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20話目 帝宮薬剤師は言い訳する 右子side

「勉強熱心ですね。」

部屋に入ってきたのは、最近新しく執事に就任した数鳥だ。


つい昨日、奏史様が連れてきたのだ。空きのある執事に如何かと。

ちょうど不便に感じていたところなので、承諾した。

すると、彼女はその日のうちに仕事を開始した。


やる気があって嬉しいが、恐縮だ。

数鳥は何と侯爵家の令嬢らしい。

数鳥侯爵家は李鳥公爵家傘下で、彼女は傘下きっての天才令嬢だそうだ。

現在帝国学校中学年に通ってはいるが、単位は全て取得済み、出席日数は気にしなくて良いとのこと。


こちらもずっと張り付かれるより、学生が片手間でやってくれた方が気が楽なので『学校に行きつつ、ぜひ適当にやってくださいね。』と伝えてある。

貴族令嬢の侍女たちと同じで、すぐに辞めるのかもしれないけれど、それでぜんぜん構わない。


数鳥は、今日もスラッとして涼やかな美女だ。



「植物の図鑑は、挿絵を見てるだけでも面白いですわね。」


そう言って、数鳥は乱雑に置いてあった本をカテゴリー別に揃えてくれている。

私の机の上には、沢山の図鑑と資料が所狭しと積み上げられていた。

元々園芸が好きだった私が、こういったことを調べているのはいつも通りで怪しくないと思うけれど、ちょっとヒヤヒヤする。


「それにしても、多肉植物とサボテンの図鑑までお読みになるとは。この国の気候で栽培できるのですか?」


「栽培できるのもあるけれど、やるなら品種は選ぶかな。温かくて乾燥した気候が適してるからね。温室だと多湿になりがちだし·····

栽培に向かないものは取り寄せようと思ってるの。」


「あら、栽培できないのに取り寄せるのですか?ドライフラワーにするとか?」


数鳥は栽培目的じゃないならハンドメイドの材料かと判断したようだ。

サボテンのドライフラワー?いいかも。


完成したらまた数鳥が欲しがりそうだ。

数鳥はかわいいハンドメイド品に目がなくて、私が何か作ると、いつもキラキラ目を輝かせて熱烈に品を見つめているのだ。


この前なんて、


『育てているダリアの花がようやく咲いたの。たくさんあるから数鳥もどう?お部屋を飾ったら綺麗でしょ。』


と言ったら、


『殿下のお育てになったお花を!?とってもご利益がありそうなんですわ!まことにまことに畏れ多いです。·····もし差し支えなければ、宜しければ、根っこごと戴きたく。』


少しびっくりしつつも、もちろんと快諾すると、庭師と相談して手際良くダリアを一株だけ鉢に移し替え持って行ってしまった。

私は切り花のつもりだったけれど、

ダリアは庭に咲き乱れているのでもちろん無問題だ。

でも、ご利益とは何だろう?


そんなに花が好きだったのね、と感心していたら、


『殿下が丹精込めて育てられたハンドメイドは尊いです。生ものの花は保存に苦労しますが·········』


彼女のハンドメイドの定義は、かなり変わっているようだ。

数鳥に私の執事を任せてから数日、どうしてか私の神格化が進んでいる···········


数鳥は、私が色々調べてるのは園芸のためだと思っているんだろうな。

実際は敦人の薬剤師として必要な材料を調べているので、バレないかドキドキして落ち着かない。



久留米医師が前任の専属医師の残した僅かな資料から調べたところ、敦人の超常の病に効く薬用成分は、多肉植物とサボテンから取れるらしい。

特に多肉植物の竜血樹という樹の樹液は高価だが熱冷ましと止血に効果があるそうだ。


竜血樹の原産国は薬剤師ミーシャの出身国である。

イエムン王国の離島から取り寄せているらしい。まだ取り置きは残ってるけれど、急に足りなくなったら困るので早めに追加しておきたい。


他にもサボテンのアロエの葉内部の半透明な葉肉部分には、日焼けなどの軽度の火傷に伴う痛みを緩和し、傷の治癒を促進する効果があり、葉肉部分を患部に直接あてれば応急処置ができる。

