194話目 ご機嫌ななめで蔦を綱渡り 右子side
右子視点に変わります!
『うわああ、ようせいがあああ』
ラクーンは私を見るといそいで抱きついて登ってきた。もふもふかわいい!
「ラクーン!!どうしたの?妖精はどこ?」
『ここ!』
『ここだよ〜!!』
目を凝らして見ると、幾つもの火の玉のようなものが飛んでいるのが、それぞれ薄っすら見えた。
明るいせいではっきり見えないようだ。
すると、火の玉たちは騒がしくお喋りを始めた。
『あれ?魔女の医者の夢の中に来ちゃった?
この子、あの魔女の女の子じゃあないみたい?』
『“どうしようもない女の子”はどこ〜!?』
金髪のフワフワした小さな女の子の妖精は私の顔を見て騒いでいる。
火の玉は小さな人型に変化していた。
小さな羽がちゃんとついて羽ばたいている。
すごい·········! 羽根が虹色でとってもきれい!
ちゃんと妖精を見るのは初めてだわ!
この子たちは現実世界で私が寝ている姿を見たのかもしれない。
私は身体は麻亜沙だけど夢の中では本来の右子の姿なので、そっくりなアラディア様と混乱しているようだ。
『あれっっ!魔女、かわいい!』
『ふわ〜っ!なぜか同じ魔女なのにさっきの魔女よりかわいい!
さっきの魔女は、凄みのある美女!』
『やっぱり、こっちが“どうしようもない女の子“だね〜!』
『ほんと?これが男を誑かすっていう悪い魔女?』
『あ•く•じょ!』
『からっからに乾いてる!』
『男を嬲る!』
あら? 私の評判が·······? “どうしようもない女の子“とは········?
「おい··················」
凄みのある声がして振り返ると、アイン王子が憤怒の表情で立っていた。
よく見ると、少し成長して大人びた青年の容姿に変化している。以前に幻覚で見たことのある姿だった。
「なんだ?この失礼な生き物たちは···········?
どうやってこの夢に入った············!?」
心なしか、空が、薄暗くなってきたような。
空を見上げると巨大に蠢く怪しい灰色の雲が頭上に集まってきていた。
ゴロゴロゴロ·······
「えっ、雷鳴?」
夢の中だけど、一雨来るの!?
妖精たちはアイン王子を見ると一転、慌て出した。
『ヒィッ!?』
『神!?』
『何で、魔女の夢の中に、神様がいるの!?』
『神様·········激おこ!!! 怖い!!!』
妖精たちは屋上を駆けずり回った。
そしてとある隅に落ち着くと、植物の種のようなものを、隅に溜まったごく僅かな砂に埋めて小さなジョウロを出して水をやっている。
すると、みるみる蔦が伸びて、屋上のフェンスを伝って外側へと生長していく。
『わあ〜っ! 逃げろ〜〜!』
妖精たちは、あっという間に立派に生長した蔦によじ登ってそこを伝って逃げて行ってしまった。
「お前もだ!」
アイン王子は怒鳴って、私の抱っこしていたラクーンをも睨む。頭上の雷雲からは雷光が発され、稲妻がビシッと走った。
「ひっ!!」
私からも思わず悲鳴が漏れる。
『アワワワ···········』
ラクーンは慌てて私から飛び降りると、屋上をウロウロあっちにこっちに走り回っていたが、ふと立ち止まって私の方をみて尋ねた。
『トイレ、どこ?』
「トイレ!? ご、ごめんなさい。設置してないの」
『そうなんだ、森なら気にしなくていいのにナァ』
トイレ!?
怖くなるとトイレに行きたくなるタイプ!?
そういえば、夢には部屋はあってもトイレとか浴室とかキッチンとかそういう生活に必需の設備は無いことに気づく。
『そんな不浄のものが、ここにあるはずがないだろう!早くどっかに行け!!!』
『ヒィッ!』
ラクーンは迷っていたけれど、激怒する神よりは妖精の方がマシと思ったのか、さっきの妖精たちと同じ蔦のルートを辿って行ってしまった。
「ま、待って······!薬を········」
私は引き止めようとラクーンを追いかけようとしたけれど、アイン王子に引き寄せられる。
『ふん、卑しい者共だ。放っておけ』
え?これ、アイン王子?
口調も、見た目も、何もかも全然違うんですけど······!?
いつの間にか雷鳴も落ち着いて空はゆっくり晴れ渡ってきた。
『全く············、変な輩が多くて困るよね?
トイレだって! 心底呆れるよ!』
あっ! 姿が少年のアイン王子に戻った。
だけどまだ怒ってるみたい。
『右子様の夢の中に不審者が入り込まないよう、これからも僕が番人として気をつけるからね!』
「え··········、アレはどちらかというと、薬を運んでくれた招待していたお客様なんだけど·········」
私は俯いてしまう。足が震えている。
こ、怖かった·············何?········
アイン王子って、つくづく何者なのかしら。
妖精たちは“神様“と言っていた。
確かに前の夢の中で、私も彼が“神様“だと知ったのだった。
夢の中の出来事は現実世界に戻れば忘れてしまうけど、夢の中での出来事は一応は引き継いで覚えている。
ただ、現実世界とは違って記憶も曖昧なようだ。
それにしても、神様ということを差し引いても、
雷鳴鳴り響く下で男性が怒鳴っているのは迫力満点だった。
めちゃめちゃ怖かったし、妖精から薬は貰えないしで散々だった··········
「え? え?」
泣き出しそうな私の様子を見て、アイン王子は狼狽え始めた。
さっきの憤怒の青年は見る影もない。二重人格なの?
「えっと、ごめんね。怒り過ぎちゃったかな··········夢の中って感情を抑え難いんだよね。そういえば知り合いみたいだったね?
僕、邪魔しちゃったかな。
でもそれならさ、夢じゃなくて現実世界で会えばいいんじゃない?
だって、夢は大事なプライベートルームでしょ?
あ! もしかしてあれって妖精?
あいつらは本当に垣根の概念がなくて節操ないから嫌だなあ」
嫌なのは、間違いなくアイン王子なんだけど。
もう、起きてしまったことは仕方ない。
私は屋上の隅にいって妖精たちの育てた蔦を観察する。
蔦は何本かが寄り合って一本のロープみたいになっていた。
「これ、どこに続いてるんだろうね」
アイン王子も蔦を見に来て、蔦を掴むとぐいっと引っ張った。
遠くで、『ギャアッ!!』と声が聞こえた·······気がした。
「ああ、これ“右子の夢の世界“へつづいてるんだ。
右子様の実家だから世界が繋がってるのは当然だもんね」
「え·········繋がってるの?」
「うん、あいつらそっちへ行っちゃった。
あっちも追い出さないと!」
アイン王子は蔦の上を歩き出した。
そして、振り返って私に手を差し出した。
「行こうか。右子様もあいつらに用事があったんでしょ?」
「! うん············」
私はアイン王子の手を取って、
二人はサーカスのロープよりはずっと太い
その蔦の上で、よっ、ほっ、と綱渡りを始めた。
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