196話目 ノスタルジックな風よ君よ ラクーンside
俺は公衆トイレでようやく落ち着くことができた。
ジャーー!
『ふう······やれやれトイレがあってよかったぜ』
俺がそこを出ると、この公園という公衆トイレのある場所を案内してくれた、妖精かと思うぐらい小さな女の子がちょこちょこ近づいて来た。
「大丈夫?」
この子は、小さいけれどよく見たらマジで嫁にしたいくらい綺麗でカワイイ。
羽があればまんま妖精ってことになるけど·······あいつらは最悪な種族だから、羽がなくて本当に良かったぜ!
『おう!ありがとう。·········ところでここは何処なんだ』
この公園の周りはトゲトゲの黒い木々が生え惨い叫び声を上げる魔物のような鳥獣が跋扈する酷たらしい魔境だというのに、この場所だけは清浄された人間の里のような普通の日常の空気が漂っている。
「ここは、“右子の夢の世界”よ。
練馬区のとある公園········を模した場所で·········」
『へえ?そんなおかしな場所にきちゃったか?
“右子”って誰だよ········』
「私よ」
『へえ、右子、ね!俺はラクーンだぞ』
そういえばあの優しい魔女の女の子もそんな名前だった。
容姿は違うけど雰囲気が似てるようだ、偶然だな!
「ラクーンって変わった名前。外国人なの?」
『へっ、俺が外国人に見えるか!?そもそも、アライグマだし、アレ!?』
驚いたことに、お、お、俺は人間に戻っていた!
『俺、二本足で立ってるぞ〜〜〜!!』
そうか、トイレのことを思い出したせいだな。
人間の生活を思い出して、あの余所者の性悪妖精にかけられた忌々しい呪がようやく解けたようだ。
俺は黒髪黒目の典型的な和風の容姿の人間の男だ。
歳のころは20歳ぐらい。全体的にスラッとしている印象だ。人間の女にもしっかりモテていたから容姿は悪くないのだろう。
俺はそもそも日本の岩手に住む狸の妖怪だった。
そこでとある仏師様にこの身体(素材は木造の仏像)を譲ってもらったんだ。
俺はその時とても腹を空かせていて··········
その仏師様も貧しいらしいが、人間に変幻して街へ下りれば食べ物にありつけるかもと提案して下さった。
狸とはいえ人間に化けるのはかなり難しい。
だが、そこでその仏師様にいただいた仏像に憑依して幻術を使えば、本物の人間そのものに遜色なく変身できて、しかも何年だってそのまま過ごすことができたんだ。
俺は麓の街で、非常に快適で知的な文化生活をおくることができた。もちろんトイレがついてる人間のアパートという住宅だぞ。
『長老に言われてたんだ。呪を解くには呪われる以前の行動をするように心がけろって。だから俺はスプーンで食事したり服を着たりと色々思い出してやってみたんだけど、トイレは盲点だったわ~!!!』
「よかったね〜」
パチパチパチ
小さな女の子は、すごく可愛らしくにっこり笑って拍手してくれた。
『·········仏師様!?』
「え?」
『·······右月!右月じゃないか!!』
俺は泣いてしまった。
あああ、恩人の仏師様の右月とこんな所で再会するなんて·······
って、本当にここってどこなんだよ!?
仏師である右月は女だてらに素晴らしい彫刻の腕をお持ちなのだ。彼女は神を作るのを目標としていたが、さすがに神となると難しいようで悪戦苦闘していたようだったけど。
『俺がお嫁にするつもりだったのに、あなたときたらいつの間にか山からいなくなって、工房は火事で燃えちゃうしで。俺はどんなに辛い思いをしたか···········』
「はぁ」
って、右月のはずの、小さい女の子はキョトンとしている。·········あれ、人違いだったか??
小さくて見辛いんだよな。
「ごめんなさい。私の記憶はあっちの公園の隅でぐちゃぐちゃになっていて·······」
右子という女の子が指さした先には、何かが泥まみれになって無造作に積み上げられて山になっている。
『何か知らないが酷いなぁ。···········これ、右月の持ち物なのか?』
右月(推定)はコクンと頷いた。
「これをきれいにして、整理整頓すれば思い出せると思うんだけど、···········途中で邪魔しにくる男がいて」
何だって!こんな小さいかわいい女の子の嫌がることができる奴がいるなんて信じられない。
『··········!俺に任せとけ!!』
俺はそのモノをジャブジャブと洗った。公園の水道で。
その積み上げられたモノは全て本のようだった。
紙を水で洗うのは抵抗があったけど、泥は上手に落ちてくれた。
さすが俺、だてにアライグマをしてたわけじゃないと思う。
「フフッ、ドヤ顔じゃない········」
右月は周りをチョロチョロしつつ見守っていたけど、
そう言って昔みたいに笑った。
全てを水できれいに洗い流した後、公園の中央の広い地面にまだビチョビチョに湿ってる本を並べて置いて天日干しする。
ここが魔界もどきの世界とは思えない明るい日差しと、爽やかな風が吹く。
ビュウッッ
パラパラパラパラパラパラ········
本は一斉に乾いたようで、
気持ちよくページが風にめくられている。
小さい右月は目前でそのめくれていく本をじっと眺めていた。
「経月」
『!俺の麓での名前!』
「ありがとう。山での記憶、思い出したよ」
右月は小さいままだったけど、
それはもう懐かしい面差しをしていた。
不思議なことに、
沢山あった本は全てきれいに消え去っていた。
「経月、あれ·········」
『へ?』
右月の指さす、公園の端っこにはペットボトルのボトルが落ちていた。
「ふふふ、トイレって騒いだと思ったらもう飲み物?
それ、経月が落としたんでしょ?」
お·········これは·········シッポに巻きつけてた·······
『そうだったー!解呪薬ーーー!!』
俺はここに来た目的をすっかり忘れていた。
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