18話目 (前世の記憶) 懐かしい風景 右子side
熱風に巻き込まれて、私は砂漠のような場所に独り投げ出されていた。
これって夢の中だろうか。
起き上がってとりあえず歩いていると、不自然なほどのスピードで風景はどんどん様変わりし、いつの間にか建物がまばらに建った街並みの中を歩いていた。
どこか懐かしい風景だ。
季節は冬なのだろう。街にはしんしんと雪が降っている。
あっ、ここを曲って、まっすぐ行けば······
教会があった。
いつしか小走りになる。
記憶の遥か向こうの、その教会の、
隣にはあの施設がある。
私の歩幅は狭くて気づいて見れば手も身体も小さい。
私は小さな少女だと分かる。
あの時の情景と重なる。
場所も私自身も何もかも当時のまま。
雪は冷たく冬は寒い。でも、ふと微かに生暖かい風が吹いてくるようだ。
どこから······
「だれ?」
かすれた声で誰かが聞いてくる。
泣いていたような声だ。
教会の塔を見上げていた私は視線を急いで落とすと、教会の元に座り込んでいる男の子が目に映る。
「あ、私は、」
そう言いかけて、何と言おうか困った。私は自分の名前を覚えていないのに気づいた。
それでも一つ分かっているのは、
「私、追われてるの」
「おねえちゃん、わるもの?」
そうなのだろうか。
そもそも、何に追われてるのだろう?
「違うよ。きっと、追ってる方が悪者。」
男の子は教会の入口のドアに続く階段に座っている。
私の主張する追手は影も形もないので、取り敢えず私も階段に腰を掛けた。
「ここだけ、暖かいね?何でだろ」
「ぼく、ねつがあるから。まわりが、あつくなるの」
風邪をひいてるのだろうか?おでこを触ると、確かにすごく熱くてびっくりする。酷い病気だろうかと思う。どうしてこんなに小さい男の子が一人でいるのだろうか。親はどこに。
「大変······死んじゃうよ······」
この子を放っておけない。私はここから一歩も動けなくなった。ちょっと立ち止まっただけだったのに。
「ぼく、そとはあついけど、なかはつめたいの。でもおねえちゃんがきてくれたから。なかががさむくなくなった」
「そうだね。二人なら寒くないよね。」
男の子を安心させようと笑いかけて、そっと抱きしめてみる。
「もう、泣かないで······」
暖かいのは寒いのより断然いい。
この子は捨てられたのだろうか。
暫くそうしていると、男の子は瞳がとろんとしてきた。このまま寝てしまうのかもしれない。
しかし、急にびっくりしたように目を見開いた。
「おねえちゃん、なんか、ひかってる?すごくまぶしいよ!!」
両手で顔を覆う。
「あっ、ごめん!私光ってるの?」
バタバタバタバタ
と、騒がしい足音が近づいて大きくなってくる。
恰幅のいい大男が三人私達を囲んだ。
一様にサングラスを掛けている。
「わ、わるものだ!!」
案外大きな声で少年は叫んだ。熱があるのに。
彼らのサングラスは恐らく悪者的なサングラスじゃなくて目を眩しさから保護する為のような気がする。
この男たちは私よりきっと、発光する私のことを知っている。
このまま捕まってしまうのか、殺されるのか、予想がつかない。どちらにせよ痛そうだし逃げるしかない。
高熱で苦しむ男の子を巻き込むわけにはいかない。
ところで、男の子は高熱なのに座ってしっかり話をしていたり、悪そうな三人組の男たちを見てもまあまあ平然としてるので案外丈夫な子なのかもしれない。
泣いていたけれど。
「ご、ごめんね、行くね、私······」
パパパパンパン!パン!パン!
爆竹のような音が鳴り響く。
「え、」
男たちの目の前に小さい物が宙に浮いている。
ちょうちょのように軽やかにひらひらと舞い降りながら、『それ』は男たちの顔の前に近づいて鼻先で爆発する。
「いかないで、おねえちゃん。」
男の子はゆらりと立ち上がった。
熱は?
男たちは顔から血を出して地べたをのたうち回っている。
「えええ!?」
地に落ちた残骸から焦げ臭い煙が細くくゆっている。
「ぼく、あつくなったりばくはつしたり、しちゃうんだよね。」
えええええええ!?
すると、私の身体は自分の目にも眩しいくらいに光りだした。
今世の意識が蘇る。
爆発する彼は、あの彼そのものだ。
前世と今世の記憶が繋がる。
其処には今世の敦人が立っていた。
「もしかして、敦人?」
「あつと?あつい?」
義弟は自身の姿が変わったことに気づいていないらしい。目を丸くしてこちらを見ている。
見ると私も今世の姿になっていた。
いやいや、熱いじゃなくて·····
私はおもむろに相手を指さす。
「君の、名前、」
「あつ···」
男の子は自分の名前よりも、私を見つめて目を瞬かせた。
「キラキラ·····おねえちゃん、きれいだね。」
今、私の身体はどうしようもなく輝いているようだ。
おかしいな、前世で光ったことは、ない?
たぶん今世のイメージが夢の中で混ざってしまったのかもしれない。
敦人だって、前世で爆発の攻撃なんてできなかったと思うし。
夢ってやっぱりスペクタクルだ。
眩しそうに義弟は目を細めていた。
「誰だ?なんで俺の夢の中にいるんだ。」
背後から怒りを滲ませた声がする。
また砂漠のような場所に、今世の姿の二人が立っていた。
彼の名は·····敦人。
前世はきっと敦忠。
まさか、あなたにもう一度会えるなんて。
容姿は今世も前世も、外見は全くの別人で。今まで気づかなかったのも当然だ。こんな不思議な夢に入らなかったら一生気づかなかったかもしれない。
私の前世の名は右月。
私は今世の姿で、包帯はいつの間にか取れ去っている。
「お前は······?」
あっそうか。
敦人は今世の右子の顔を、包帯の顔しか知らない。