188話目 (前世の記憶) ここは遥かに高く聳え立つ崖の上 敦忠side
俺は白い男に片腕を掴まれ引き摺られ、藪を掻き分けて山を登っていく。
そして切り立った崖の上に立っていた。
今までと違う、遥かに高く高く聳え立つ崖の上だ。
俺は奈落の下のような暗い崖の底を覗き見て震えあがる。
ここは·········以前白い男が人々を並ばせ突き落としていた崖だった。
ここに落ちたらもう身体を回収できないかもしれない。
だからこそ宗主神と呼ばれる白い男はこの場所を選んだのだろう。
『この崖は、この地上で最も天上にアクセスしやすいと噂のパワースポットだ。
だから、今ひとつ飛翔が苦手な神には最短で昇天できると評判の地点なのだ。
ただし落ちれば地獄へ真っ逆さまだけどな』
なんだって!
つまり、ちょっと飛んだだけで天上世界へ行ってしまうということなのか。
「そ、そんな!卑怯だ········!」
『おや、翼がもう生えているぞ?』
言われて背を返り見ると、何度も翼を折りその度に何度も流れた血はもう止まっているが、幾つもの瘤ができている。
その瘤を避けて背には無造作に新しい翼が生えていた。
もはや忌々しさ満点の黒い黒い翼だ。
『天へ昇れ。今度こそ』
バッサ!バッサ!
また勝手に力強く羽ばたきだす。
「いっイヤだ!!」
『行け!昇れ!早く!』
昇天は嫌だ!
崖縁で、俺は宗主神と呼ばれる白い男の胸ぐらを掴み、この際、一緒に引き摺り上げ昇天するか、または奈落の底へ道連れにしようとする。
『!』
さすがに慌てた宗主神は抗って、
俺達は宙に浮いての取っ組み合いになってしまう。
もう、無茶苦茶だ。
「はっ!」
俺は工房の診察台の上で寝ていた。
「目が覚めたわね。敦忠」
眼鏡をかけた白衣の美しい姉さんが優しく話しかけてくる。
「何だよ、もう、エンドレスかよ··········」
この診察台でこうやって目覚めるのは、もう何度目だろう。
まるでループだ。
だけどあそこは·······いつもと違う場所だった。
あれは現実に存在する崖なんだろうか?
とても恐怖を感じる。
あそこから落ちたら、
もう、ここには戻ってこれない気がする··········
落下する自分を想像し震えたはずの、
俺の身体は、全身固くて微動だにしなかった。
姉さんはまた俺を性懲りも無くロボットにしてしまったようだ。
「ふふ··········そんなに不満な顔しないでよ。師匠が怒ってあなたを直してくれないんだから、私が修理するしかなかったの。
その代わり、特殊カバーはしたから、一見は普通の今までの身体と変わらないでしょ?」
「俺は別にいいけどさ。ちょっと不便なだけで」
俺は不満を顔に出さないよう、
ギイッチョンギイッチョン
首を左右に振ってみた。
顔の皮膚はゴムっぽいけど細かく表情が出てしまうんだな?
姉さんは、俺のゴムっぽい物質でカバーされた手をそっと握った。
「逃げましょう」
「何、この指輪は」
俺は姉さんの柔らかな手の、
左薬指の指輪の存在に気がついた。
「これっていつから嵌めてた?」
「いや、指輪の話じゃなくてね」
姉さんは真顔だった···········
············
············
「ええ!?にっ逃げるの!?」
姉さんはこっくり頷いた。
「元々、神様を作ったら、私はお役御免のはずだったのよ。私、稲荷神の身体を作ったじゃない?
ようやく震災前の記憶も戻ったし、帰りたくって。
それを師匠に伝えたら、『それは、離婚?』と言って部屋に籠もっちゃったの。
悪いけど、もう勝手に出ていくしかないかなって」
稲荷の神って、外見は宗主神がデザイン変更しちゃったけど、全体は姉さんが作ったことになるらしい。
こうやって、地上でどこぞから現れた神様の身体を作るのが姉さんと宗主神の仕事なのだそうだ。
地上の神は、物理的に飛べる身体がないと天上世界へ行くのは難しいらしい。
「·············本当に、一緒に帰ってくれるの?」
確かに姉さんは、何かを作ったら俺と帰る、と約束をした。
姉さんはようやく約束を守ってくれるのだ。
姉さんは宗主神にちょっと冷たいけれど、俺は本当に嬉しかった。
「でも、あいつは神なんだろ?
どうやってあいつを出し抜いたらいいんだろ···········」
「師匠は今朝、籠もっていた部屋を飛び出して、天上世界へ急用を済ませに行くと飛び立ったわ。
逃げるなら今しかない。
稲荷神も一緒に昇天するって師匠について行ったの」
「へっ、天上世界へ行ったって?奴はここに戻ってくるの!?」
姉さんは頷いた。
えっ、ウソ········昇天って、戻れたんだ········
「でも天上世界へ行ってから地上に戻ってくる神様なんて普通はいないみたい。
何でも、戻りたくなくなるぐらい素敵な場所なんですって」
素敵な場所?
それってイメージ通りのお花畑の天国とかだろうか?
「でも、戦争してるんだよな?」
「まあね·········?変よね?どうなってるのかしらね天上世界って?」
姉さんも詳細は分からないみたいだ。
神様たちの戦争なんて、お花畑の上で運動会みたいな、もしかしたらほんわかお遊戯みたいなのかもしれないな。
「師匠は今回、天上世界に役所を作ってくると言うの」
「役所」
「まずは役所がないと受理されないからって。
役所ができたら、そこに私との婚姻届を出してくるって。それなら『離婚』なんてできないだろ?って」
「はああ!?」
「天上世界に登録とか、そういう仕組み自体ないんですって。
神も作り過ぎてわちゃわちゃしてるから、役所で登録制にして管理する仕組みを作らなくちゃいけないって」
「ごめん、言ってる事の意味がほぼ分からなくて·····」
俺は肩を落とした。
「平気よ。私も師匠が言ってる話の半分以上は、いつも分かっていなかったのよ」
姉さんはそう言って、
舌を出したかと思うと、可愛らしく笑った。
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