190話目 (前世の記憶) 俺たちは三人だった 敦忠side
『ん? 待ってる············?』
アイン·····じゃなくて宗主神が、おどろおどろしく雷鳴の鳴り響くモノトーンの空からやって来た。
『何で、ここで待ってた?
脱走をはかって山を下りたな?
·········火に襲われなかったか?
山と麓の境界線を越えようとすると、下草に火がつく仕様なんだが···········』
やはり宗主神は、俺たちの脱走を想定し罠をかけてから天上世界へ出かけたらしい。
宗主神は俺たちが平然とここで待っているのを訝しんでいる様子だ。
俺たちは山の境界線を越えなかったから当然なのだ。
「いいや、そこでちゃんと火に追われてここまで戻って来たのに近い状況だと、思ってくれればいい」
と俺は言う。
『ハァ?』
本当なら宗主神の言う通り、山の境界で、あと一歩脱出を目前に火に襲われ、炎風に追われてこの辺まで命からがら戻ってくる筋書きなのだが。
巻きでやりたいのもあるし、何より凄く右月が疲れてしまいそうだから割愛させてもらったのだ。
戻ってくるという、結果が同じなら文句はないだろう。
「そんなことより、なぜ、この場所が分かった!?」
俺は決まったセリフを言う。
『フッ、それは右月に取り付けたこのライトだ··········ほら、迷子にならなかっただろう?』
宗主神は光る右月に近づき、
やや乱暴に顎をクイッと持ち上げた。
「ヒッ」
右子が思わず、悲鳴を漏らした。
『ああ、残念だよ··········右月。
山を下りるだなんて。
君は離婚どころか、別居までするつもりなのかい?』
宗主神は右月に、態とらしく問う。
離婚しても別居する気はないと思っていた口ぶりだな。
こいつは人間界の結婚についてあまり分かっていないようだ。
やっぱり二人が夫婦だなんて現実的ではない絵空事だと言わざるを得ない。
「ええ、離婚も別居もしましょう」
冷酷に告げる右月。
『·············不許可だ』
と一言溢した、宗主神の表情は読み取り難い。
しかし奴は自信有りげに一枚の紙を表出させた。
『これを見てくれ。天上世界で役所を作って提出してきた。これが婚姻届の控えだ!!』
「ええ··········」
右子は眉を顰めてそれを受け取る。
「“荼枳尼天“? 誰ですこれ?
知らない名前なんですけど·······」
ここでこんなものを見せられた覚えかあるような、無いような。
あの時は火に追われた恐怖で何を言われても頭に入ってこなかっただろう。ましてや命の取引の場面で婚姻届を見せてくる意味が分からずスルーしたのかもしれない。
『君はまだ神ではない微妙な存在だ。
だが、人間名では転生する度に名前が変わって無効になってしまう恐れがある。
だから稲荷神と抱き合わせて仏教の神にさせてもらったよ。神仏習合は神格を上げる手っ取り早い方法なんだ』
「稲荷神と抱き合わせたら神様になれるんですか·······?そんな勝手なことしていいんですか?
え、相手は“大日如来”?これって仏教で一番偉い神様じゃないんですか?」
右子は責めるように捲したてた。
『そうだよ。“大日如来”は僕だ』
え、すご·········
さすがの俺でもこの名前は聞いたことがあるような。
『たぶんだけどね。神の名前は人間が勝手につけたものが多いから、これって自分のこと?って感じなんだ。他の神と合体したり、名前が変わったり、同じ名前の神が数名いたり、まあ神にはきちんとした名前がないのだ』
「え·······」
「なんだ、そんな感じなんだ」
俺は安堵する。
神の名前がそんなに適当ならこんな婚姻届、いくらでも言い逃れして無効にできそうだな。
右月も自分の名前じゃないからこんなのは問題外だと思ったんだろう。
それ以上は何も言わず控えを宗主神に返している。
そして俺へ振り返った。
「敦忠!巻いてよ!次は!?」
俺はハッとした。
前世とは違うところで結局、時間を食っている。
つい話し込んでしまった。
早く次へいかないと。
えっと、次は········
「俺たちは工房へ連行されるんだ」
「そう。じゃあ···········行きましょうか」
俺たちは宗主神を見た。
『へ?』
「師匠、立ち話も何ですから·········」
右月が促す。
『あ、ああ、そうだな。工房へ行こうか?』
工房へ着いた。
俺はいきなりレーザービームを撃って、工房の建物への破壊活動を始めた。
ここで俺はこの身体の破壊力を発揮することになっている。
『ちょっ······!?』
「えっ!?いきなりビーム!?」
右月ですら引いていた。
「宗主神はキレてここに右月を監禁しようとするんだ。だから俺はここをめちゃめちゃに破壊するんだ」
「そっそうなの!?
いっいいわね!もっとやっちゃって!
ようやく!私の!科学技術が報われるのね!」
前世ではこのタイミングで、右子は宗主神へ復讐するために俺を兵器に改造したと告白していた。
右月の為にも張り切って力を発揮しよう。
ようやく台本っぽくなってきたな!
「あれ········?工房、めちゃめちゃ大きくないか?」
俺は気づいた。
こんなに工房って広大だっけ?
破壊するのもエネルギーが必要だ。
保たないかも、しれない。
『せっかく晴れて書類上でも夫婦になったんだ。手狭になると思ってね。新居を建て増ししたんだよ』
「いつ!? 」
何で手狭になると思ったのか。
『今日、帰ってきてから』
随分、時間に余裕があったんだな
「········おかしいわ·······」
右月が暗い顔になって、俯いた。
「師匠は神なのよ?
住居に気を配ったり、ましてや婚姻届なんて、やっぱりおかしいわ!
冷酷無情な師匠が思いつくはずがない··········!
一体何を企んでいるの···········!?」
『え゛』
右月にとって、宗主神は恐ろしくて人間らしさなど欠片もない存在だったということか。
「師匠なんて················嫌い」
俺がつい気の毒になってしまうのは、これがアインかもしれないと思うからかもしれない。
横目で宗主神を見ると、やはり嫌いと言われたのがショックだったのだろう。
奴は地面にしゃがんで蹲っている。
ええ、困るな、最期までの段取りはもう少しなのに。
「なあ、これからの予定は、宗主神が右月の拒否に激怒して、俺たちを例の崖に追い立てるんだけど·········できるか?」
『················予定って何だよ。
もうどうでもいいよ。
本当、煩いよシウ········
“みぎこ”って呼ぶから、夢だって気づいちゃったよ········』
「えっ!!アイン!?」
何と、
前世の夢を見ているのはもう一人いたのだ。
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