かっている。
まあまあ上手く立ち回ってるつもりだけど、それでも相手は奏史様だ。正直隠し通せる気はしない。
「で、何を描かれますか?」
「そうですね······そうだ!奏史様を描いてもいいですか?私、奏史様が描きたいです!」
私はニヨニヨする顔をどうにか抑えて言った。
「は」
奏史様は目を大きく開いた。驚いた顔も整っている。
「それは·······ちょっと、申し訳ありません。」
断られた。
恥ずかしいのかな。それともやっぱり煩わしい?
奏史様は別に絵画の先生ではない。絵を描く提案も私を気遣ってくれただけなので、無理強いはできない。
『押し』を生モデルにして描きたいのは当然とはいえ図々しいにもほどがあるが、断られてついがっかりしてしまう。
侍女たちまでがっかりしたような空気が流れてしまっている。
これからの制作活動の糧になりそうだったのに本当に残念だ。たまにはリアルなイケメンを描かないと画力が落ちてしまう。
私は前世もイラストが上手だった気がするので、前世の経験を活かして今世では全く新しい美麗なイラストで一大ムーブメントを起こしたいものだ。
「外で、庭園を写生はどうですか?」
奏史様が侍女を含め悪くなった雰囲気を払拭するように提案して下さった。
「!いいですね!」
もう11月も末で肌寒いが、今日はいい天気で日中は暖かい。外でスケッチするのはピクニックみたいで良い気分転換になりそうだ。
奏史様にも日々の仕事のお疲れから少しでもリフレッシュして欲しい。
私は侍女たちにコートやマフラーなどぐるぐる巻にされて、奏史様のエスコートで庭園へ向かった。





