184話目 (前世の記憶) 俺は姉を探している(2) 敦忠side
ギイイイイイイ····
戸が開く音がする。そんなに古くない家なのにこんな音がするのがたいそう不思議だ。
「かっっ隠れて!!!」
俺は焦った姉さんに、戸棚の中に詰め込まれた。
「おっっ!おかえりなさ〜い!」
姉さんはとびっきりにハイテンションに·······················ダンナを迎えた。
俺は扉の隙間から覗く。
男は見た目は若いが白髪で、瞳は甕覗色(藍の淡い青色)。そして瞳と同じ色合いの変わった形の衣装を身に纏っている。
とにかく人とは思えないほど美しい男だ。
男は頷いた。
「今日は幾つ作った?」
「えっとね、5つ!」
「5つ···········?」
男はギラリと視線を強くする。
「少ないな」
「でっでもね!
ほら、昨日作った人形は、街で頼んだ用事を済ませて、さっき自分で工房まで帰ってきたのよ!
かなり完成度が高いわよね?」
ん?話が見えない。
姉さんは何を作っているんだ?
そういえばさっき、姉さんは公道に立って誰かを待っているみたいだった。
「これはもう、完成じゃない?」
「いや、それだけじゃ決め手にならない。数日間様子を見よう」
「はーい!」
姉さんはビシッと敬礼した。
「他はどうだ?」
「他はねぇ、みんな動かなくなっちゃった!」
「そうか、では明日俺が処分してこよう。悪性になったら大変だからな」
「はーい!」
姉さんはまた敬礼した。
ス····ススス·······
森を行き渡る風が吹き荒び、生きとし生ける物は全て息を潜める深夜。
姉さんは一旦は寝たふりをしていたが、起き出してきて、俺のいる戸棚をそっと開けた。
「ごめんね〜、旦那、怖いから」
姉さんはぶるぶると戯けて震える仕草をする。
俺はおにぎりを受け取って頬張る。
ふいに昔の姉さんのおにぎりの味がして、思わず涙が出てきてしまう。
「君·········」
「敦忠だよっ、ひっく、ひっく」
「あ•つ•た•だ··········」
包帯姿の姉さんはにこっと、たぶん微笑んだ。
お茶の入った湯呑を差し出してくれる。
「探してくれてありがとう、敦忠」
姉さんの包帯の隙間から覗く瞳は真摯に俺を見ている。そのことがこの上なく堪らなく嬉しくて、
俺の涙は止まらなかった。
「·············どうしたら俺と帰ってくれる?」
「そうねえ·····完成したら、かな」
どうやら男と約束したモノを作らないといけないようだ。
姉さんは男と揉めたくないと言った。
「それが完成すれば···········」
いつになるか分からない。
俺はそのモノの完成を待ち侘びて、麓の街で待つことにした。
俺は麓でアパートを借りてアルバイトをしながら、姉さんが『何か』を完成させるのを待った。
そして、気づいたらあっという間に3年が過ぎていた。
「おかしいわよね〜ちゃんと麓の図書館で借りた本を参考に作ってるのに!」
俺が催促に行くと姉さんはぶつぶつこう溢した。
姉さんの工房には、人体図鑑、神様図鑑、解剖図鑑、電子工学、金属加工法など
様々な分野の学術書が積み上げられていた。
俺が頼まれて図書館で借りてきた本だった。
『森の神の工房』は、SNSで細々と木彫りの置物や金属製の風鈴等の小物を売るぐらいしか収入がなく、経営状態はかなり厳しいらしい。
俺は姉さんに差し入れをするため、頻繁に工房へと訪れていた。
工房はかなりの山奥で、途中で道がなくなる為、車を降りて歩かなければいけない。
姉さんの夫を自称する男は、ずっと工房の一室に籠もっていて、ほとんど台所や居間には顔を出したことがなかった。
この3年間の生活は、意外にもそれなりに幸せだった。
実は震災が起きる前は、俺がK国でやっている非道行為を姉さんから咎められて絶縁状態だったのだ。
まるっきり俺と連絡を取ってくれず、だからこそストーカー紛いの行動に走るしかなかったのだけれど、そのことも姉さんは全部忘れていたので、俺にとっては記憶喪失はちょっとだけ都合が良かった。
姉さんは昔のように、俺に優しかったから。
俺は車から降りて山道を歩いていると、
ふいに遠くで、大勢の人が藪を踏み分ける足音がする。
何でこんな山奥に大勢人がいるんだろう?と目を凝らすと、あの白髪の美しい男が先頭に立ち数名の人を先導している。
俺は何だか嫌な予感がして、その後をつけた。
暫く山道を歩くと、視界が急に拓けて大きな切り立った崖の上に立っていた。
男は、十名にもなろう人々を崖の上に並ばせた。
「堕ちろ」
男は冷酷にその人々に命令した。
人々は、躊躇いなく崖へ飛び込んでいく。
順に順に。
全てが済んで、俺は驚き過ぎて腰が抜けたようにそこから動けなくなっていた。
そこへ白髪の美しい男が足音もなく近づいてくる。
「見たな」
「ひ、人殺し···········!」
「あれは俺と右月が作った人形だ。
神になり損ないの、失敗作を処分しただけだ。放っておけば悪霊になるかもしれない。何が悪い?」
俺は、男の言う事が少しも理解できず、
とにかく恐ろしく、そのまま無理に立ち上がり姉さんのいる『森の神の工房』へと走った。
途中、森の木々は風に渦巻いて、どうどうと揺れた。
俺をも殺そうとして、風は悲鳴をあげているようだった。
「姉さん··········!」
「敦忠!」
工房へ着くと、姉さんは今日は珍しく椅子に座っていた。
そして膝に大事そうに抱えているモノがあるのに気づいた。
「ねっ姉さん!?それは、何?」
·······赤ん坊だった。
姉さんは、恥ずかしそうに笑った。
「·········できちゃった!」
姉さんの紺色がかった黒い瞳にそっくりの瞳をした、この世のモノとは思えないほど可愛らしい赤ちゃんだった。
俺はその光景がどうしても受け入れられなくて、
頭の中が真っ黒になった。
それでも、ここから逃げなくてはという気持ちだけが残っていて、俺は姉さんの手を引っぱって森へ駆け出した。
それからは、どうなったのか。
白髪の美しい男が、どうしたのか。
ただ、俺には姉さんと崖から落ちていく光景が最期だった。
理由なんて分からない
俺と姉さんは心中していた。
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