187話目 (前世の記憶) 彼女はことだまを奏でる 宗主神side
「あ········つただ········を······助け·········て」
僕はうんうんと頷く。
スローモーションは、いい。
口の動きがはっきり分かるのが良い。日本語の発音は一音一音丁寧に発音されるので実に心に響くと思う。“言霊”とは言い得て妙だ。
実に右月に相応しい言語だと思う。
『もう一度リピートするかな···········』
僕は時間を少しなら調整できる。それも半径5mぐらいに限っているので、この外では時間はちゃんと進んでいる。術を解けば周りの時間に帳尻を合わせる仕様になっている。
神で良かったと思うのはこういう力を使える便利さだと思う。
ちなみに地球は丸いので全体の時間を同時に調整することは難しい。
ん、そういえば、右月は何と言っているんだろう?
今更ながら、言葉の内容に耳を傾けてみる。
「が·········けの········下で···········たおれて··············」
再びうんうんと頷く僕。
「おもく···········てうごかせ··········ない·········の······」
右月は僕に助けを求めに来てくれたようだ。
右月は一生懸命にスローモーションで話している。
その様子が本当に愛らしくて、かわいい。
“かわいい”という言葉は最近右月から教えてもらったのだが、ついつい多用してしまう恐ろしい“言霊”の力を持つ言葉なのだ。
『なるほど?つまり、奴の飛行訓練に失敗したな?』
僕はすぐに対処しようと、
“あつただ”に天使の翼を進呈する為、片手を上げ力を振るう。
おや、無理だ·········
あの固い機械の身体の表面に、この生の翼は取り付け難いかもしれない。
僕は身体を元の人の身体のタイプに作り直して翼を取付けてやった。
遠隔操作で視界が悪いのでちゃんとした位置に羽がついたかは微妙だが、右月がここにいるのにわざわざ崖下まで行くのも何なので、まあ大丈夫だろう。
“あつただ”は右月の弟だが、外国に住んでいて大震災の被害を免れたらしい。
僕は右月の周辺の人間は大体は消しておくつもりだった。
これまでの前世で、後々トラブルの元になると経験してきたからだ。特に男には、暇で執念深い性質の奴が多くいるから兄弟であろうと要注意なのだ。
それなのに、正にビンゴの奴を取り逃がしていて、我ながら爪の甘さに呆れてしまう。
こいつは右月に会いたい一心で、東京から離れたこの山の森の最奥まで探しに来たというのだ。
先日、右月が崖から落ちたというから飛んで行ってみれば、身体がぐちゃぐちゃのめちゃめちゃになったこの男がボロ雑巾のように横たわっているだけだった。
右月に傷一つ付いていないのを悉にチェックし安堵するが、このクッションになったという人間の男は八つ裂きに······したいが、既になっている。
僕は魂までも焼けと稲荷の神に命じると、
それを聞いて右月は声を荒らげた。
「彼は、敦忠は、私の、弟なんですっっ」
『おとうと』
これまたリンリンと鈴の音のような聴き心地の良い言葉だと思った。
もちろんその時はもう一回リピートして聴いた。
「敦忠は、まだ生きてるんですっ!」
『いきて•るんで······』
これまたリピートするが、本当にまだ生きてるのか?
確かに次の転生へ飛び立つ様子のモノがいない。
目を凝らして見ると、死んだような状態であっても、右月が『あつただ』と呼ぶ度にそれに応えるように奮えている魂がいた。
それはぐちゃぐちゃの身体の上にちょこんと乗って居座っていた。
驚いたことに、この魂はじっと冷静に周囲に気を配っているかのような雰囲気だ。
このマイペースで自己主張の強い感じは、どうやら前世で何回か神になったことがある意識高い系の魂らしいと気がつく。
偶に人間に生まれておきながら途中で悟ったり神の啓示を聞いたりして神クラスの存在になる奴がいるが、同じ種類の魂だ。
それはそれとして、僕は神を増やす立場なので全く問題ないのだが。
·············こいつは、右月にとって厄介な存在になるかもしれない。
僕は人間が嫌いだが、実は神はもっと嫌いだ。
そういうことなら、
さっさと新しい神の身体を与えて、二度と地上ヘ来ないよう天上世界へ昇天してもらうしかない。
天上へ行けば神の格はぐんと上がるので、地上の有象無象の神々は皆、天上を目指すものだ。
奴も異存は無いだろう。
というわけで身体を作る仕事は右月に与えたが、なかなか完成しない。
右月はあれこれ改造し過ぎなのだ。
ハイテクノロジーの夢を詰め込むのはいいのだが、この人類の叡智を駆使したロボット制作の完成は世紀をまたいでしまうのではないか?··········気の遠くなる話だ。
僕は業を煮やす。
奴が神になるならなるで
ここから一刻でも早く旅立たせたい。
バッサ、バッサ、バッサ、バッサ !
崖の下にいる、奴の背に強制的に翼を植えつけてそのまま羽ばたかせる。
僕は遠隔操作で、崖の下の顛末を見守る。
右月が知ったらすごい剣幕で怒るような気がするので、右月には会話のスローモーションを続けさせる。
「やっ止めろ·········!!」
バッサ、バッサ、バッサ、バッサ !
“あつただ”の足が浮き空に飛び立とうとした瞬間、
奴は体勢を崩し、意図的に羽を岩に打ちつけて、
翼を折った。
「ッッ痛··········!!!」
奴は地面に崩れ落ちた。
赤い血が、どろどろと折れた翼の根元から流れ出している。
「あ、危ないところだった··········
危うく···········昇天してしまうところだった」
奴は血まみれになりながら、ニヤリと笑った。
『あんた·········そこまで··········!』
いつの間にか夕暮れで薄暗くなった崖下には、稲荷神の驚愕した声が響いていた。
僕は怒りで目が眩む。
「あ··········つただ··········を助け········て········」
僕の半径5m以内には、
右月のスローモーションが清らかに音を奏でていた。
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