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19話目 殿下たちの失神 久留米医師side

久留米医師の視点。

「良かった~二人とも、帰ってきてくれて〜〜!」


姫も敦人殿下も熱風の竜巻に包まれて一瞬、宙に浮いたと思ったら、床に叩き付けられて失神してしまったのだ。

二人が倒れている間、敦人殿下は熱くなるわ、姫は光るわで、意識が無いくせに大騒ぎだった。

幸いにというか不幸というか、俺という医師がいたので、たった独りで必死に二人を介抱する羽目になってしまったのだ。


それもほんの20分程の間のことで、二人が目を覚ました時には安堵のあまり俺は腰が抜けそうだった。

俺達医師には帝族の病の隠匿が義務付けられている為、むやみに人を呼ぶのは躊躇われる。

とはいえ、もう少し意識が戻らない状態が続けばそうも言ってられなかっただろう。


「·····た、ただいま?」


姫はまだ起き抜けで呆けつつも、律儀にも帰還の挨拶は忘れない。彼女は発光が治まったので、ベールも包帯も取り、衣装の首周りを緩めて、楽な体勢をしてもらっている。


「·········」


敦人殿下も目を覚ましていた。熱は急激にひいて、呼吸も楽そうにしている。この奇妙な症状をみるに彼の高熱は『超常の病』の症状だったのだろう。

あの熱風の竜巻も病気の影響だと考えられる。恐ろしい威力の『病の力』だ。

敦人殿下は食い入るように姫を見ている。

様子が変だ。


「お前は、誰だ。」


敦人殿下の声は、意外にも聞き取れないくらいに小さかった。まるで自信を失った子供のようだ。


「私は、右······」


あ、ヤバっ。俺は急いで姫のバカ正直そうな自己紹介を遮った。


「彼女は私の助手で、ミーシャ•ロングガーシャといいます。海外から招致した薬剤師です。今回、敦人殿下に処方する薬剤の説明のため同行させました。」


「海外?·········どこの国だ。」


「イエムン王国です。砂漠の国の。」


異国人か·······、またまた小さい声で呟いている。


彼の姉狂いの状態を明らかにするまで、義姉として会わない方がいいだろう。

こう言っては何だが、彼の姉狂いはそれこそ重症の病気だ。『超常の病』と併発しているので尚更厄介だ。


今は無き姉上の面影を姫に重ねないとも限らない。

義姉という存在を姉として認めるのか否定するのか。認めれば姉狂いへ発展するかもしれないし、逆に否定すれば憎悪へ繋がる可能性も恐ろしい。

実際、先日彼に理由も分からず爆発物を投げつけられ罵倒されたと姫は話していた。

とんでもない事だ。


「お前、さっき、夢のところにいたよな。」


「あっはい。」


聞けば、驚くことに二人で夢を共有したという。

不思議な現象だ、これも『超常の病』の影響なのだろうか。調べる必要がある。


「·········あれは、俺の前世の夢だ。

『超常の病』が暴走して悪者を倒すなんて、途中から思い出と違ったように感じるが······

あの時、俺は3歳だったから記憶が朧げだ。」


敦人殿下は続ける。


「お前は、姉さんから変身したあの少女か?·········お前が夢の中に来たせいで夢の内容が変わってしまったのかもしれない。」


「内容が、変わった······?」


姫は不思議そうに首を傾げている。

ずいぶんスペクタルな夢を見ていたんだな。


というか、愛らしすぎるので首を傾げるのは止めた方がいいと思う。

そういえば姫が包帯を巻いていないことに気がつき、姫の顔にベールを被せようとすると、敦人殿下に制止された。


敦人殿下はずっと落ち着いている。


「お前が前世の知り合いの生まれ変わりか調べたい。またここに来られるか?」


そうだ、前世って何だろうか?生まれ変わりとは?


もちろん、当分姫がここに来られるわけがない。

敦人殿下には自身が断罪されて監禁されている現状を顧みて欲しいと切に願った。


「殿下、お言葉ですが、この者はただの薬剤師です。それに、もうじき彼女は········帰国するのでもうここに来ることはできません。」


「何、帰国?」


敦人殿下の眉がピクリと上がる。


「帰国は諦めてもらうしかないな。お前には俺の専属医師を命ずる。」


彼は話を聞いていたのだろうか?何勝手に命じちゃってるの?


「いえ、彼女は薬剤師······」


「お前も帝宮医師なら知っているだろう。超常の病は決して治ることがない。それならば、薬剤師でも充分に事足りるだろう。」


そう、『超常の病』は根本的に治るものではない。対症療法とはその時の症状を緩和するためだけの治療と 対症療法

いうことだ。内服薬や冷やしたり温めたりの限られた処置だけ分かっていれば難しいことはないということだろう。

が、それ以前に、姫は箱入りお姫様なので温めたり冷やしたりすらできないのではと思う。


「いや、でもですね·····」


何とか断ろうとするが圧迫感に抑えられて言葉が出てこない。何だろう、この有無を言わさず、という感じは。

これが帝族の強制力というやつか?


「どうせ俺の専属医師はクビになって空いてるんだろう。危険人物となった俺の専属に進んでなりたい奴がいるとも思えない。人手不足の医局にとっても悪い話じゃないんじゃないか?それとも、お前が専属になってくれるのか?」


「いえ、私は右子殿下の専属医師なので·······」


見ると、敦人殿下は明らかに顔を歪ませていた。

『右子』に反応したのかは分からない。


実際、今日ここに来たがる同僚はいなかった。俺も姫の依頼が無ければ、他の奴に押しつけていただろう。


「暫定でもいいんだ。俺の疑問が解決すれば。」


「やります!」


急に話に押し入ってきて、二人はぎょっとして視線を姫に移した。


「み、ミーシャ!」


俺が発言を止めようとすると、彼女はキラキラ光っていた。病の症状ではなく普通の意味で。


「殿下のその疑問を解決することは、もしかして殿下の病にとっても大事なことなのではないですか?」


確かに敦人殿下は今も顔色が悪い。

専属医師がいなくなって、対症療法が行き届いてないのだろう。


「そうだ、ここしばらく不眠症に悩まされてる。それもこれも·············前世の過ちのせいだ。」


「!過ち····」


姫はしゃがんで、俯いた殿下と目線の高さを合わせ、労るように微笑んだ。


「申し訳ないですが、私には前世の記憶というものがありません。」


「!」


殿下と違って姫は前世とやらがないのだろうか?


「それでも私は殿下をお救いするお手伝いをしたいです!私が殿下の専属医師となり、殿下のお悩みをすっかり残らず解消するお手伝いをします!ええ、全力で!!」


姫はやっぱりキラキラ輝いている。

女神にでもなるつもりだろうか。

慈善が過ぎるだろう。


先程の失神したほんの少しの夢で、何が起きたのだろうか。

姫は殿下を治す気満々だし、

殿下のミーシャへの執拗な態度も不審でならない。

しかし俺は帝族である二人の意向に逆らう事は許されない。


「ざ、暫定ですからね!きちんとした医師が見つかればすぐに交替させていただきますよ!」


とにかく期限をつけるしかない。


俺の役目は姫の体調管理だ。『超常の病』が悪化しなければそれでいいのだから。


俺の心配は際限無く膨らんでいくが、

杞憂で終わることを祈っている。


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