敦人御用達の薬剤だそうだ。




「専属医師が参っています。」


侍女が告げる。そろそろ診察の時間だ。


「こんにちは。姫、ご体調は如何ですか?」


爽やかな久留米医師の挨拶に頷き、私は数鳥に目配せして退出を促す。

が、全く通じていない。

さすがに数鳥とツーとカーはまだまだ無理そうだ。

見かねたように、久留米医師が説明する。


「新しい執事サン?言ったでしょう。

診察中は誰であろうと退出をお願いしています。」


「あら、でも······」


数鳥は食い下がるが、超常の病は隠匿の決まりがある。医師と薬剤師以外は同席できない。

数鳥は暫し久留米医師を睨むように見つめた後、


「······廊下で控えておりますわ。何かあれば、す•ぐ•に!お呼びくださいね。」


数鳥は真剣な顔で私にそう言い。しぶしぶと退出していった。



「何だよ〜あれ。こんな時に面倒なやつが来たんですね。」


久留米医師は呆れたように言う。


「タイミングは悪いですが、執事を断る理由が無いので。彼女がいてくれて助かる部分はありますし。」


「······姫、気づいてます?彼女はいわばスパイですよ。李鳥公爵家の嫡男の推薦なんでしょ?」


「へ?

私、公爵家から何か疑われているのでしょうか。」


もしかして、禁止されたのに敦人殿下の所へ行った事がバレたのだろうか。


「いや、というより、李鳥宮は姫を自分の手の者で囲いたいんじゃないかな。

今や姫の周りは執事の他に、護衛はもちろん侍女から専属ドライバー、下女まで全て李鳥公爵家の手配だって俺は知っていますよ。」


私に専属のドライバーがいたとは知らなかった。

先日金原先生と銀座に外出して以来、ここしばらく帝居の外に出ていないので、そのドライバーとやらは今相当暇なのでは。

いやそれより、皆そろって公爵家から来たというのが本当ならかなり驚愕の事実だ。

確かに家庭教師と執事は完全に李鳥宮家だ。

なるほど、侍女や下女の様子も、まあ、みんな李鳥宮家っぽい旧知の雰囲気はある。

ということは公爵家はもぬけの殻になってしまわないか心配だ。

もうここは李鳥公爵家の別邸状態じゃないか。



「うーん、なぜでしょうかね?」


久留米医師はため息をついた。


「婚約者なんでしょ?李鳥宮奏史。」


「······婚約者候補だそうですよ。」


「まだ候補なんだ!

あー、だからこそこんなに必死なんですかねぇ。宮内省を掌握してまで、やることがコレなんですから。

守るっていうより、他の候補者を牽制してるとしか思えないんですけどねぇ。」


「うーん、端的には私との婚約は公爵家の利益になりますからね。

奏史様も抜かりない人ですから。」


時期早々の気もするが、今のうちに帝女を掌握しておくのは無駄にはならないだろう。

久留米医師は目を瞬いて私の顔をじっと見ている。


「えっ何その物言い···········姫ってけっこう冷たいんですね。

あんなに美しい男って他にいないし······惚れないんですか?」


「······私は子供ですよ?」


えっと、私前世でいうと小学生だからね?

惚れた腫れたなんて、奏史様にとって失礼なくらいだ。間違いなくロリコンになってしまう年齢だ。

こういうデリカシーのない質問はスルーする。


でも、正直惚れないわけはないと思うんだけどね。

そのぐらい、本当に、めちゃめちゃカッコいい人だ。


でもこれは政略結婚なので。

二人の関係は、まんま帝族と公爵家の縮図なのだ。


「政略結婚ですし、仕方ないです。」


そう言った私の真意を測りかねているのか、久留米医師は探るような眼差しを向けている。

視線が痛い。


そうそう、奏史様は前世で言えば『押し』みたいな?



私は話を打ち切ろうと、徐ろに植物図鑑をパンっと叩いた。


これから、帝宮薬剤師としての知識を叩き込む為に、久留米医師には薬術の授業をやってもらわなくてはいけない。


時間は有限だと、私は痛いくらい知っている。


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