189話目 (前世の記憶) けもの道グラデーション 敦忠side
俺たちはこの山から逃げる為、
軽く身支度をして、山から麓へ向う獣道のような道を急いだ。
辺りは暗くなってくる。
「おかしいな·········まだ昼前だし、天気も良かったと思ったけど。··········これは雨が降るかな」
空は雷鳴が轟き始めた。
ふと、姉さんの表情が曇る。
「敦忠、言ってなかったけど·········怒ったときの師匠は怖いわ·········」
「それは知ってるよ」
奴は、ここ数日ほとんど俺に敵意を向けっぱなしだったじゃないか。
寧ろ、その度になかなか死なない俺のことが、自分でも不思議で仕方がなかった。
それとも、俺は、もうすでに死んでいるのだろうか。
とにかく身体は何度も滅んだと思うぞ。
これから進もうという獣道が、
夕暮れのモノクロのグラデーションでじんわり滲んで見えなくなっていく。
急激な闇の到来だった。
「師匠は天国へ行ったはずなのに··············」
そうだ、それなのに、
「嫌な予感しかしない、な··············」
俺は姉さんを引き寄せる。
そして暗闇の中、獣のように息を潜めた。
あれ、姉さん光ってないか?
俺は目を擦る。
夜道に姉さんの身体が常夜灯のようにボウッと光っている。夜寝る時に枕元に置くライトみたいだ。
「ん?これ?師匠が夜道で迷子にならないようにと、今日出かける前に私に取り付けて行ったの」
「え、今日?」
「うん。お出かけ前の慌ただしい一時の中で」
姉さんも改造される事があるんだな···········
人を改造する気軽さは、さすがにこの姉さんの師匠というか何というか。
「まあ、夜道に歩きやすいしいいか」
しばらく姉さんの明かりを頼りに歩いていると、
ホワホワと蛍が寄って来た。
「あ!妖精!!」
見ると、小さい羽が生えた人のようなものが、柔かく光りながら飛んでいる。
フワフワフワフワ··········
「ちょ、ちょっと待って!妖精って!」
「?」
俺の記憶では前世の日本に妖精はいなかったはずだ。
いや、今世が妖精やら妖怪やら魔女やらが闊歩するめちゃめちゃな異世界だってことは認識してるよ?
でも前世は、科学文明に基づいた、何ていうかもっと理論整然とした世界観だった。
本当は神様だのお稲荷さんの神だのも納得したくないんだ。
これはさすがに許容量を超えてくるぞ··········
そもそも妖精は洋モノだし···········
え、ていうか前世って?
俺は何を言ってるんだ?
「········どういうことだ?」
「どういうことって」
姉さん···········は目を丸くしている。
でもすぐに落ち着いて言う。
「妖精、別にいたんじゃない?前世にだって。
私は見てないけど。
岩手には妖怪だって暮らしてたし。妖怪なら前世に私も会ったわよ」
「そうなの!?」
「敦忠が信じてなかっただけで、ちゃんといたわよ。
でもまあ、この妖精は今世で私の夢の中に来たやつみたいね」
「!」
あ、右子だ········
俺が、始めから探していたのは·········
「右子!!!!」
そうだ!これって夢なんだ!
それに、ここにいる右子を追って夢の中へ来たことも思い出した。
俺は右月を抱きしめていた。
すごくすごく久しぶりだと思う。
いや、夢を見始めて現実世界ではどのくらい経ったのか分からないけれど、震災後からの夢だとすれば、ゆうに4年は過ぎ去っていたのだ。
その間、ずっとこの人を追い求めていた事を思うと、この前世の夢は決して楽ではなかった。
「さっき、指輪を見た時に、本当は気づきそうになったんだ」
「そうなんだ」
右月は優しく笑う。
「右子は、その、いつから夢だって気づいてたの?」
「『どういうことだ』からよ」
今じゃん!
一緒なんて気が合うな。
「敦人が騒ぐからよ······
でも、確かに前世ではここで妖精なんて出てこなかったわよね」
右月は震災後の記憶が無かったので、今回の夢で思い出している際中とのことだ。
そこへ俺が乱入して、一緒に夢を見ているという状況なのだろう。俺も震災後の記憶は崖から落ちた辺りから断片的だった。神様とか出てきたから、許容量を超えて無意識に隠蔽したのかもしれない。
右月は指輪を弄っている。
「敦人、震災では··········あの、」
「知ってるよ。牧師も朝斗も死んだんだろ。
···················もしかして、宗主神がやったのか?」
右月はコクリと頷いた。
「あいつ·········!
あいつは、宗主神は、アインなんだろ?」
右月は困った顔をした。
「そう、··········なのかしら?
アイン王子が············あの師匠···········?
さすがに、それは違うんじゃない············?
アイン王子は神様だったって以前の夢では知っていたけど··············
でも、とにかく師匠が、震災を起こして、·············牧師様と朝斗くん、それに数え切れない人たちを死に追いやったのよ」
俺の背中がぞわりと騒いだ。
右月はまだアインのことは半信半疑のようだ。
··················
とにかく、ここから先の記憶は、たぶん辛かったから········夢だって気づくことが出来て本当に良かった」
右月は真っ青だった。
これから起こる出来事を考えれば当然かもしれない。
「右子········もう起きる?
それとも巻きでやる?」
「ま、巻きって!?」
俺たちは台本を知っている役者だ、巻いて演じれば、スピードアップは可能······かもしれない。
俺はさっきの妖精遭遇のショックをきっかけに、これから起こる全てを思い出していた。
「じゃあ次は········ここで待とう」
俺たちは暗闇の中、右月のライトを頼りに獣道の脇に座って次の出来事を待つことにした。
蛍のような妖精たちが何だ何だと集まって来る。
右月が前世の記憶の詳細をはっきり取り戻すため、
俺たちは、巻きでこれから最期までの残りの記憶を演じることにしたのだった。
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